第19話 葬儀(2)
【3】
「黙れ! この強欲娘めが。聖魔法を金儲けに使う背徳者めが」
「皆様! 強欲な私は大聖堂の十分の一の料金で治癒を行って王宮大聖堂から治癒施術を禁止されてしまいました。王都大聖堂の十分の一の価格は強欲なのだそうでございます」
「通達で申しているはずだ! 職分で無いものの治癒施術を禁止すると。貴様は学生で商人なのであろう。禁止されて当然ではないか。この診療所とか申すところも治癒施術を取り入れて金を儲けているではないか。ただで済ませんぞ」
「何度も申し上げておりますが、薬剤師が調薬する為には正確な診断が必要です。その為病状の診断をする治癒術師が無償で清貧派の聖教会から参っておるのです。あくまで病を癒すのは薬剤師が調剤した薬で御座いますよ。それこそ薬師の職分ではありませんか」
「何を申す! 治癒術士は聖職者だ。聖職者はあくまで聖教会でその施術を行うものだ。それ以外での施術など断じて許すわけにはゆかん」
王宮聖堂の大司祭もそうであったがこの大司祭もバカか?
なぜみんな考えも無しに自分で自分の首を絞めるような事を口走るのだろう。
上級貴族の館に赴いて治癒施術を行い高額の喜捨を受けているその口でそんな事を言って良いのか。
「それは治癒施術を学んだ聖職者による治癒施術を聖教会以外で使う事を禁止するという事ですか? 私どもはあくまで診療しか行っていないと言うのに。宜しいのですか王都大聖堂の大司祭様がその様な事を口走って」
「ああ、少なくとも王都の、この王都大聖堂の管理する地区での聖教会以外での治癒術士の活動は禁止する!」
「ふざけないで! 後付けでこの診療所を狙ったようによくもそんな事を言えたものですね」
「なんとでも申せ。聖教会以外での聖教会治癒術士の活動は禁止じゃ! それが気に入らなければ冒険者ギルドにでも行って治癒系の冒険者でも雇うんじゃな」
「皆様聞かれましたか! 横暴にも治癒術士の聖職者は王都内では聖教会内でしか活動をさせないとおしゃっておられる。なら教導派聖職者がまずその範を示して頂きたいものですわね」
「当然であろう。我が王都聖教会が範を垂れてやる。これ以上この王都で清貧派に勝手はさせぬわ」
「皆様お聞きになられたでしょう。王都聖教会は模範を示すと仰った。これからは貴賓や富豪の館での治癒施術は一切禁止されるという事です。皆様今すぐ王都全体に知らせて下さいませ」
これでやっと大司祭は事の重大さを認識したようだ。一気に真っ青になり焦り言葉で取り繕い始めた。
「そうでは無い、そうでは無く…違うのだぞ! 間違うな。間違うでないぞ!」
ない頭で必死に何か考えている様だ。
ここらで助け舟を出してやろう。こんな事を本当に実施されると後々面倒な事になるのだから。
何よりそんな事をすれば王立学校の治癒術士も仕事が出来ない事になる。
「大司祭様、一つお聞きいたしたいのですが。祠や礼拝堂で同じ聖職者がお務めを行う事を禁止なされるのでしょうか? 聖教会の代わりにならないのでしょうか?」
「おおそうじゃ。祠や礼拝堂がある場所での活動なら許そう。これは聖教会の慈悲じゃ」
「ならばこの診療所も入院者の為の礼拝堂を設けておりますので問題御座いませんね大司祭様」
大司祭は忌々し気に私を睨むと一言”ああ”と言い残して口を噤んだ。
これ以上何か言っても私に勝てないと悟ったのだろう。
「いい気になるなよ。いつまでもこのままが続くと思わぬ事だ」
大司祭たちはお決まりの捨て台詞を残して逃げるように去って行った。
【4】
「見事な駆け引きじゃな神子殿、さすが王妃殿下の切り札と言われるだけの事は有る。お陰で妻の葬儀への邪魔な横槍すらも防ぐ事が出来た。恩にきる」
「伯爵さま頭をお上げ下さい。それから神子の呼び名はご勘弁を」
