第76話 反撃の狼煙

【1】

 夕刻、上級貴族寮のお茶会室に赴いた私ははかなり苛ついていた。

 一月間手を尽くして調べ続けて来た。ライトスミス商会の人員もかなり割いてだ。

 その結果起こった事は全部アントワネット・シェブリの掌の上だったのだから。

 もちろん全てが防げると言う甘い考えはなかったが、さすがに不手際が過ぎた。


 襲撃犯がまさかメイドを使って騙しに来るとは思いもしなかった。その上私の短慮で本当のターゲットであるクロエの警護に穴を作り、ウルヴァに怪我まで負わせてしまった。当然襲撃者が複数の男で在ろうことは想定していたのにである。

 ウルヴァが機転を利かせてリオニー達に応援を頼み、捨て身でクロエを守ったお陰で大事に至らなかっただけだ。

 ナデタだって私が強引にチェルシーの救援を強行しなければもっとうまく立ち回ってくれたはずなのに。


 どうにか襲撃犯は撃破出来たが、アントワネットの実力を過小評価していた。あの女が、マルカム・ライオルの襲撃が本当に有るなら手を拱いて傍観している筈はないのだ。


 そしてリチャード・ラップランドの暗躍も読み損なった。アントワネットがそれとなく仄めかしていたではないか。

 アントワネットが関わらなくともウィキンズやケインの動きを知っているのだからクロエの歓心を買おうとする為に何かする可能性は考慮すべきだった。

 全てが後手に回ったためにクロエ救出の手柄を与えて言い寄る口実まで作ってしまった。

 イヴァンが混ぜ返してくれたおかげでクロエとウィキンズは公認の仲になったが、それが無ければクロエは強引にリチャードの妾にされていたかもしれない。


 エポワス近衛副団長やモン・ドール第七中隊長も検討対象外だった。

 やはりモン・ドール侯爵家は王家の縁戚にあたり、第一王子の母や教導騎士団長を輩出した一族である。

 エポワス近衛副団長の後ろ盾もモン・ドール侯爵家だ。

 その息子である第七中隊長が教導騎士団の重鎮で武闘派のシェブリ大司祭と繋がりが無い筈は無かったのだ。


 そして極めつけはケインの事だ。偶然にもテレーズ修道女がゴルゴンゾーラ公爵家に匿ってくれたから良かったものの本来は死んでいる。

 そもそもアントワネットの本命はケインの殺害だったのだろうから。

 そう全てはこの計画の隠蔽のために張り巡らされたアントワネットの罠だったのだ。


 全ては偶然の賜物だ。唯々幸運だっただけなのだ。

 アントワネットの計画に何一つ気付く事が出来なかった。

 その結果、ウルヴァやケインに怪我を負わせクロエやウィキンズを、ナデタやリオニーを危険にさらしテレーズやヨアンナやジャンヌたちに迷惑をかける事になってしまった。


【2】

「ふざけないで下さるかしら。セイラ・カンボゾーラ、貴女自分を何様だと思っているのかしら。万能の神にでもなったつもりなのかしら」

 ヨアンナが顰め面で私を見下ろしている。

 一年生のヨアンナ派閥の皆が集まってのお茶会と言う名の情報交換会の最中なのだ。

 ヨアンナとファナを中心に下級貴族からは私を含めた四人、それに大貴族寮には入れ無い平民からは、特例で聖職者としてジャンヌと出入りの商人の代行としてエマ姉を交えた八人のいつものメンバーだ。


「返す返すあなたの言動は不快なのだわ。あなたの言葉の端々から伝わってくるのは自慢にしか聞こえなにのだわ。尊大ぶっているけれど新興の子爵の令嬢如きが出来る事などたかが知れているのだわ」

「別にそんなつもりは有りません。結局何一つうまく行かなかったのですから」


「だ・か・ら・、貴女が上手くやっていれば全て片付いたと言いたいのかしら。それが傲慢と言うのかしら」

「でもそれでは‥‥」

「セイラ・カンボゾーラ。あなたがどんなに小狡く立ち回ってもその脳みそは一つきりなのだわ。それを判らずに嘆いている様が尊大ぶっていると言うのだわ」


「さすがにその言われ方はセイラさんが可哀そうです。情報収集にも護衛にも骨を折って下さったのですから」

 ジャンヌが私を庇いファナとヨアンナに苦言を呈する。

「そうですわ。私達下級貴族の力ではセイラ様ほどの行動は不可能ですもの」

 サレール子爵令嬢も私の肩を持ってくれた。


「だからそう言っているのだわ。セイラも含めて下級貴族や平民で出来る事は限界があると」

「そう言う事よ、セイラ・カンボゾーラ。あなたは何故私に話を持って来なかったのかしら? 私は貴女の従妹にあたるのよ。解っているのかしら? カンボゾーラ子爵は私の叔父。その妻の姪でゴルゴンゾーラ公爵家の陪臣だったカマンベール子爵家の娘は私にとっても身内なのでは無いかしら」


