第48話 北海の暗闘(2)

【4】

「おい、海図を出しな。水先人、今いる場所はわかるか」

「おいおい、誰に口きいてんだい。それが分からなきゃ水先人の意味がねえ。…この岩礁のすぐ東あたりだな。ほら、ここの岩場があの座礁してる船の位置だ」


 水先人が海図に示された岩礁の位置を指さす。

「ってことは、あの船はノース連合王国のギリアを発って、この辺りからラスカル王国に向かって航海していたと」

「いや水夫長、このあたりの岩場に停泊して朝を待っていた可能性もある」


「まあ、どちらにしろ私掠船が潜むならこの岩場かこちらの岩礁、可能性は低いがこっちの岩礁もあり得る」

「おいおい、航海士。そいつはどれも俺たちの進行方向じゃねえか。みすみす私掠船にいるところに突っ込んでゆくのかい?」

「それならば、一旦ギリアに引き上げて別航路でシャピを目指すか?」

「そんな事すれば半月は無駄に時間がかかる。それに私掠船だっていつまでもそんな岩場にはいねえ。明日の日の出にはこちらに向かって来るだろうぜ」


「なら答えは一つだな。正面から突っ切ってやる。船長命令だ! 私掠船が何艘いるかわられねエが腹括りやがれ。打って出るぜ」

「野郎ども! 明かりを消しな! 火縄は覆いをかけろ! 灯りを漏らすな! 物見は夜ガラスの坊主に任せたぞ」

「アイアイ、ボースン」

 色黒の鳥獣人の少年がマストの物見に昇ってゆく。


「星読みの航海士さんよ。頼んだぜ」

 水先人が航海士の肩を叩いて操舵手のもとへと赴いた。

「おーい、航海士さんよ。舵はこの方角で間違いねえか」

 操舵手の声に航海士が答える。

「取り舵二度、進行!」

「宜候!」


 船は漆黒の海に月明りを浴びながら静かに進行して行く。

「どうだろう船長。あたい達のこの船の事を勘付いている可能性は?」

「最悪の場合。この船が目的と言う事も考えられるね。難破した船には悪いがトバッチリって事も考えられるね」


「と言う事は?」

「この先で待ち構えていると言う事も想定しているさね。銀シャチのロロネー船長を舐めんじゃないよ。半端な野郎ならキ〇タマぶち抜いてやるさね」

 軽口を飛ばしながらも船長の目は周囲の海の様子に神経を集中している。


 そろそろと一つ目の岩礁の横をすり抜けて行く。

 航海士は四分儀を覗きながら星を読む。

「面舵一度修正!」

「宜候!」

「オーイ小僧。何か見えるか?」

「何も有りやせん! 船影無し!」


「どうにか一つ目の岩礁は抜けたようだな」

「ここは初めから可能性が低かった場所だ。まだまだ気は抜けねえ。ここからが正念場だ。野郎ども周りの監視も気合入れろ!」

 船は静かにゆっくりと次の岩場に進んで行く。


【5】

「おーい、岩場の陰に帆柱みたいなものが見えるぜぇーー」

 物見の少年の声が微かに響く。

 航海士はその声を聞き逃さない。急いでマストの下に駆けて行くと上を見上げて指示を出す。


「船だと思ったら旗を振れ。船が動き出したなら振り回せ。船長、左舷を警戒してくれ」

「できれば、気づかれずにやり過ごしたい。光を漏らすな。カッターで乗り込んでくることも有るから、警戒は怠るんじゃないよ」


 船は岩場から気づかれないように大きく迂回してゆっくりと進んでゆく。

 船員は息を殺して左舷の動きに集中する。近寄るカッターが有れば直ちに迎撃できるように火縄銃は装填され、覆いの下で火縄に火も点されている。

 船は岩場を左舷に見て四分の一海里ほど外海側を静かに進行して行く。


 岩場を大きくやり過ごし、後方に月明かりに微かに二隻の船影らしきものが見えた。あれが私掠船だろう。

 船は静かに私掠船をやり過ごして行く。

 どうにか岩場をやり過ごしたという安心感であちこちでホッと息をつく声が聞こえ始めた時、船尾がいきなり明るくなった。


 船尾でカンテラに火が灯されて振られている。

「誰だ!」

「取り押さえろ!」

 水夫たちが船尾に走る。


「航海士! 私掠船に灯りが点いた! 帆が上がったぞ!」

 物見台から夜ガラスの小僧が声を上げる。

「面舵一杯! 速度を上げろ!」


 ”ガシャーン!!”

 船尾で何か投げられる音が響いて、一気に明るくなった。カンテラが甲板に叩きつけられて油に火が走ったのだ。

「このガキ! 何てことしやがる!」

 消火に走った水夫たちの手で、炎は濡れた革で覆われてすぐに消し止められた。


 ”バシャーン”

「あいつ、飛び込みやがったぞ!」

「もおいい。そっちは放って置いて消し残りが無いか確かめな! それから戦闘準備だ。砲の装填は良いかい! 銃撃手は後甲板で攻撃に備えな。手の空いてるものは帆を全部張りな! 全速前進だよ」

 船長の檄が飛ぶ!


