第74話 憶測…
【1】
そう言えばこういう時に無自覚に混乱を引き起こすイヴァンがいない。
「そう言えばイヴァンは? ルイス・モン・ドールもウラジミール・ランソンも来ていないのね」
三人とも近衛騎士である。
「第一・第二中隊は朝から呼び出しでイヴァンとウラジミールもだ。ルイスの第七中隊と第四中隊は昨日から帰ってきていない」
私の言葉に同じ近衛騎士であるエンゲルス男爵令息が答える。
「あなたは呼ばれていないの?」
「第三も第五も第六も第八も特に呼び出しはないな。第四中隊はウィキンズさんやケインさんが当事者だからその関係だろう。第七はリチャード殿下の関係だと思う。第一と第二は近衛騎士団長が収集をかけたんだろうと思うぜ」
グリンダの要請を受けてストロガノフ子爵が動いたのだろうか。
その後普通に授業は進み昼休みを迎えた。
「セイラさん、下級貴族寮のお茶会室を抑えています。女子の皆さんはお茶会室に移動してください。アイザックとゴットフリートは食堂で情報収集をお願いします。ランチはすでに予約していますから」
サレール子爵令嬢がテキパキと指示を出す。この人は本当に真面目で手際もいい。
こうして女子六人は下級貴族寮のお茶会室に入った。
そこにはすでにクロエとカミユ・カンタル子爵令嬢が座っていた。
「ごめんなさい、皆様。私のためにご迷惑をおかけしてしまって」
「クロエ様、考え違いをなさらないで。これは貴女の為ではなくて派閥のためかしら。貴女の誘拐に見せかけた清貧派に対する嫌がらせかしら」
ヨアンナがピシャリと言い放つ。
「そうなのだわ。クロエ様は自己評価が低すぎるのだわ。三年間特待生を通して実家も子爵家に陞爵。兄は近衛騎士団の中隊長。恋人は近衛騎士で騎士団寮の実質寮長なのだわ。ご自分の影響力を少しは自覚するべきなのだわ」
ファナの言う通りでクロエとウィキンズの失墜は派閥にとって大ダメージだ。
「そこがアントワネットの狙いなのでしょうね」
「あなたもだわセイラ・カンボゾーラ。あの女の本当の狙いはあなただと思うのだわ」
「ポワトー伯爵家もシェブリ伯爵家も貴女の
「
「だから
「だからクロエ様は気にする必要はないかしら。本当の狙いはセイラ・カンボゾーラだと思うのだから。ほんとうにこの娘は歩く迷惑なのかしら」
「ですがウィキンズ様が大変な目に遭われたと」
「大丈夫ですよ。ウィキンズは無実ですわ。本当に肝心なところでお間抜けさんなんだから。ねえ、ナデテ」
「そうですぅ。ウィキンズはいつも詰めが甘いんですぅ」
やはりクロエにはケインの事は話していないようだ。
「それで枢機卿はあとどれくらい持つのでしょうか。容態は如何なのでしょう?」
ジャンヌが機転を利かせて話題を変えて来た。
「初夏まで…。暖かくなると感染症の危険も有るし」
「私が感染症の治療をするとしたら」
「それでも体力も衰えているから夏の暑さは耐えられないだろうと思うわ」
私とジャンヌの話を聞いてファナが口を開いた。
「それならば春休みを過ぎた頃にはポワトー伯爵家とシェブリ伯爵家の抗争が派手になるのだわ」
「ああ、それで今回はリチャード殿下なのね。シェブリ伯爵家はリチャード殿下に取り入って有利に動きたいのかしら」
「そうなのでしょうか? それほど簡単な話では無いように思えるのです。アントワネット様は今回の事件で全てを片付けたかったのではないでしょうか」
「ジャンヌ様それは一体どう言う事なのでしょう?」
レーネの疑問にジャンヌが話を続ける。
「まずシェブリ伯爵家にとっては喉元の棘のようなライオル一族の処分。特に在学中に手駒にしていて、今は手に余るマルカム・ライオル様の」
「もともとマルカムが手を出したのでは…」
カミユ・カンタル子爵令嬢の問いかけにジャンヌは首を振った。
「そこも疑問が有るのですが今は置いておいて続けましょう。この誘拐事件を引き起こす事で、負い目の有るカマンベール子爵家にダメージを与えて、それを事前にセイラさんに伝える事でカンボゾーラ子爵家に貸しを作る。その上でクロエ様の情報をリチャード殿下に差し出す事で王家に対しても恩を売る。更にリチャード殿下にウィキンズ様を陥れてクロエ様の歓心を買い王族に引き入れるよう導く事くらい迄考えていたのでしょう。…それにポワトー伯爵家迄引きずり出して加担させています。旨く事が運べば枢機卿の指名をポワトー大司祭に辞退させることも考えていたのではないでしょうか」
「証言者にカール・ポワトーを引き入れて何か企んでいたと言う事なのですね」
カミユがその話を受けて答える。クロエにケインの事を気付かせない様に。
「ええ、何か家名を失墜させるような事を。もうすでに起こっているかもしれませんが」
「でもマルカムが手紙を入れてからの期間でそこまで手筈が整えられるものかしら。余りにも手際が良すぎるかしら」
「ええ、たったひと月では難しいでしょう。でもそれより前からなら…と言うかそもそも本当にマルカム・ライオル様が画策した事なのでしょうか?」
「「「「?!!」」」」
「マルカム・ライオル様が主犯だと言う根拠は何でしょう? 投函された脅迫状だけですよね」
「もしかして…」
「脅迫状には封蝋は有りましたが印章は無かった。手紙の筆跡も確認した訳ではありませんよね。裏に書いてあったサインだけでそう判断しましたがサインだって確かめたわけでもありませんでしたよね」
「それに疑問に思っていたのですが、貴族寮は主人が一緒に付いていなくては勝手に入寮できないではなかったですか? メイドが単独で入るには登録証を見せなければならなかったでしょう。」
「ええ、だから昨日ウルヴァちゃんを上級貴族寮に入れる時は登録証を作らせたかしら」
「ならアントワネット様の部屋に脅迫状を入れたのは誰でしょう。実は誰も入れてなかったのではないでしょうか」
「ジャンヌちゃんは脅迫状自体がアントワネットの狂言だったと言いたいのね」
「でもクロエお
「アントワネット様が犯人なら貴族令嬢でもそのメイドでも手駒はいくらでも居ますよね。それこそ手紙を入れるだけですもの」
そうだ偽メイドが捕まった事で勝手にあの偽メイドが犯人だと思い込んでいた。
「そもそもマルカム・ライオル様は本当に失踪したのでしょうか? 誰かに呼ばれて王都に帰って来たのではないでしょうか。旅費を同封した手紙でも来れば喜んで帰って来たでしょうね」
「そしてずっとマルカムは王都のどこかに監禁されていた…」
「私の憶測です」
「資金も誘拐犯の手配も襲撃の計画も全てシェブリ伯爵家が主導して計画していたからこそこうも簡単に事が運んだんだと納得できるわ。ジャンヌさんに言われると、もうそうとしか考えられない」
「だから貴女は単純なのよ。頭が回る癖に思い込みも強すぎるのだわ。でもジャンヌの今の話は筋が通っているのだわ」
「いくつか確認する事はあるかしら。でもこの推論をアントワネット・シェブリにぶつけてみるのも一興かしら。まあのらりいくらりと言い逃れて尻尾は出さないでしょうけれど」
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