第16話 ヨアンナ公爵令嬢

【1】

 翌日はフランをマリオンとロレインに紹介して、四人でセイラカフェに出かける。

 ショールームでライティングビューローを物色する。

「ウチのような貧乏男爵家は贅沢できないから廉価型の物かな」

「ねえ、私の顔で値引きして貰うから少し良い物を買いましょう。飾り板も付けて。ねっ、宮廷貴族に舐められない為にもね」

「それならばお言葉に甘えようかしら。ロレインは何にするの?」

「私は予科から使っていた物が有るから。それに領地での取引も有るからミモレット子爵令嬢様たちとも揉めたくないの」

「なら飾り板で見た目を飾りなよ。そうすれば使い古しだと思わないだろうし、そのミモレット子爵令嬢は平民の真似は出来ないって言っていたんでしょ。それなら文句は言わないよ」

 フランがそう言ってロレインを飾り板のコーナーに連れて行く。


「モンブリゾン男爵令嬢は面白い娘だね。同じ男爵でも裕福そうで羨ましい限りだよ」

「フランはフランで悩みが有るようよ。貴族としての礼儀作法も知らないし、貴族社会でのこれと言ったコネや繋がりがないから人脈作りに必死の様ね。礼儀作法を学ぶためにセイラカフェのトップメイドを二人も雇ったんだから」

「やっぱり羨ましいよ。私なんてメイドなど雇えないもの」


「それならばセイラカフェの見習いメイドを雇ったら? もし貴女がその娘に行儀作法やメイドに必要と思う事を指導してくれるなら安く契約できるのだけれど」

「そんな契約できるの? 出来るなら部屋付きメイドで雇いたいけれど」

 そんな契約? 出来るよ、今思いついた。今決めた。

 契約の詳細やこちらが求める教育の要望はグリンダに詰めさせよう。


 早速グリンダの下に行って概要だけ詰める。

 一年契約で衣食住は雇用貴族持ち、日当はセイラカフェが七割負担。その代わり礼儀作法と予科相当の教育は雇用貴族が担当する。

 三日後に雇用契約と言う事でグリンダとマリオンの間に合意が取り付けられた。


 その間ロレインはフランと飾り板を決めていた。

「今の王都の流行ならこのデザインが良いみたい。でも平民寮の娘たちに人気なのはこっちのデザインだね。安い割に見栄えが良いからだろうね」

「なら…私はそれでよろしいですわ」

「でも平民と同じ物は子爵令嬢としてどうなのかな?」

「私は目立たない方が良いので…」

「ならこの一点物の大きな花飾りをプレゼントするから付ければ? 目立つところに付けるだけで雰囲気が変わるよ」

「プレゼントだなんてそんな…」

「お近づきの印にさ。マリオン、あなたにもプレゼントするよ」

 フラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢、さすがに東部の豪商の娘だけ有って金回りが良い上に使いどころも弁えている様だ。


「ロレイン、そう言えばさっきミモレット子爵家と取引が有るって言っていたわよね。何か産物を取引しているの?」

「産物言うほどではありませんが、森と山ばかりの広いだけの領地で麦の収穫では税を納めるのがやっとなのです。ですから森の木を陸路でライオル伯爵領やシェブリ伯爵領を通してミモレット子爵家領に運んで南部に売ているんです」

 そう言う事か。

 中央街道に物を運ぶには東側の今のカンボゾーラ子爵領やシェブリ伯爵領を横切らねば何もできない。

 有力な商人も伝手も持たないのでミモレット子爵家にも頭が上がらない。

 リール州の貴族社会の構図が見えてきた。


【2】

 翌日、ヨアンナが到着したと聞いたので挨拶の日取りの確認の為アドルフィーナを使いに出すと、ヨアンナのメイドから昼にお茶会室に来るようにと私の下に伝言がきた。

「えらく急なのね」

「お部屋の片付けの間、くつろげないのでと言う事でした。それからアドルフィーネさんは料理の準備にお貸し願いたいと。…それから部屋付きメイドも連れてくるようにと申し付かっております」

 ヨアンナのメイドは少し言い難そうに告げた。

「ヨアンナ姫様にはよろしくと。それからウルヴァは私の部屋付きメイドだとお伝え願います」


 そして上級貴族寮の大食堂に併設されている小食堂…お茶会室にやって来た。

 部屋に入るとヨアンナは既にテーブルについていた。

「お久しぶりです、ヨアンナ様」

「まあ、早いのねウルヴァちゃん。よく来てくれたかしら」

 おい、私は無視かい! 