「分家の分際で本家に迷惑をかける事など…」

「ハー?! 貴女に言わなかったかしら。命に代えても使用人を守るのは主人としての務めだと。それならば主家として分家や陪臣を守るのも同じ事では無いかしら。これはお爺様から受け継いできたゴルゴンゾーラ公爵家の気概なのよ。少なくとも私はその覚悟があるかしら」


「‥‥‥」

「ヨアンナ様。それはセイラさんに代わって私も謝罪いたします。事情を聴いて警告を受けた時そう助言すべきでした」

 返す言葉の無い私に代わってジャンヌが謝罪してくれた。

「聖女ジャンヌ。レーネもだけれど二人ともセイラに甘すぎるのだわ。この娘があなたの助言を聞いたと思う? この娘の性格なら周りに迷惑をかけたく無いとか言って一人で暴走していたに違いないのだわ」


「その点カミユ・カンタル子爵令嬢様はすごいですね。セイラちゃんと大違いでレオナルド様やウォーレン様にご相談してお友達の護衛を依頼したりファナ様へ色々と情報収集を依頼されていたようですね」

 エマ姉、何故そんなことまで知ってるの?

「さすがはエマなのだわ。セイラ・カンボゾーラ、あなたの側にジャンヌとエマと言う優秀な脳が二つくっ付いているのだわ。何故助言を申し出ないの?」

「そもそもアントワネットのはかりごとに行き着いたのはこの二人だったか

 しら。貴女は前だけ見て後ろを見る余裕が無かったのかしら」


「そっそうでした。引っ掛かりは有ったのに後ろを見ていませんでした」

「私が言いたいのはもっと仲間を頼りなさいと言う事かしら。ジャンヌは派閥の看板だけれど頭脳も信用も備えた神輿ではないのかしら。エマは貴族では得られない市井の情報も知識も発想も持っているし物事の裏を読むのに長けているかしら。それに私もファナも家格だけの貴族では無いかしら。宮廷にも上級貴族にも南部や西部だけに限らず東部にも北部にもシンパの貴族はいるかしら。教導派の宮廷貴族連中とは違うハッスル神聖国に関わらないネットワークもあるかしら。侮って貰っては困るのよ」


「そう言う事ならば初めの攻めどころはポワトー伯爵家では無いでしょうか。ジャンヌ様が仰るようにケイン様の殺害を狙っていたならカール・ポワトー教導騎士様はかなり深いところ迄関与していたのではないかと思うのです。自分の手を汚したがらないアントワネット様の事ですから襲撃者の手配などもカール様がなさっていたかもしれないと思います」

リナ・マリボー男爵令嬢の提案にヨアンナが頷く。

「そうね。あの女狐ならやりそうな事なのかしら。それではそこからメスを入れて行こうかしら」


「待ってください。リナ様の言われている事に間違いはないと思うのですが、アントワネットはそれも織り込み済みでは無いでしょうか。カール・ポワトーに罪を押し付けて逃げる位の事は容易に想像がつきます。それにそのスキャンダルはポワトー大司祭の追い落としにも使えるのでシェブリ伯爵家はどちらに転んでも漁夫の利を得られる立場ではないかと思います」

 なんとなくアントワネットの考えそうなことは解る。


「多分その通りなのだわ。ポワトー伯爵家を潰すのは良いのだけれどシェブリ伯爵家に利するのは癪なのだわ」

「さすがはセイラね。やはり同族の事は良く判るのかしら」

「同族って何なんですか!」

「陰と陽で見た目は違うけれどあなたはアントワネットと同じ匂いがするのだわ」

「違いと言えばアントワネットはあなたほど迂闊ではない事かしら」

 二人とも良い奴なんだけれど悪役令嬢だけあって口の悪さは腹が立つ。それとも私に対しては特に辛辣なのが。

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