第75話 仮初の終息
【1】
その日の午後にグリンダを通して情報が来た。
第四中隊・第七中隊の全員の事情聴取が第一・二中隊によって実施された様で特にケイン襲撃は大きな問題になったようだ。
第一中隊はループ亭に乗り込み関係者をいち早く捕縛しており、遅れて乗り込んできた第七中隊と悶着が有ったようだ。
もちろん被害に遭ったケインとウィキンズの所属する第四中隊は怒り心頭である。
現在は第一・二中隊が間に入り調整を行っているが、ルカ中隊長不在の第四中隊はウィキンズの事も有り爆発寸前のようだ。
ケインが瀕死の重傷を負った事とフープ亭に巣くっていた闇の犯罪ブローカーの一味が摘発された事でウィキンズは正当防衛と判断されてその日のうちに解放されていた。
ウィキンズ本人はマルカム殺害を否定しているが、イヴァンの喧伝した中途半端な噂話が事実の様に広がっており、一服盛られながらもマルカムのロングソードに徒手で立ち向かい打倒したと近衛騎士団内でも讃えられている。
ケインに関してはゴルゴンゾーラ公爵邸にモン・ドール第七中隊長自らがやってきて引き渡しを要求してきたそうだが追い返されたそうだ。
侯爵家の三男坊である中隊長はえらく横柄な態度で乗り込んできたようだが、先々代からの軋轢があるのだから当然上手くゆく筈はないだ。若いこの男は良く判っていなかったようだ。
ゴルゴンゾーラ公爵邸は清貧派聖教会の庇護を理由にケインは回復するまで引き渡さないと態度を硬化させている。
副団長派は焦っている様だがストロガノフ騎士団長は傍観を決め込んでケインの引き渡しには介入する心算が無いようだ。
フープ亭の関係者は第一中隊が抑えて尋問の真っ最中だがその内容も漏らすつもりは無いのだろう。
副団長派との取引にでも使うのだろう。
グリンダの情報網でも近衛騎士団幹部の内部情報までは把握は出来ないようだが、一日で良く調べ上げたものだ。
そして放課後には学生近衛騎士団員は全て王立学校の寮に帰って来た。
もちろんウィキンズも一緒だ。
騎士団寮の前には帰って来る近衛騎士を見ようと女子生徒が詰めかけていた。もちろん目当てはウィキンズと第四中隊の生徒で、続いてリチャード殿下と第七中隊である。
リチャード殿下を先頭に第七中隊、続いて第四中隊が帰って来る。
女生徒たちの黄色い歓声が一番に高まったその時、そこへクロエがナデタとチェルシーとヨアンナの付けたもう一人の三人のメイドを引き連れて現れる。
女子生徒の黄色い声が潮が引くように凪いで行く。
少しやつれ気味のウィキンズが振り返ると、クロエが辺りの眼も気遣わすに駆け寄ると胸にしがみつき号泣した。
「ウィキンズ様! ご心配至ました。良くぞご無事で」
集まった女子生徒からは悲鳴のような大歓声が上がる。
「クロエ様こそお怪我も無く、ご心配申し上げました」
クロエを抱きとめるウィキンズの耳元でナデタが何か囁いている。
ケインの事をコッソリと告げているのだろう。
それを聞いたウィキンズはクロエの耳元に顔を寄せて何やら囁いている。
それを見た女生徒たちのキャーという声と裏腹にクロエの表情は曇り青褪めたのが分かった。
ウィキンズは他の隊員に促されて騎士団寮に引き上げて行った。
その光景をリチャード殿下が憮然とした表情で見つめていたのに気付いた者はどの位居たのだろうか。
【2】
私たちはウィキンズの話を聞くためにガーデンテラスに集まっていた。
メンバーはクロエとその友人のカミユたち三人と私とヨアンナとファナそしてレーネとジャンヌだ。
ウィキンズを交えてフープ亭で起こった事態のあらましを聞いた。
アドルフィーネもテレーズやグリンダから報告を聞いて来ており、それに補足してくれた。
ヨアンナは別邸からの使いに報告をもらっていたようだが、何やら気になることがあるのか終始思案顔で話を聞いていた。
クロエはいささか落ち込んでいたが、ケインが私とジャンヌの治療によって順調に回復している事を聞いて少し元気が戻ったようだ。
「それにしてもテレーズさんが王都に戻っていらっしゃったとは驚きですわ」
