第10話 騎士団寮

【1】

 直ぐにブリー州やレスター州の娘たちがジャンヌの側にやって来た。他にも南部の州の娘たちはジャンヌを尊敬している者ばかりなので直ぐに人だかりが出来る。

 それからアヴァロン州の商家の娘や聖教会から推薦を受けた娘たちが私の下に集まって来る。

 彼女たちはクオーネ大聖堂での成人式に参加しているのでじかに私を見ているのだ。

「カンボゾーラ子爵令嬢様。ご挨拶が遅れました」

「セイラ・カンボゾーラ様。成人式ではご一緒させていただき光栄で御座います」

「成人式の宴ではセイラ様にお声を掛けて頂いて、ヨアンナ様にまでご紹介いただいて感激致しました」

 暫く彼女達と歓談しているとそのうち慣れてきたようで話口調にも硬さが抜けてくる。


「あの…セイラ様はやはり”光と闇の聖女”のセイラ様のモデルなのですか?」

「皆様、モデルでは有りますが治癒魔法は火属性の治癒魔法で一緒にいらした治癒魔法士の聖導女様と二人で施したのですわ。光属性は作り話ですよ。これはクオーネ大聖堂で成人祝福を受けた私たちだけの秘密ですわ」

「ああ、ここだけの秘密、了解しました」

「私たちだけの秘密ですね」

「ええ、アヴァロン州民の秘密ですわ」

「お約束は守りますとも」

 ここだけの秘密は秘密じゃない。まあ漏れても構わないけれど、こういう秘密は連帯感の醸成にも役立つからね。

 この娘達は私の手駒になりそうだし、ジャンヌの取り巻きになりそうな南部の娘達と連携して貰おう。


 平民寮も王都に近い北部や東部の子女は未だ少なく、南部や西部が圧倒的に(特に南部が)多いので、ジャンヌを守る会(仮)は結構盛り上がった。

 ライトスミス商会のカタログやセイラカフェのメニューも好評で、エントランスホールの談話スペースに有る飾り棚にきれいに並べられてみんなの共用と決定された。

 そして気の早い子たちはライトスミス商会の荷馬車に乗ってセイラカフェのショールームに向かった。


 私も徒歩でセイラカフェに向かう少女たちと一緒に王立学校の門まで、店に帰るグリンダたちを見送りに行った。

 グリンダたちと平民寮の娘たちを見送り、下級貴族寮に帰ろうとした時だった。


「おや、其方ウルヴァではないか。久しいなあ」

 気安げな男の声が聞こえた。

 しゃべり口調から貴族のようだが、私では無く部屋付きメイドのウルヴァに声を掛けるとは?

