第73話 光の聖女のハレーション

【1】

 翌朝の下級貴族寮の食堂は昨日の誘拐未遂事件の話題で持ちきりだった。

 その場で誘拐犯五人を叩きのめしたメイドたちの活躍と、恋人の誘拐を画策した首謀者を捕えて成敗した近衛騎士ラブロマンスが尾ひれがついてまるで別の話しのように語られていた。


 誘拐犯全員がメイド達に叩きのめされたのにクロエは悪漢に捕まりウィキンズが命懸けでクロエを助けてマルカムの首を刎ねた事になっていた。

 私がウィキンズは武器など持たず首を刎ねたりもしていないと力説したが、いつの間にかクロエを救う為に武器を捨て身代わりになろうとしたがマルカムが二人とも殺そうとして止む無く返り討ちにした話に変わってしまった。

 気の毒な事にあれだけ派手に立ち回ったリチャード殿下の話しが一言も語られていないのは個人的には”ざまあ”ではあるが。


 そしてもう一つこれは少し困った事になったのだがウルヴァの治癒現場を多くの学生に見られてしまっていた事だ。

 隠していたが光の聖属性はロワールやクオーネの芝居小屋で語られていた上、最近は王都でも上演が始まったので噂には昇っていた。

 それを実際にやらかしてしまったのだから隠しようが無く、誤魔化す事はもうできない。


 私はカミユ・カンタル子爵令嬢とクラスメイトのレーネ・サレール子爵令嬢に食堂の隅に拉致されてしまった。

「セイラさん! もしやとは思っていましたが迂闊すぎます」

「そうですよ! まだ下級貴族寮内での事ですからこれで収まっていますがきっと大貴族寮内では色々と動き出している人たちがいますよ!」

「でっ…でも、ヨアンナ様もファナ様も居る事ですし」

「何を呆けた事を! 今年は王族が二人もいるんですよ。教導派の聖教会も陰で動き出しているでしょうし」


「セイラさん、今日は私かヨアンナ様の近くから離れてはいけませんよ! 殿下にもジョバンニ・ペスカトーレにも近づいては行けませんからね!」

「えっと、あっちから近付いてくるのは…」

「それは私や平民寮のみんなで守ります!」

 レーネさん、偉く気合が入っているなあ。


【2】

 いつもの様に講義室に向かうとアイザックやゴットフリートが駆け寄ってくると私の後ろに従った。

「レーネ、そしてあなた達も頼みますよ」

 カミユがそう告げると三年の講義室に去っていった。


「セイラさん少しまずいことになりそうですね」

 そう言ってジャンヌがエマ姉と一緒に集団に加わった。

 講義室の前に来るとヨアンナとファナが立っている。

「レーネ、今日は来るのが遅いのだわ」

「本当に、私達に取り巻きも連れずに教室に入れとでも言うつもりかしら」

 レーネはいつもファナと又従姉妹に当たる関係で一緒に居ることから彼女の取り巻きだと思われているんだ。


 そういえばヨアンナには取り巻きが居ないなあと思っていると、

「セイラ・カンボゾーラ! 何をボッとしているのかしら。入るわよ」

 そう言われていつものようにヨアンナの後について講義室に入る。


 講義室に入るとオズマ・ランドックが私に駆け寄ってきた。

「セイラ様、聞きましたわ。やはり光の聖属性を持っていらっしゃったのですね」

「別にどんな属性を持っていようが人の本質には関係ないのだわ。それでその人が変わる訳ではないのだわ」

 ファナがピシャリと切って捨てるように答える。

 オズマは平民で私やジャンヌにも親しげに声をかけてくるのだが、彼女に対してファナとエマ姉は警戒してあまり近づけようとしないのだ。


「それでもその力でお祖父様をお救いしていただいているのですからぜひとも我が領地の聖教会で司祭としてお迎えしたいものですわ」

「ダメよ~。セイラちゃんは世俗にまみれ過ぎているから聖職者なんて以ての外だわ」

 カロリーヌ・ポワトー伯爵令嬢の言葉にエマ姉が即答する。

 事実だけれどその言い方って酷くないか、エマ姉。


「まあ聖属性を持っていようがいまいが人格の形成には関係ないということだ。同じ聖属性でもジャンヌのように高潔な者も居ればセイラ・カンボゾーラのような者も居るという事だ」

「殿下、何をおっしゃりたいのですか?」

 ジョン・ラップランド! それはどういう意味だ! 喧嘩なら買うぞ。


「察しの悪いやつだなあ。殿下は人の品性に属性は関係しないと仰っているんだよ。人品が卑しければ聖属性が有っても聖女には値しないということさ」

 イアン・フラミンゴがジャンヌと私の顔を見比べながら言った。

「イアン様、その言い方は少々…。少なくとも此処にはそのような方はいらっしゃらないと思います」


「そうだね。聖女ジャンヌが人品共に抜きん出ているから周りがそう見えるのだろうね。特に粗野で無礼な言動を繰り返すような者が側にいれば尚更だ」

 ジョバンニ・ペスカトーレがジャンヌの顔を覗き込むが、ジャンヌは嫌そうに顔を背ける。

「おい、ジョバンニ様に失礼だろう」


 アレックスがジャンヌに言うのをヨハン・シュトレーゼが手で制して割り込んでくる。

「アレックス、兄の事があって気に入らないのだろうが落ち着け。聖女ジャンヌの気持ちは解らないでもない。両親のこともあるんだ。それでも誰かのようにつまらん復讐を考えるような事はせず弱者に尽くしているのは見習うべきだ」

 その言葉にアレックス・ライオルは唇を噛み暗い目で私達を睨むと席に帰っていった。

「まああれだな。聖女ジャンヌは属性と関係なくその行いによって聖女と称されていると言う事だな」

「ああ、殿下の言う通りだ。誰かと違ってな」

 ジョンが締めくくり掛けたがヨハンののいらぬ一言が入った。

「ヨハン様、私は聖職者として当然の事をしているだけです。でもセイラさんは貴族の立場で私以上の事をなさろうとしているのですよ」


 ジャンヌの周りに上級貴族の男子たちが集まり出した。

「ねえ、どうして私はここ迄言われなければいけないのかしら?」

「それはセイラちゃんの日頃の言動のせいだと思うの」

「普段から貴女が当て擦りを言うから言い返されるのだわ。自業自得なのだわ」

「でもそれって、いつもの事じゃないのかしら」

「でも、ヨアンナ様、ファナ様。セイラさんがいつも矢面に立ってくれているのですから」

「ひどい…。私はみんなの為に…。優しいのはレーネさんとジャンヌさんだけだわ」

「セイラ様、僕たちも非力ですが応援くらいは」

「そうです。直接のケンカの力にはなれませんが」


「まあ仕方ないかしら。私の従姉の面倒くらい見てやるかしら。ジョン殿下、少し取り巻きが口が過ぎるのではないかしら。貴族令嬢に対して礼を失する態度は目に余るかしら」

「ああ、その様だな。ヨハン、少し口が過ぎるぞ。俺が話を締めくくったんだ、お前がしゃしゃり出る必要はなかっただろう。ヨアンナの取り巻きに一言詫びを入れておけ」

「あっああ、済まなかった調子に乗って言い過ぎた。謝罪する」

「あっああ、私の日頃の行いが原因のようだからそう言ってくれるならもう良いわ」

 ああ、私ヨアンナの取り巻きだったんだ。

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