第15話 リール州下級貴族

【1】

「ああ、やっと帰ってくれたわ。清々する」

 マリオン・レ・クリュ男爵家令嬢が大きな声で言った。

「あの、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様。お気を悪くされませんでしたでしょうか?」

 ロレイン・モルビエ子爵令嬢がおずおずと私に問いかけて来た。


「成り上がり者の田舎者ですもの、全然気になどしないわ。それから、私の事はセイラと呼んで下さいまし」

「それじゃあ、私の事はマリオンと呼んでちょうだい、セイラ」

 そう言ってマリオン・レ・クリュ男爵家令嬢はモルビエ子爵令嬢の顔を見る。

「そっ…それでは私もロレインと呼んで下さい」

 マリオンに促されてロレイン・モルビエ子爵令嬢が私に告げる。


「それじゃあ、三人でお茶会を仕切り直しましょうか。ロレイン、マリオン」

「そうね、あなたの事は色々聞いてるわ。伯父様がゴルゴンゾーラ公爵だそうね。アヴァロン商会の商会主は貴女のお父上だとか。それにあのいけ好かないライオル伯爵家を廃嫡に導いたのも貴女のご家族だとか。ロレインはもっと色々知っているのでしょう?」

 ロレインはマリオンの問いに暫く逡巡していたが意を決して私を見た。


「セイラ様、私は…我が家はカンボゾーラ子爵家ともカマンベール子爵家とも争うつもりは有りません。ただ我が家はどうすれば良いのか…。シェブリ伯爵家とも敵対したくは有りません」

 元々中央街道から離れた奥まった土地で、北と東はシェブリ伯爵領とライオル伯爵領に押さえられて、西は国境の西部山脈、南はアヴァロン州…カマンベール男爵領だった。

 今迄から両伯爵家に押さえつけられて辛い立場だったのだろう。


「我がカンボゾーラ家も表立ってシェブリ伯爵家と対立する心算は有りませんよ。それにゴルゴンゾーラ公爵家ともカマンベール子爵家とも親戚ですからこれからはアヴァロン州からの交易も増えます。アヴァロン州からロワールへ行く街道はモルビエ領からの経由が一番早いですし、河を使った水運ならカンボゾーラ領からモルビエ経由で運ぶ事になりますわ。だからこれからも仲良くさせて下さい」


 ロレインの瞳に安堵の光が差す。

「そう仰っていただいて安堵いたしました」

「ロレインは心配性すぎるのよ。噂に聞いたいた限りでもセイラは私たちの側の人間じゃないの。少し過激すぎるけれどね」


「そんなに過激かしら。いたって常識的な事しかしていないと思うけれど」

 マリオンに反論するが聞いてはくれない。

「ライオル伯爵家を潰して領地を奪った上にシェブリ伯爵家から賠償迄せしめるなんて過激じゃないの」

「それにはちゃんと理由が有るし、私がやった事でも無いわ」

「嘘ばっかり。成人式でロワールに行ったら街中あなたの話でもちきりよ。成人式で会えるかと思えば清貧派のクオーネ大聖堂で成人式なんて、教導騎士団の本拠地ロワール大聖堂に喧嘩を売っている様なものじゃない」


「不快だったかしら」

「いいえ、もっとやれって感じ。リール州は八領地もある大きな州だけれど牛耳っていたのは伯爵家の三家。後の子爵家や男爵家はゴミ扱い。特にうちみたいな貧乏男爵家の扱いはそれは酷いものよ。まあ今はライオル伯爵家が廃嫡されて二家だけど」

「それはウチも同じで、子爵家と言えど二十数年まえにデュポン元男爵領の一部を受け継いで陞爵しただけで、これと言った産物も無くシェブリ伯爵家やライオル伯爵家に押さえつけられてばかりで…」

「そのライオル家は無くなったんだよ。いけ好かないアイザックもザマア見ろだわ」


「それで、上級貴族寮への挨拶なんだけれど一緒に行くべきだろうと思って…」

「リール州の貴族で王立学校生は五人。ああ、ライオル家が廃嫡になったから四人か。私たち以外では二年のアントワネット・シェブリ伯爵令嬢だけね」

「それは…何か起こりそうね。私だけ一人で行く方が良いかしら。何か迷惑を掛けそうだわ」

「いえ、ご一緒させてくださいまし。…分かれて行くと何か理不尽な要求や命令をされそうで」

「そうだね。あの女ならセイラの食事に毒を入れろなんて平気で言いそうだから」


 さすがはシェブリ伯爵の娘だ。血は争えないな。

「それならお願いします。私に毒を盛れって言われたら、教えて頂ければ毒を飲みますよ。死なない程度にね。そうすればシェブリ伯爵家に一つ貸しが出来るでしょう」

「貴女にはさからわない事にするわ。そもそも貴女につく事に決めてたし。貴女につけば面白い事を見せて貰えそう」

 マリオンがやんちゃそうに笑う。


「待ってください。私はそんな事は…」

 ロレインが顔を引きつらせる。

「ロレイン。セイラはシェブリ伯爵家に外面は服従してる振りをしろって言っているんだよ。詳細を知らせたら私たちの顔を立てる方法で善処してくれるって事だよ。ねっ」

「それでも毒などと…。そんな恐ろしい事は私は…」

 臆病なのだろう。ロレインは青ざめた顔で首を振った。


「冗談よ。別にシェブリ伯爵家ともロワール大聖堂とも表立って敵対するつもりは無いわ。その証拠に領内の聖職者は、筆頭司祭はともかくそれ以外は皆ロワール大聖堂から来た人ばかりよ」

「わかりましたわセイラ。無理難題を押し付けられそうになったらあなたに相談させて頂いて宜しいのですね」

「ええ、マリオンもロレインもお願いするわ。情報は共有しましょう。最悪の場合ゴルゴンゾーラ公爵家の後ろ盾の有る私が前に出ますから」

 ロレインが安堵した表情で微笑んだ。

 筆頭司祭が鳥獣人だと知ったらどういう顔をするかなあ。


「セイラ、それで初めに聞きたかったこと。この家具の飾り板の事教えてよ」

「これね、割と安く出来るんだよ。王都のセイラカフェのショールームで…」

 この後はマリオンとロレインに気の置けない友人を交えてお茶会をする約束とフランを紹介する事も約束した。

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