 訝しみながらも私とウルヴァが振り返ると近衛騎士団の制服を着た男が立っていた。

 短く刈られた紅い髪はツンツンに立ってノコギリの様になっている。一見してヤンチャ坊主のような、ガキ大将がそのまま大きくなった雰囲気の男だ。


 ウルヴァはその顔を見て慌てて深々と頭を下げると挨拶をした。

「お久しぶりで御座いますです。イヴァン様もご成人おめでとう御座いますです」

「ああ、俺もこれでやっと近衛隊員だ。お前はその女の側付きになったのか?」

 軍人系の家柄なのだろう。

 獣人属に偏見は無いようでは有るが、粗暴そうで頭も悪そうだ。貴族の割に礼儀も出来ていな。

 余り関わり合いになりたくない。


「お初にお目にかかります。私はこのウルヴァの主人、カンボゾーラ子爵家の娘セイラ・カンボゾーラと申します」

 そう自己紹介をして軽く会釈をする。

「おお、子爵令嬢か。予科では見なかったのでどこかの商人の娘かと思った。悪かったな」

 予科生上がりならやはり貴族だ。

 その割に自己紹介も出来ないとは。まあ良い、後でウルヴァに聞けば良いんだから。


「私も急ぎますのでこれで失礼いたします。さあウルヴァ参りましょう」

 そう言って立ち去りかけると男もついてきた。

「それならば俺が送って行こう。同じ子爵家の誼も有るし、婦女子のエスコートは騎士の役目だそうだからな」

 おいおい、子爵家の息子なら最低限の名乗りぐらいしろよ。

「いえ、お気になさらずに。まだ日も高いですし同じ校内ですから、さあウルヴァ行きましょう」


「まあそう言うな。騎士団寮は皆訓練で出払っていて閑でな。お前は子爵家の娘なのになぜ予科に来なかった? 病でもあったのか? そう言えばひ弱そうだしな」

 こいつの目は節穴だな。

 私は生まれてこの方ひ弱そうと言われたことは一度としてない。その逆ならしょっちゅう言われているけれど。

が、護衛は間に合っておりますのでどうかお引き取り下さい」

「俺を知らないのか? 俺はお前を知ってるぞ。お前のメイドも知ってるんだから」


 ああ、やはりこいつはバカだった。

「それはそうでしょう。私は自己紹介いたしましたからね。それに貴方とは初対面ですから」

「ああそれもそうだ。ウルヴァに合ったのは二年前だったからな。そう言えばウルヴァの主人はライトスミス商会の家宰だったんじゃないのか?」

 …グリンダを知っているのかこの男。


「ねえ、ウルヴァ。この挨拶も出来ない子爵令息はどこのどなたなのか知っているかしら?」

「はい、イヴァン・ストロガノフ様です。以前メイド長様とご一緒に近衛騎士団の団長様にご挨拶に伺った時お会いしたです」

 …ああ、攻略対象かこいつ。そうだと思った。

 まあタイミングと言い接触が有ってもおかしくはないけれど少し早いんじゃないか。

「おい挨拶が出来ないとはひどい言い草だな。それくらい出来るぞ。俺は…」

「現近衛騎士団長ストロガノフ子爵家のご子息でイヴァン・ストロガノフと仰るのでしょう」

「なんだ、やはり知っていたではないか」

「今ウルヴァに聞きました」


「口の減らん女だなあ。まあ俺の事を知っていようがいまいがどうでも良いのだけれどな。騎士の務めだ送って行ってやる。これでも俺は近衛騎士だからな」

「近衛の団員だと言う事は見れば分かります。それに物事は正しく話されるべきです。近衛騎士では無く騎士見習いでしょう」

「ほう、近衛だとよく分かったな。やはり動きに騎士のオーラが出るのか?」

「制服を着ているので分かります。それに王立学校の入学前なら皆騎士見習いでしょう。…それともう一つ。私は見習い騎士に後れを取るほど弱くはございません」


「言うではないか、近衛騎士相手に。その自信どれだけのものか見せてくれないか?」

「近衛騎士み・な・ら・い、でしょう」

「セイラお嬢様ご自重下さいです」

 ウルヴァが慌てて止めようと割って入った。


「どいてろ。メイド!」

 イヴァンはウルヴァの肩をついて私に向かい合った。

「ほう、俺が正面に立っても臆する様子が無いな。不敵な面だ」

 強く押されてウルヴァは尻もちをついてしまった。

 私の襟首をつかもうとしているのだろう、イヴァンが薄笑いを浮かべながら右手を伸ばしてきた。


「イヴァン様もお止め下さいです」

 私は左手でイヴァンの右手を払う。

 少し驚いた顔でイヴァンが今度は左手を伸ばす。それも払う。

 今度はスピードを付けて一歩踏み出して右手を繰り出してくる。また払う。

 私は後退しながらイヴァンの繰り出してくる両手を次々に払いのける。


 イヴァンは心底楽しそうに私の襟首を取りに来る。

 私は三度、四度払うとタイミングを計って、イヴァンの右手の袖を両手で掴みそのまま引き倒した。

 イヴァンは勢い余ってそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

 イヴァンは体を起こすと振り返って大笑いしながら私に向かって言った。

「ワハハハ、口だけで無くやるなぁ。気に入った。お前近衛に入らないか?」

 このくそバカ野郎。

 騎士団は女は採らないんだよ!

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