「そしてケインさんの命を救ったなんてとてもロマンチックね」
ブレア・サヴァラン男爵令嬢とシーラ・エダム男爵家令嬢は盛り上がっているがカミユ・カンタル子爵令嬢は浮かない顔をしている。
「ウルヴァさんの怪我の件でも嫌な思いをしたのに、ケイン様が殺されかけたというのは本当に不快ですね。最悪の事態ならウィキンズ様まで命を落としていた事もあり得るという事ですもの」
「そしてジャンヌ様の推測通りならその最悪の状況を企んだのがアントワネット様と言うことですよね」
レーネ・サレール子爵令嬢も深刻そうだ。
「すべてがアントワネットの計画通りに進んでしまえば、クロエ様の名誉も地に落ちるのだわ。救済にかこつけてリチャード殿下がしゃしゃり出てくればカマンベール子爵家は抵抗できないのだわ」
「セイラ・カンボゾーラ、貴女もこの件で負い目を感じるだけですまないかしら。実家のカンボゾーラ子爵家にも火の粉がかかるかしら」
「え?」
「ケインの後見人はカンボゾーラ子爵家の騎士団長なのかしら。そうでしょう、アドルフィーネ」
「ええ、そうですが…。今朝早々にヴァランセ騎士団長様宛に早馬を走らせましたが…」
「まさか、ギボン司祭が殺したという女性がケイン様の…」
「母だったのかしら? 私思うのだけれど、アントワネットはカール・ポワトー教導騎士を引っ張り出して何をするつもりだったのかしら? ケインとカール・ポワトーもマルカム・ライオルのように相打ちで殺すとか…。そうでなくてもどさくさ紛れにケインがカール・ポワトーを襲って返り討ちに合うとか考えていたのではないかしら」
「どういうことですか? そのケイン様の後見人という方は? もしかしてパーセル枢機卿様と繋がりのある方では?」
「あら、よくご存知なのかしら。もともとクオーネ大聖堂の聖堂騎士団長だった方なのかしら。カンボゾーラ子爵家に救われた恩を感じて子爵領の騎士団長をされている方かしら」
その答えにジャンヌが興奮したように顔を紅潮させて呟いた。
「繋がった。これで全部繋がったわ」
「一体何が繋がったと…?」
「いえ、セイラさん。ただの独り言です。でもヨアンナ様が仰った通りで、ケイン様の件でセイラさんやカンボゾーラ子爵家の非を追求し、ポワトー伯爵家にはこの事で恩を売ると同時にスキャンダルの発覚を仄めかす事で脅しをかけて枢機卿の座を得ようと考えたのですよ」
ジャンヌは確信を持った声できっぱりと言い切った。
「話の辻褄は合います。すべてアントワネット・シェブリ様の企てに違いありませんが、尻尾を出すことはないでしょうね」
ジャンヌが悔しそうに言う。
「でもね。アントワネットの企みはマルカム・ライオルの口を塞げたこと以外、なにも成就していないわ。リチャード殿下も結果がこれではアントワネットに手放しで恩を感じるほどの結果は出ていないし」
「そうですね。今日のクロエ様とウィキンズ様のご様子を見れば割って入ることなど出来ませんもの。それよりもセイラさんリチャード殿下はターゲットをあなたに切り替えてくるかもしれませんよ。くれぐれも脇を締めてつけこまれないようにしなければいけませんよ」
レーネ・サレール子爵令嬢が私に真顔で注意してくる。
「こちらにはまだケインという手札があるかしら。表立って知られていないポワトー枢機卿の関係から探りを入れるのも有りかしら」
「あのストロガノフ団長がそう簡単に教えてくれるとは思えないが、グリンダからフープ亭の捕縛者の尋問結果を探ってもらえないだろうか。それに二〜三日中にはルカ中隊長も帰ってくるだろうからそちら方面からもお願いはしてみるが」
ウィキンズもアドルフィーネたちに頼み込む。
「もしかするとカール・ポワトー教導騎士様はかなり関わっているかもしれませんから切り崩すならここではないでしょうか」
「そう言えば明日はカール・ポワトー先輩と面談の約束を取っていたな。お嬢…セイラお嬢様あの約束はまだ生きていますよねえ」
「そうね。その辺りをつついてみましょうか」
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