「其方の嫌いな王宮聖教会が呼び始めたと聞いたがやはり不満であるか…しかし我が一族にとっては光の神子である事もまぎれもない事実。許されるならこれからもそう呼ばせて頂きたい」
レスターク伯爵にこうも真摯に頭を下げられてはこれ以上言い募る事も出来ない。
「神子殿、治癒術士殿、薬師殿そして何より看護師殿。後ろの馬車に乗ってくだされ一緒に妻を見送ってくだされ」
請われるままに職員たちが診療所から出てきた。
葬儀の間はアナ司祭とキャサリン聖導女が王立学校の治癒術士二人を連れて留守番をする事になっている。
私たちは促されるままに馬車に向かった。
診療所の玄関口から馬車迄の間の通路にはレスターク伯爵家の一族が両脇に並んで頭を下げている。
私は勧められるまま先頭の馬車に、そして治癒術士、薬師と順番に馬車に乗り込む。
最期に三級治癒術士の四人の看護師がオズオズと玄関に姿を現した。
四人が通路に出ると一斉にレスターク伯爵家の男達が片膝を地につけて胸に手を当てて頭を垂れた。
女性たちは皆カーテシをして頭を下げている。
狼狽している四人の獣人属の少女たちに向かって頭を上げたレスターク伯爵が感謝の言葉を述べる。
「こうして妻が安穏に最期を迎えられたのは治癒術士殿や薬師殿の技術が大きいと存ずる。しかし毎日笑って過ごせたのは其方ら看護師殿が献身的に尽くしてくれた事、我妻の事を思ってくれた事が大きな支えじゃった」
「もったいのう御座います。私どもは清貧派の教え通り尽くしただけで」
「そうで御座います。治癒魔法も知識も不足で」
「出来る事をしただけで御座います」
「それが、それこそが母上の最期を安穏なものにしたのだ」
「そうだ、義母上が笑って逝けたのは其方らの力だ」
「そうですよ。お母様が居らっしゃったらもっと胸を張って誇りなさいと仰いますわ」
レスターク伯爵家の面々が看護師の少女たちを讃えながら涙を流す。
「それでも私たちは奥様にもっと生きて貰いたかった」
「まだまだ尽くし足りないのです」
そう答えながら四人の看護師は肩を抱き合って号泣し始めた。
それにつられて周りを囲んでいた野次馬たちからもすすり泣く声が響いて来る。
その内に群衆から大きな拍手と泣き声が響きだし辺りは涙に包まれてしまった。
その群衆の中を霊柩馬車がゆっくりと進み始めその後に次々と馬車が続き始める。
周りを囲んだ群衆がその車列に向かい帽子を取って並んで頭を垂れていた。
歩くより遅い葬儀の車列を追い越して、口コミで話が伝わったのだろう。
ゴルゴンゾーラ公爵家の清貧派聖堂の前にもずらりと群衆が取り巻いて哀悼の意を表していた。
レスターク伯爵家が王都で有名であったわけでは無い。実力のある一北部宮廷貴族であるという程度の認識であった。
当然庶民が知るような名家でも無い。
伯爵家一族が獣人属の少女聖職者に対して最上の礼を尽くして感謝の意を伝えて事が庶民の琴線に触れたのだ。
たった一日の出来事でレスターク伯爵家の名は王都の庶民の間に鳴り響いた。
私と王都大聖堂の大司祭との口論もいつしか伯爵と大司祭の口論に変わり、獣人属の看護師を守る為に大聖堂の不正を突いた痛快譚として真しやかに語られている。
レスターク伯爵家一族は教皇派の国王派閥に見切りをつけたのだろう。
全ての行動は教皇派の王都大聖堂への挑発であるが、棄教を申し出るのではなく不正を糾弾した為に弾かれたと言う態を貫きたいのだ。
清貧派のシンパであるが清貧派には帰依しない。宗派的には中立でジョン王子派に与すると言う貴族としての絶妙なバランス感覚も大したものだ。
それでも奥方に対する愛情に嘘は無いとも感じた。
何より診療所の評判もうなぎ上りなのだから私としてもウィンウィンだ。
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