第18話 アントワネット・シェブリ伯爵令嬢(2)
「インガ、大丈夫よ。貴女の事は主人の私が責任を取ります。グリンダさんインガの代わりに…」
「マリオン様、私やります。私のご主人様に恥をかかせるのは嫌です」
マリオンがグリンダを見上げると、グリンダが無言で頷いた。
「わかったインガ。何かあれば私が責任を取るからしっかりおやりなさい」
「はい、マリオンお嬢様」
緊張した面持ちでインガは頷くとテーブルに向かって歩いてきた。
インガはテーブルにつくと空のポットに熱湯を注ぐ。
そしてお茶のポットを取りスプーンで中のお茶をひと混ぜした後、三人分の紅茶を注ぎ分ける。色合いを見て熱湯を注ぐと丁度良い色合いに調整した。
次にお湯を入れたポットから湯を捨てると、お茶をそのポットの注ぎティーコージーを被せた。
「お召し上がりください」
差し湯をされたお茶は温度も適度に戻り、香りも損なわれていない。
インガは緊張が解けたようで、ホッとした表情でマリオンの後ろに戻って行った。
反対にマリオンはアントワネットたち伯爵令嬢三人を怒りの目で睨んでいる。
「あの…アントワネット様。手土産に焼き菓子も持参いたしました。ロックフォール侯爵令嬢様よりお分けしていただいた新作のお菓子だそうです」
ロレインの口上に驚いて後ろを振り返った。
焼き菓子はアドルフィーネに持たせてあった。私はアドルフィーネを部屋に入れないつもりなら焼き菓子も振舞わないつもりでいたのに。
扉の方からロレインのメイドが焼き菓子の箱を受け取っている。アドルフィーネは扉の外で私から視線を逸らせつつ何やらロレインのメイドに指示を出していた。
ロレインのメイドはテーブルに箱を置くと六枚の小皿をテーブルに配した。箱の蓋を開けると部屋中にアーモンドの香りが広がる。
「お待ちなさい。とりわけは私のメイドが致します」
「はい、焼き菓子は二種類あって右と左は違うもので御座いますのでお間違え無きように」
そう言うとロレインのメイドはこちらに下がってきた。
アントワネットのメイドが二つづつ取り分けた菓子皿をまず私たちの前に三枚配る。
「せっかくあなた方が用意されたのですから、先ずはお先に召し上がれ」
要するに毒見をせよという事だろう。まったくバカにしている。
皿を取りフォークで切って口に入れるとほっこりと温かく、口一杯に甘さが広がって行く。
マリオンとロレインが目を見張りながら美味しそうに食べる。
「何故今朝いただいた焼き菓子がこんなにも暖かいの?」
「私のアドルフィーネは火魔法の使い手で丁度良い具合に物を温めるのも得意なのよ」
「せっかくのお土産だからいただきましょう」
アントワネットたちもアーモンドの香りに我慢できなくなったのだろう、フィナンシェを口に運んでゆく。
「私はこちらのしっとりした物の方が好みかしらね」
「でもこのさっくりした方は食感の違いが楽しいね」
「…私はこの香りがとても気に入っています」
「香りが無い分、しっとりした物の方がお茶に会うと思うわ」
いがみ合いつつもお菓子の話しとなると盛り上がってしまうのは女子だからなのだろうか。
取り合えずこれ以上剣呑な空気にならずのお茶会は終わった。
【3】
「クッソー! 腹が立つわー、あのヤロー!」
「セイラ様。お言葉が乱れていらっしゃいます」
「アドルフィーネ! あなたの主人は誰! よくも私の命令を無視してくれたわね」
「セイラ様のご性格ならああなる事は目に見えております。要らぬトラブルを未然に防ぐのもメイド勤めですよ」
「グリンダ! あなたもグルよね。インガのフォローだと思ってついて来てもらったのに」
「アドルフィーネからは事前に聞かされておりました。何かあれば力づくでも止めてくれと」
「なによ! 人を暴れ牛みたいに。最低限の節度はわきまえているわよ」
