第11話 ここだけの秘密

【1】

 油断していた。

 ゲームの開始は入学式からである。攻略対象との出会いもそこからだと勝手に決めつけていた。

 事実イアン・フラミンゴやヨハン・シュトレーゼとは直接顔を合わせる機会が有ったんだから…こちらから避けたので顔は合わせていないが。

 何よりゲームでは主人公は入学式で攻略対象達と会うが、初対面では無いキャラもあったのだ。

 その一人がイヴァンで、出会いのセリフも『久しいな』だったことを思い出した。


 まさか自分が主人公だと思ってもいなかったので脇が甘かった事も有るが、イベントの詳細をあまり記憶していないのだ。

 そう言えばゲームでも入学式の帰りに寮に送る送らないで揉めて、強引に女子寮に送り届けられるのだった。

 そうだその時にも過去に主人公のメイドを助けた様な会話が有ったのを思い出した。


 今回は追っ払ってウルヴァと帰って来たが、また入学式の帰りにはあのバカ騎士が絡んでくるのだろうか。

 これは入学式イベントまでに他のキャラとの顔合わせも有ると言う事なのだろうか。

 今面識が有るのは悪役令嬢三人と今日のイヴァンだが、イアンとヨハンは顔は知っている。

 繋がりが無いのはジョン・ラップランドとジョバンニ・ペスカトーレの二人だ。一旦寮に帰って対策を練ろう。


 寮に戻り暫くするとフランが夕食を誘いに来た。

 セイラカフェに大量に平民寮の娘達が押しかけて来たそうで、先輩面で色々とアドバイスして仲良くなったようだ。

 新しい家具も決まったようで何よりだ。


 夕食の為に食堂に向かうとクロエが席についていた。

 新入生と思しき二人の生徒がクロエに挨拶をしている。私もクロエの側に行きフランを紹介する事にした。

「クロエお従姉ねえ様。こちらはお友達になったフラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢様です。フラン、こちらが三年のクロエ・カマンベール子爵家令嬢様です」

