第49話 北海の海賊
【1】
夜目の聞く夜ガラス少年と航海士は夜を徹して私掠船を追い続けた。
その間船長と水先人が休息に入る。
そして日の出とともに航海士と夜ガラスの二人が休憩に入り、船長と水先人が操舵席に立った。
「なあ、あんたこの辺りで海賊の根城になっている様な島に心当たりはあるかい?」
「いや、聞かねえ。この海域はノース連合王国の重要な通商路だ。あっちの海軍もそんな奴ら許すわけがねえ。それによう。あの船の逃げている方角が違うだろう」
「ああ、あっちならラスカル王国かハスラー聖公国だ。あの近海にそんな島はねえな。海浜の村にしてもラスカル王国もハスラー聖公国も北にしか海を持たねえから、そんな連中のさばらす訳がねえしな」
「なあそれよりも船長、あの船影に見覚えはねえか? 俺はどこかで見た様な気がするんだ」
「言われてみりゃあ。何か見覚えが有るような…。似た船も有るから一概には言えないけれど知ってる船かも知れないねえ」
「遠目も聞く夜ガラスの小僧に見させるか?」
「寝かせといてやりな。それに経験の浅い小僧じゃあ船の形は見えてもどこの船か判らねえさ」
「そりゃそうだ。ああそれなら水夫長を起こしてくれ。あいつならこの稼業長いから何か思い出すかも知れねえから」
不貞腐れながら起きてきた水夫長は目をこすりながら水平線に浮かぶ船影を目で追う。
「海賊に知り合いはいねえぜ。それに年のせいではっきりとはわからねえが、なんとなく見覚えが有るなあ」
「耄碌ジジイがシャキッとしやがれ」
「てめえ、ケンカ売ってんのか。そこまで言うならもう少し近寄ってみやがれ」
そう言いつつ船は私掠船に近づいて行く。
「そう言われて黙っちゃいられねえ。この船は最新船だ。船足も早けりゃあ安定性も高い。帆布も一枚もの特注品だ! すぐに近づいてみせらあ」
「おい、あの船影は外洋商船組合の船に似てねえか? たしかあそこのユニコーン号があんな船首楼の先がツノみたいに尖った船影をしていなかったか?」
「おいおい、水夫長。あの船は先々週ハスラー聖公国に出港して難破したと聞いてるぞ。乗組員は全員帆船協会の船の助けられたそうだがよ。あの時は商船連合の船も一隻難破したそうだしな」
「なあ水先人、その商船連合の難破船はバンディラス号じゃなかったか」
「ああ、確かそうだったと思うが」
「昨日の夜、航海士が座礁させた船の船首楼の先がのこぎりの刃みたいに成っていなかったか? 商船連合のバンディラス号みたいによう」
「それじゃあ、俺たちが追いかけているのは幽霊船かよ。海の悪魔に祟られるのは嫌だぜ。すぐに引き返そう」
「怖気づくんじゃないよ。腰抜け水先人! 幽霊船が大砲撃ったり船の積み荷を襲ったりする訳ねえだろう。幽霊船が座礁してどうすんだい! シャキッとしやがれ」
「ああ、船長の言うことはもっともだ。どちらも似た船かもしれねえ。でもよう、ここまで近づいてみれば船影が似すぎてるんだ。偶然とも思えねえ」
「それじゃあ、難破船を誰かが引き上げて私掠船に仕立てて使ってたって事か?」
「そいつもなぁ…。船を仕立ててノース連合王国の沖まで出るには二日はかかる。その上で海賊働きだ。十日足らずで難破船を引き上げて修理して運行出来るものかねえ」
「水夫長の言う通りなにか裏がありそうだね。追いついたところで無駄に抵抗されるだけだ。どこの港に入るか確かめて訴え出てやる」
【2】
追跡は昼夜を問わず続き、二日目の昼にかかった。
夜間の追跡は夜目の聞く物見と優秀な航海士のお陰で付かず離れず順調に進めた。しかし追われる方はそういう訳には行かないようだ。
昼を過ぎラスカル王国の沿岸部に近づく頃には船足も落ちて操舵も怪しくなってきている。
「航海士、この方角ならアジアーゴの方角かい」
「ああ、そうだね。このあたりで港といえばあそこしかないだろう」
水平線の向こうにぼんやりとラスカル王国の山並みが見えてくる。
とその時、数隻の船団が西から現れて私掠船とこの船の間に割って入った。
衝突を避けるため一気に船速を落とすが、船団はお構いなくその進路に突っ込んできた。
こちらの目の前で船足を落とした船団に向かって水夫長が怒鳴り上げる。
「てめえら、船の前を横切るなんぞ、どういう了見だ! 喧嘩売るなら腹括りやがれ」
「あんたら、帆船協会の船団だね。どういうつもりか知らないけれど、事と次第じゃあシャピの海事審判に訴えるからね」