「ウルヴァちゃん、お茶を入れてくれるかしら。セイラ、あなたも座れば」


 私はヨアンナの向かいに座ると…取り敢えず挨拶を済ます。

 続いてやって来たのはアヴァロン州のサレール子爵令嬢とサムソー子爵令嬢だった。

「セイラ様、なかなかご挨拶する機会が有りませんでしたね」

「だいぶ前から寮に着ていらしたのですね。カンボゾーラ子爵令嬢様」

 クロエに挨拶に来ていたので顔は知っているし、食堂でも挨拶はしていたがこうしてゆっくりと話す機会は今回が初めてだ。


 そして次に入って来たのは、見知らぬ令嬢だった。

「初めまして。リール州の子爵家の長女セイラ・カンボゾーラと申します」

「こちらこそ初めまして。ブリー州マリボー男爵家の娘リナと申します」

 ああ、マリボー男爵家はよく知っている。

 ライトスミス木工所が支店を立てて木工生産で潤っている領地だ。


「あら、セイラ・カンボゾーラ。貴女も来ていたのだわ」

 そして最後に部屋に入って来たのはファナ・ロックフォールだった。

「当然かしら。私の従姉ですもの、リール州の情報も欲しいし丁度良いかしら」

「ああ、そう言えばカンボゾーラ家の領地は北部だったのだわ」

「それでセイラ。誰か知り合えたのかしら」


 よく考えればヨアンナとファナも従姉妹どうしだ。繋がりが有って当然だった。

 どうも呼ばれたこのお茶会は南部と北西部の情報交換会でもあるらしく、ほぼ強制的に私はメンバーに組み込まれたようだ。

「モルビエ子爵令嬢とレ・クリュ男爵家令嬢は仲良くなれそうですわ。いけ好かないミモレット子爵令嬢とコンテ男爵令嬢とも顔繫ぎしました。それとは別に東部のモンブリゾン男爵令嬢と仲良くなりました」


「モンブリゾン男爵令嬢? 聞かない名なのかしら」

「昨年の暮れに爵位を買ったと言っていましたが、情報通の様ですよ」

「ロレイン・モルビエ子爵令嬢は知っていますが、とても目立たない静かな娘ですよね。何か話せたのですか」

 サレール子爵令嬢が質問してくる。

「どうもシェブリ伯爵家とライオル元伯爵家に押さえ付けられていたようで、波風が立つのを嫌っていたのでしょう。両伯爵家にはかなり不満が有ったようですわ。レ・クリュ男爵家令嬢はその不満を隠そうともしない方で、領地にメリットを示せばこちらに引きずり込めそうですね」


「と言う事は何か考えているのかしら」

「…今は河を使った交易かなと。リール州の西部は西部山脈に面してる上に河で分断されているので中央街道から離れて困窮している領地が多いので」

 モルビエ子爵領もレ・クリュ男爵領もそれに該当する。

 アヴァロン州からの交易品を河船で輸送する事でシェブリ伯爵家からの離反を促せるかもしれない。

「先ずはアヴァロン商事が中心となってモルビエ子爵領とレ・クリュ男爵領の交易を勧めたいと思いますわ」


「それじゃあ。後はアントワネット・シェブリの対応かしら。お気を付けなさい、とても嫌な奴よ。あの一族のエッセンスを全て凝縮したような女かしら」

「大の獣人属嫌いなのでヨアンナとは相いれないのだわ。そうね、ウルヴァは連れて行かない方が良いのだわ。何をされるか分からないから」

「ファナ様、何か機嫌を取るアイディアは有りますか?」

「この間のフィナンシェの改良版を提供しても良いのだわ。その代わり見返りのレシピを何か欲しいのだわ」

「…はい、ならフィナンシェのレシピからアーモンドの粉を抜いて、卵白を全卵に変更して、バターは焦がさないで溶かしただけの物を…。それで食感も風味も違うものが出来ます」

「分かったのだわ。ザコに言っておくから明日にでも取りに来るのだわ」

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