「えっと、あのフラン・ド・モンブリゾンと申します。お見知りおきを…」

 クロエに挨拶していた令嬢たちは、少し怪訝な顔をして私たちに会釈すると去って行った。


「まあ、セイラ様のお友達ですの。良ければ夕食をご一緒致しましょう」

 私たちが腰を掛けるとウルヴァとナデタが私とフランの夕食のトレイを運んできた。チェルシーは私たちの為にお茶を入れてくれている。

「先ほどの方々はやはり新入生ですの?」

「そうですわ。セイラ様と同級生になる北西部のご令嬢たちですわ。ジャンヌ様がご入学されると聞いて早めに寮に入られたそうですよ」

「あのうー、セイラのお姉様なのですか?」

「ああ、違うの従姉にあたるのよ。私はアヴァロン州で、セイラ様のお母上が私の叔母に当たるの」


「私の家は先月叙爵を受けたばかりなのでお従姉ねえ様に色々教えて頂いているの」

「私も教えて貰えるかなあ。私の家も去年男爵になったばかりで何もわからなくて」

「そう言えば昨日のエポワス子爵令嬢様たちはいらっしゃらないのですか?」

「彼女たちは王都住まいだから、暇つぶしに遊びに来ていただけよ。多分授業が始まる直前までもう出て来ないわ」


「その方もお友達なんですか?」

「「違うわよ!」」

「…」

「ごめんなさい。たちの悪い宮廷貴族の方たちで昨日私ケンカになりかけたの。それをお従姉ねえ様に助けて頂いて」

「それって、私みたいな成り上がり者は一番の表的にされそうなんだけれど…」

 フランが不安そうに言う。


「また学校が始まったら、私の知り合いも含めてお茶会を致しましょう。新入生も紹介いたしますわ。仲間が出来れば助け合えますし」

「その頃にはフランにもメイドが付いているでしょうしね」

「メイド…?」

「ええ、今日セイラの紹介でセイラカフェに行って新しいメイドを紹介して貰う事になったので」

「まあそれなら安心よ。セイラカフェのメイドならきっと貴女の事を守ってくれますわ。ねえ、ナデタあなたも気にかけてあげてちょうだいね」

「はいクロエ様。心得ております」


【2】

 同じころ女子平民寮の食堂は夕食もすみ、新入生が集まって賑やかに談笑していた。

 ジャンヌの周りには既に南部出身の少女たちの人の壁が出来ており、それにアヴァロン州の少女たちが加わり何やら話している。

 そこに一人の少女がおずおずと割って入って来た。

「あの…、ジャンヌ様。私ロワールから参りましたオズマと申します」

 ジャンヌを取り巻いていた少女たち、特にアヴァロン州出身の四人に緊張が走る。

 ロワールは北部教区で、昨年からロワールを含むリール州はアヴァロン州の住民にとって仮想敵なのだから。

「ち、違います。我が家は商人で別に教導派ではありません。少しお聞きしたい事が…今日見えられていた貴族の方はセイラ・カンボゾーラ様ですよね。私ロワール大聖堂の公開審問を見に行ったので…」

 アヴァロン州の四人が色めき立った。

「それは本当!」

「詳しく教えて!」


 ジャンヌも顔を輝かせてオズマを見つめた。

「ええ、あの方はセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢で間違いございませんわ。私もそのお話を聞かせて頂けないかしら」

「それはもう。私と同い年ながら臆する事も無く陪審の司祭様たちに対して、枢機卿様までも糾弾するそのお姿に感動してしまいました。いくら偉い人間でも悪い物は悪いと言い切るお姿が凛々しくて。それにアナ聖導女様の農民や平民に対する慈悲深いお言葉や涙ながらに語られる懺悔も…あの方もお辛かったのだろうと思うともらい泣きしてしまいました」

「アナも…元気そうで何よりです。私は帰ってきて欲しいのですけれども、懺悔の為に旧ライオル伯爵家の被害に遭った領民を救う事にその身を捧げたいと…」


「私の父はリール州で手広く商売している商人で、カンボゾーラ領やカマンベール領への援助をしたいと申していましたわ」

 オズマはそう言うと更にはロワールの現状を話し出した。

 公開審問での供述内容に、今までの教導派の教義に不満を持った市民たちが共鳴して街の空気が変わり始めている。

 何より今回の事件を主題にした流れ者の吟遊詩人が街角で語り出したのを皮切りに、酒場や庶民の宿屋が店でそんな歌を唄わせ始め、芝居小屋が次々に新作の舞台を始めだしたそうで、聖教会とシェブリ伯爵家は火消しに必死になっている。

 ただそれもあまり功を奏しておらず、不満を持つ下級貴族の中には自分の主催するサロンでお抱えの吟遊詩人に語らせるもおも多くいるとの事だ。


 この事件は未だ二月しか経っていないのでリール州やアヴァロン州とその周辺でしか知る者はいないが、冬までには国中に広がるだろう。

「それでオズマさん。公開審問でセイラ・ライトスミス様はお見えになられたのでしょうか?」

ジャンヌがおずおずと聞いた。

「はい、一度だけ。お顔全体に包帯を巻かれて、大きな帽子を被られて。審問所内での帽子の着用をお求めになられたのですが、判事の司祭様が許可されず…。お気の毒でした」

「なんて…なんてひどい」

「ご一緒していたアナ聖導女様が号泣して判事司祭様に食って掛かられて、セイラ・ライトスミス様は殆んど話す事もなく閉廷になりました」

 セイラ・ライトスミスの名前に南部の少女たちものめり込むように話に聞き入って憤っている。


 オズマの話に食いついたアヴァロン州の四人が交互に話す事の顛末を、南部諸州の娘たちが食い入るように聞き耳を立てている。

「実は今日私たちもセイラ様に伺いました。聖属性の下りは脚色だそうでアナ様と二人で治癒魔法を使ったと仰ってましたがモデルで間違い無いそうですよ。でもこのお話はここだけのご内密に」

「ええ、もちろんです。ジャンヌ様はもうご存じだし、私たち仲間だけの秘密ですね」

 …セイラのここだけの話は多分直ぐに手紙に書かれて南部中に知れ渡る事になるだろう

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