航海士の声に艦首楼に立っているあちらの航海士らしき男が眉を顰める。
「北海の海域は諸国の往来も同じだ。貴様のような小娘にとやかく言われる筋合いはないぞ」
「おい、あんた帆船協会の筆頭航海士だな。と言う事はあんたら帆船協会の船団か」
帆船協会の航海士はロロネー船長の指摘に開き直ったように切り返す。
「それがどうした。新参の内陸通商の船がこの帆船商会相手にいつまでも大きな顔はさせぬからな」
「くそう、船長。こんな事してるうちにあの私掠船が逃げるぜ。迂回してでも追いかけよう」
「ああ、こんな奴らに構っている暇は無いよ。取り舵一杯、アジアーゴに向かうよ」
「あっ、こら未だ話は終わってないぞ!」
「お前らの相手をしている暇はねえんだよ」
帆船協会の船団を迂回して船団の南側に出たがもう私掠船は水平線の向こうのようだ。
「クソが、見失っちまったぜ」
「航海士、行き先の見当はつくだろう。全速でアジアーゴに向かいな」
「アイアイ、
アジアーゴに向かって舵を切るロロネー船長の船に、帆船協会の船団も何故か追走し始めた。
「なんで付いてくるんだろう? 胡散臭ぇな」
「いったい何があるんだ? 帆船協会の野郎何か関わってやがるな」
「船長! 前方に船影。マストが見える」
「あの私掠船か?」
「こっちに向かってます。別の船の様ですぜ」
物見からの報告が上がる。
むかって来たのはハスラー聖公国の大型帆船だった。
「おーい、ハスラーのその船! この先で大型帆船とすれ違わなかったか?」
「ああ、すれ違ったぞ! アジアーゴの港に向かっていた」
「どんな船だ? 左舷に穴の開いた帆船じゃなかったか?」
「ああそうだ。甲板と左舷に穴が空いていた。アジアーゴのドックに入るのかと思っていたがな」
「そいつは私掠船だ! ノース連合王国で商船を襲った船だ」
それを聞いてハスラー聖公国の帆船の船長が眉を顰めた。
「そう言う事なら俺たちも引替えして、お前らの話の証言をしてやる。私掠船の話が事実ならそいつらを吊るす手伝いをしてやるぞ」
ハスラー聖公国の船長はそう言うと会場を大きくユーターンし始めた。
結局ロロネー船長の船はアジアーゴの港の入り口まで連なって向かう事になった。
アジアーゴの港にかかると港の入り口に小型船の列が出来ていた。
「我々はペスカトーレ侯爵家の海上警備団である。其の方らの船籍と目的を述べよ!」
通常港の入港確認は港内に入って接岸前に行われるのが常である。
この様な外洋で行われる事など聞いたことが無い。
「どう言うこった? こんな外洋で入港確認か?」
「逆らうな、航海士。相手はペスカトーレ侯爵家だよ。なんでもゴリ押しを通す一族じゃないか。今は従っておきな」
航海士は仕方なく船首楼から舳先に移動して船名船籍と入港の意志は無く、私掠船の調査に来た事を告げた。
「貴様ら! このアジアーゴが海賊の根城だと愚弄するつもりか!」
「別に事実確認をして貰えれば異論はねえ。事と次第によっちゃあ、ノース連合王国も絡む事件になるぜ。白黒だけははっきりつけて貰いたいだけだ」
「貴様らが私掠船で無いという保証はどこにある」
「船長、もしペスカトーレ侯爵家がグルなら罪を俺たちに押し付ける可能性も…」
「ああ、場合に寄っちゃあ
「官吏の方々、我々もこの船の言う砲弾跡の有る大型船がこちらに逃げて行くのを見た。どちらが私掠船かとは言わぬが、少なくともこちらの船の船長の話は筋が通っている。先行する船が私掠船でなければ我らに救助を乞わなかった事も不審であるしな」
以外にもハスラー聖公国の貿易船が援護に回ってくれた。
「しかし、その船がアジアーゴの港に逃げ込んだ証拠もあるまい」
「我らが就航したのは昼前、規定によれば一両日中の帰還なら再入港を認められているはず。我らが再入港して確認すればよい事。それで如何か?」
「宜しいのか? 船長殿。我らの為にそんな骨折りまで」
「私掠船はお互いの迷惑。それに我らはこれからシャピに向かう予定。この見返りはキッチリとお願する。ポワトー
官吏を乗せた海上警備の船は侯爵家にお伺いを立てる為に一旦引き上げて、鐘二つほどの後、銀シャチ号らの船に入港許可が出た。
港には例の甲板と左舷に穴の開いた私掠船が係留されており、月に照らされたマストにはズラリと乗組員らしき人影がロープに吊るされて海に影を落としていた。
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