第17話 アントワネット・シェブリ伯爵令嬢(1)
【1】
昨夜、アントワネット・シェブリが入寮したとアドルフィーネから連絡が入った。ロレインとマリオンにその旨伝える。
朝一番でロレインが私たち三人で挨拶に行く旨、メイドを連絡に出した。
回答は今日の午後のお茶の時間にアントワネット・シェブリの部屋で面会と告げられた。
お茶会の手みやげとしてダドリーの下にフィナンシェを取りに行く。
厨房に行くと、何故か厨房の入り口のテーブルでファナがお茶を飲んでいた。
「…あのファナ様。お願いしておいたフィナンシェをいただきに参りました」
「知ってるのだわ。ウルヴァ、ザコの所に受け取りに行きなさい」
「それから新しいレシピの話を…」
「それは私がザコに話しておいたから貴女は良いのだわ。ここで座って待っていなさい」
私はテーブルの向かいに座らされた。
しばらくすると奥からこちらに向かう足音と声がする。
「ファナお嬢様。お嬢…セイラ様が焼き菓子受け取りに来たって聞いたから持って来たぜ」
「ザコ! あなたは自分の仕事が有るのだわ。ウルヴァに渡してさっさと戻りなさい。後は私がやるのだわ」
何故か私をダドリーに合わせたくないようだ。
レシピを盗まれるのを警戒しているのだろうか。
「貴女の言っていたフィナンシェなのだわ。それから昨日聞いたレシピで試しに作らせたものも入れておいたのだわ。まだまだ研究の余地はあるけれどこれはこれで、アントワネット・シェブリごときなら十分の味なのだわ」
そう言って箱を二つ渡された。
「それからウルヴァは面会の間ヨアンナが面倒を見ると言っているのだわ。ヨアンナ相手にリバーシでもさせておけば良いのだわ」
何だろうファナの対応は? 嫌われている訳では無いようだが私がこの厨房に行くと機嫌が悪くなる。
ダドリーが居るのに料理の情報や材料を直接貰えないのは面倒くさいが、そこまでレシピの秘匿に拘っているのだろう。
そして昼にはセイラカフェからマリオンの下に見習いメイドが連れて来られた。
「初めまして、インガと申します。マリオン・レ・クリュ男爵家令嬢様の部屋付き見習いメイドとしてお仕えする事になりました。以後よろしく言願いたしましゅ」
西部の農家の出身で聖教会教室では成績優秀だったので一年前に王都のセイラカフェに見習いに入ったと言う。
十歳で貴族の専属メイドになって緊張でカチカチになっている。
「今日はさっそく、伯爵令嬢への挨拶に行くのでついて来てちょうだい。初めの挨拶さえできれば、後は私の後ろに立っているだけで良いからね」
マリオンはアントワネット・シェブリの挨拶に連れて行くつもりだ。
「でも早々に連れて行くのは不味いかも。それにまだ見習いメイドよ」
「何かあれば私が守るよ。アントワネットの相手はこれから二年続くんだ。それに勝手な言い分だけれどあんな女に舐められたくない。メイドを持つのなら主人としての気概を見せてやるよ」
「それならばご提案が有ります」
インガを連れてきたグリンダが口を挟んだ。
「私もインガを連れてきた立場で初仕事の様子を見ておきたいと思います。出来ればどなたかのメイドと言う事で御同行できないでしょうか」
私はギロリとアドルフィーネを睨むとさっと彼女が目を逸らした。
昨日のお茶会での話をグリンダに報告したのだろう。メイドの顔合わせにグリンダ自らが出てくるのはおかしいと思っていたのだ。
「それならば私のメイドのウルヴァの代わりについて貰いましょう。それでよろしいかしら」
…異論はないようだ。
【2】
私たち三人は五人のメイドを従えて大貴族寮に向かったが、ウルヴァはエントランスで待ち構えていたヨアンナに拉致されて連れて行かれてしまった。
「あの、セイラ。今のお方はヨアンナ様…」
「忘れてちょうだい。あの方はああいう方なのよ」
私たちがエントランスホールを抜け階段に向かう廊下を進むと通りすがりのメイドが次々にアドルフィーネに耳打ちしてくる。
「アドルフィーネ様、シェブリ伯爵令嬢の部屋にお客が二人…グリンダ様!!」
「アドルフィーネ様、お客はショーム大司祭の孫のショーム伯爵…メイド長!!」
「アドルフィーネ様、もう一人教導騎士団の重鎮マンスール伯爵の…なぜグリンダメイド長が!!」
アドルフィーネの情報網凄すぎ! それからみんなグリンダにビビりすぎ!!