「インガ、主人の命令に従うだけがメイドの務めではありませんよ。短慮な主人を持ったあのアドルフィーネのように時には逆らっても主人の不利益を防ぐことも大事なのです」
「はい、グリンダメイド長様」
「あなた、はじめからアントワネットたちにケンカを売るつもりだったでしょう。セイラって私以上に短気だよねえ」
「マリオンだってケンカする気満々だったじゃない。部屋に入った時から睨んでたじゃないの」
「挨拶の途中でケンカを売ってきたのはあっちよ。売られたら買うのが筋じゃない」
「まあそれはそうね」
「違います! あなた達お二人は過激すぎます。波風を立てないで済むならばそれに越した事は無いんですよ」
「モルビエ子爵令嬢様の仰る通りです。セイラ様、少しはロレイン様を見習ってご令嬢らしくお慎み下さい。ロレイン様もセイラ様のご指導をお願い致します」
「なんで、アドルフィーネにまで子ども扱いされなければいけないのよ」
「セイラ様そう言うところがアドルフィーネさんに叱られる原因ですよ」
「金儲けや駆け引きはえげつない癖にそう言うところはセイラは子供っぽいね」
「ところでマリオン、ロレイン。今日会ったあの三人はいつも一緒に行動しているの? 特にマリオンには攻撃的だったけれど」
「あの三人はペスカトーレ枢機卿の手駒みたいな方ですわ。御子息様のショバンニ・ペスカトーレ様の婚約者候補と噂されていますわ」
「私と合わないのは、我が家は母が西部の出で清貧派の子爵家の三女なんだよ。それでレ・クリュ男爵家は清貧派に寛容なのが気に入らないって、予科でたびたび突っかかられたのさ」
「ああそれで初めてのお茶会の時も私に親しくしてくれたのね」
「別に打算じゃないけれど、あなたはガチガチの清貧派だって聞いてたから話は合うだろうって思ってたからね。ロレインだってそこまで教導派に思い入れがある訳じゃあ無いだろう。下級貴族なんて教導派にとっては上級貴族の奴隷見たいな者だからね」
「でもなぜジョバンニ・ペスカトーレの婚約者候補なのに三人一緒にいるの?」
「ジョバンニ・ペスカトーレ様は王立学校を卒業されると直ぐに司祭になられると思うのです。ですので…」
「それが一体どう関係が…」
「セイラ様、ロレイン様が仰りたいのは聖職者は妻帯できないという事ですわ」
「婚約者候補というより愛人候補? あの娘たちはそれで満足なの?」
「非公認ですが妻という立場を得れば実家は聖教会での出世が確約されますし、子供が出来れば確実に大司祭の地位は手に入りますから」
「それって打算じゃないの。恋愛感情は無いの? それで満足なの?」
「セイラは割とロマンチストだねえ。好いた惚れたって言えるのは下級貴族止まりよ。上級貴族は婚家どうしの打算だけよ」
「そうですわ。ですからセイラ様のご両親の秘めた恋があんなにも人気になるのですよ」
そんな話をしながら歩いているうちに下級貴族寮に着いていた。
「…あっ、ウルヴァを忘れてきた」
「セイラ、それってひどくは無いか」
「だって、あまりにも腹が立って堪らなかったんだもの」
「ウルヴァは夕方までヨアンナ様にあずかって頂くようにお願いしております。セイラ様がこのところ無茶ばかりなさっているので少々疲れている様子だったので休ませることにしました」
「アドルフィーネが圧をかけてるからじゃないの?」
「圧をかけていたのはナデタです。私では御座いません」
「セイラ様。私はこれで失礼いたしますが、くれぐれもメイドに負担を掛けない様にお願い致します。進んで火の中に飛び込むようなことはお慎み下さい」
そう言ってグリンダは帰って行った。
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