「クソガキが! 恩をあだで返しやがって。航海士、あんたが助けたあのクソガキが襲撃の手引きをしてやがったんだ」

「多分あの難破船にも漂流者か何かを装って乗り込んだんじゃねえか? 襲撃の後逃げ遅れたか、海に落ちて置いて行かれたんだろう。命を助けて貰ってよくもこんな事が出来るもんだ」

 逃げた犯人は航海士が助けた少年だったらしい。

 一緒に助けに出た老齢の水夫と水夫長が激怒している。


「さっきのガキも後がねえんだろうぜ。たった一人の生き残りであの難破船の乗員じゃねえと判れば私掠船の乗組員かと疑われるのは目に見えてる。バレれば帆桁に吊るされる以外に道はねえ」

 水先人がそう言って肩を竦める。

「だからって、同情も酌量もしないね。あいつらのやってる事を考えれば当然の報いだよ。このままじゃあ、あたい達だってあの難破船の二の舞になりかねないんだからね」


 そう言っている間にも私掠船二隻も帆を全開にして追い縋ってくる。あの少年もどうにか右手の私掠船に取り付けたようで、投げられた舫い綱にしがみ付いて船側を上っているのが、夜目の聞く航海士には確認できた。

「気に入らないねえ。舐められっぱなしじゃあないか、あたいら」

 そう言う航海士の頭を拳骨で小突いてロロネー船長が言う。


「戦闘をおっぱじめようなんて馬鹿な考えをおこすんじゃないよ。今は私掠船の足止めと振り払う事に専念しな。あたしゃ、二対一の分の悪い戦闘でてめえらを一人たりとも失うつもりは無いからね。てめえも分かったらしっかりと星を読みな!」


「ちっ! 分かったよ。取り舵二度! 左の岩礁の際を抜けるぞ。これで奴らの船足も少しは鈍るはずだぜ」

 ”ドーン”

 後方で砲声が響いた。かなり後ろで水飛沫が上がる。


「奴ら焦れて撃ってきやがったな。どうする船長」

「どうもしねえ! この間に距離を広げる。当たらなければ意味なんぞねえ。どうせ前にある砲は一門だけだろうしよ」

「なあ、一気に引き離す良い手が有るんだ。乗らねえか船長」

「又無茶な事を考えてるんじゃねえだろうな」

「あたいの星読みと操舵手の腕がありゃあぜってぇ大丈夫だよ。やれるよな操舵手!」

「あたぼうよ。こちとら何年舵を握ってると思ってんだ」


「この先の岩礁は左舷に暗礁が有るんだ。暗礁ギリギリで面舵を取って斜めに南に抜ける。うまく行けば奴らは暗礁に突っ込む。気付いて船を停めても右に逃げても船足は鈍る」

「判ったよやってみな」

「応よ! 船長。右舷側の砲は全門直ぐ撃てるように準備させてくれ、ついでに最後っ屁かましてやりてえ」

「あんた、それがやりたかったんろ。困ったガキだねえ」


「行くぜ操舵手! 取り舵一度修正!」

「宜候!」

「未だだぜ、まだまだ…。今だ! 面舵一杯!」

「宜候!」

「みんな振り落とされんな!」


 船が大きく右に傾いだ。

 ”ガリ”一瞬だけ船底が岩にこすれる音がして船はゆっくりと南に方角を変えて進みだす。

 ”ガリガリガリ”

 追って先行して砲撃してきた私掠船が嫌な音を立てて暗礁に乗り上げる。

 後ろに追随していたもう一隻が慌てて進路を北に取った。

 ”ガリガリ”

 派手に船底を擦る音がして二隻めの私掠船の船首がこちらに近づいてくる。


 ”ドドーン” ”ドドーン” ”ドドーン”

 一斉にこちらの船の右舷の砲が火を噴いた。

 私掠船の周りに水柱が次々に上がる。砲弾が一つ甲板を貫いて左舷に穴をあけたようだ。

 左舷の砲台から火の手が上がる。


 ”ドドーン” ”ドドーン”

 今度はこちらの船の後方に水柱が上がった。座礁した船が撃って来たのだ。

 火が出た船はどうにか消し止めた様で、座礁船に目もくれず北東に向かって全速で逃げ出した。


「どうする船長。座礁船を助けに行くか?」

「放っときな。それこそ自業自得だ。あの様子じゃあ鐘二つ持たねえ。船と一緒に沈もうがカッターを駆って陸地に逃げようが勝手にさせればいいさ。陸に逃げればどうせ私掠船の事が知れて縛り首だろうしな」

「それじゃあ、あたい等は逃げた船を追うか?」

「ああ、どこの港に逃げるか突き止めて吊るしてやる」

 ロロネー船長の船はノース連合王国の南岸から南東のラスカル王国の方面に向けて私掠船の追跡を始めた。

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