グリンダが扉の前に立つメイドに来訪を告げる。そのメイドはドアをノックし、私たちが到着した旨口上を述べる。
内側から了承の声が掛かり、扉が開かれた。
応接室のテーブルには茶器とガレットやタルトが並べられており、窓を背に上座に三人の令嬢が腰かけて談笑していた。
「お久しぶりで御座います。ロレイン・モルビエで御座います」
「初めまして。カンボゾーラ子爵家長女セイラ・カンボゾーラと申します」
「お久しぶりです。マリオン・レ・クリュ…「貴女がセイラ・カンボゾーラなの」」
マリオンの挨拶を遮って誰かが私に向かって声を掛けた。マリオンは動じることなく頭を下げる。
「こんにちわ。アントワネット・シェブリよ。こちらは友人のショーム伯爵令嬢とマンスール伯爵令嬢、あなた達と同学年よね」
「王都聖教会大聖堂、教導騎士団長のマンスール伯爵家長女ユシリア・マンスールよ」
「ヨンヌ州ショーム伯爵家の娘で、クラウディア・ショームですわ」
三人から鷹揚な挨拶が返された。
挨拶が終わったので、私たち三人が入室する。それに続いてメイド達が入室してくる。
「お待ちなさい! 獣をこの部屋に入れるつもりは無いわ」
アントワネットの声が響いた。
「獣などおりません。居るのは私たちのメイドだけです!」
「セイラ様、わたくしは表で待機しております。メイド長にお任せ致します」
「私は入りなさいと言ったのよ! 主人の言う事が聞けないの!」
「わたくしは此処で待機している方がセイラ様のお役に立てると存じます」
私の怒りの混じった声にもアドルフィーネは平然と受け応える。
「分をわきまえたケダモノね。人でなくてもわきまえていると言うのに主人は判っていないようね」
「ええ、出来過ぎたメイドが居ませんと私、無作法な振る舞いをするかもしれませんのでこれで御いとま…「我が主人にお気遣い有難う御座います。こちらは持参いたしました南方産の茶葉で御座います。どうぞご賞味の程を」…グリンダ、あなた…」
怒りに任せて出て行こうとする私の声を遮ってグリンダが手土産を差し出す。
いつの間にこんな物準備していたんだ?
結局私はグリンダに気勢を削がれて仕方なく席についた。
アントワネットのメイドは手際よくポットと六客のティーセットにお湯を入れ茶器を温めていた。
グリンダの渡した錫メッキのティーキャニスターはアントワネットのメイドの手で開かれてポットに入れられる。
茶葉を一杯、二杯、三杯…七杯目を入れて熱湯を注ぐ。
砂時計をひっくり返して時間を図ると、三人分のティーカップのお湯を捨てて茶こしで順番に注いで行く。
三杯のお茶は上位貴族三人の前に置かれて、そしてティーポットはテーブルに置かれティーコージーが被された。
「成り上がりの子爵家の手土産にしては中々良い茶葉だわ」
「そうね、香りは悪くないわ。出過ぎると渋くなりそうだけれどフフフ」
「さあ、貴女が持ってきた茶葉よ。遠慮なくお飲みなさいな。マリオン・レ・クリュ男爵家令嬢様、貴方のメイドにお給仕をさせればいかが」
明らかに多めに入れられた茶葉と時間を過ぎて出過ぎたポットのお茶。ティーコージーを被せたところで冷めかけているだろう。
さらにまだ未熟だとまるわかりのインガに給仕をさせるとは、嫌がらせも徹底している。
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