閑話11 アジアーゴ(1)
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アジアーゴからハッスル神聖国へ向かう三隻の船団は、南部から入手したハウザー王国さんの酒類や北部の毛織物や乳製品、そして西部産のリネン布や麻糸に北西部の綿布と次々に積み込まれて出港して行く。
その中で一番重要な物が昨年モン・ドール侯爵家がシャピで競り落とした鹿革だ。
そして今回の目玉は新たに入手した北海貿易での入手品だ。大型帆船二隻分の貨物が分散して積み込まれて行く。
少々危ない橋は渡ったがそれなりの実入りは合ったが、まだまだ足りない。
これからもあいつらにしっかり働いてもらわねばならない。
帆船協会の協会長がそんな事を考えながら事務所に戻りかけた矢先に、出向した船団とほぼ入れ違いにあの船が入港してきた。
それも左舷と甲板にデカい穴を開けて。
目立つ船の入港に港は騒然としている。
これは拙い。なにより乗組員の顔や積み荷がバレるのは非常に拙い。
「怪しい船だ! 領主様に報告するから関係ない者は失せろ! ここは帆船協会が管理している埠頭だ。分かったら帰れ。船からは誰も降ろすな」
うちの船団員や商会員を連れていて良かった。
事が大きくならないうちに野次馬を追い払う事が出来たのは幸いだった。手空きの部下を招集して埠頭に人を寄せ付けない様に差配しているとユニコーン号の船長が甲板から声を掛けてくる。
…まぬけめが!
「オーイ、協会長さんよー! 話してえことがあるんだ!」
「黙りやがれ! 間抜けが、領主家から衛士か騎士が来るまですっこんでいろ! 誰も顔を出させるな」
「…ああ、分かった」
あの間抜け野郎はどこまで分かっているのか。
ユニコーン号だけ帰って来たと言う事はバンディラス号はどうなったのか? ユニコーン号があの破損状態ならバンディラス号は沈んでいる可能性が高い。ユニコーン号だってこの先修理して使えるかどうかすら危うい。
バカ野郎が、今までの投資がパーじゃねえか。
「おい、一体どういう事になっている!」
領主城から騎士団がやって来た。
「見ての通りでさ。迂闊に関われ無いんで奴らは船に閉じ込めて待機させてる」
「何が有ったと思う?」
「多分、船を襲って返り討ちに合ったんだろうさ。正体が割れてなけらやあ良いんだが…」
「拙いなあ。最悪積み荷だけでも確保できれば良いのだが…」
そう言っている内に向こうの桟橋に海上警備団の小型艇が入って来た。
「おお丁度良かった、帆船協会の船主殿。拙い事になっておる」
船を降りてきた警備団の隊長が騎士団長と船主の元にやってきて言った。
「シャピの商船があの船を追いかけて沖合に来ている。通りかかった帆船協会の船団が進路を妨害して時間稼ぎをしてくれたが、さっき出港したハスラー聖公国の貨物船がシャピの奴らに賛同してユニコーン号を糾弾しておる」
「どうにかその者たちを黙らせることができんのか」
「海上警備団としては侯爵家に商船保護を発動して貰ってあの二隻を追い払うように手配をして欲しいのだがな」
騎士団長と海上警備団のやり取りに帆船協会の船主が割って入った。
「今は強権を発動して黙らせても、ハスラー聖公国の商船の心証を悪くするとこの後の交渉や審問が厄介だ」
思いがけない発言に騎士団長と警備隊長が船主の顔を見る。
「仕方がないじゃないですか。多分襲撃して返り討ちにあったんでしょう。現場と積み荷を抑えられたなら言いわけが出来ねえ。ここは積み荷だけもらって奴らに罪を償って貰いやしょう」
「一体どういうことだ」
「どうもこうもねえ。海賊は縛り首って大昔からの掟だぜ」
「…良いのか? それで。モン・ドール教導騎士団長からもペスカトーレ枢機卿様からも、シャピからの干渉は排除せよと申しつけられておるのだが」
「そいつは、真っ当な商売をしている帆船協会の船団の事で、海賊船の事を言ている訳じゃあ有りませんぜ。枢機卿様に犯罪者を匿え等とおこがましい事を言える訳がねえ」
海上警備隊長は協会主の言葉に眉を顰めた。
「貴様らが雇った船員じゃあないのか? よくそんな事を平然と言えたものだな」
「そもそも、乗っているのは端から不逞の輩ばかりだ。うちの協会員や船団員に凶状持ち紛いの船員はいねえ。元から追放刑か死刑になるような前科持ちが殆んどですからな」
「貴様、初めからその心算であいつらを使っていたのか…」
「さあ? ワシはあいつらの顔も知らねえ。海賊に知り合いはいないんでね」
騎士団長はそう言う協会主の顔を睨むと、唾を吐いて捕縛の準備にかかる様に部下に告げた。
★★
凶状持ちのもと水夫長だったユニコーン号の船長は、船長室で酒を煽っていた。
もともと酒乱でその酒解せの悪さでおこした諍いから、人を殺して追われる身となっていた。
衛士に捕まれば死刑を免れないこの身で、自暴自棄で飛び付いたのがこの仕事だった。
給料も良く、この仕事を続ける限りアジアーゴの港で匿って貰える。この仕事を逃す手は無かった。
仕事の内容を聞いた時も驚きはしなかった。犯罪者をこんな破格の条件で雇うなど当然真っ当な仕事で無い事は分かっていたからだ。
他の乗組員も似たり寄ったりの連中ばかりだった。
一度目も、二度目も仕事は上手くいった。
一隻の船を二隻の私掠船で待ち伏せして襲う。ましてやガレからの航海でかなり疲弊しているノース連合王国の商船である。赤子の手をひねるより容易かった。
ところが三度目に下手を打った。
ギリアの港を出港する内陸通商の銀シャチ号を次のターゲットに選んだことが発端だ。
この船はノース連合王国の商船とは価値が違う。ノース連合王国を一回りして大量の鹿革を抱えてギリアに入っていたのだ。
その上操船によほど自信が有るのだろう、日暮れに出向するという。
好都合で夜襲を掛けるべく岩礁で待ち伏せをしていると、先にノース連合王国の商船が一隻網にかかった。
欲を出して強行したが一隻目の襲撃が殊の外うまく行った。座礁した船の乗組員を皆殺しにして、積み荷を奪って火をかけた。
その時見習いのガキが火に煽られて海に転落するのと物見が水平線にマストの先を発見するのと同じタイミングだった。
どうせこの極寒の海に落ちれば助からない、ガキは切り捨てて銀シャチ号襲撃の為急いで持ち場の岩場に船を戻した。
まさか海に落ちたガキが銀シャチ号に保護されていたとは、その上カンテラで合図迄くれるとは幸運だと思った。
後は銀シャチ号に出し抜かれバンディラス号は難破、このユニコーン号は砲撃を受けて中破である。
ユニコーン号は修理できるが、バンディラス号が無ければ今までの様に商船の襲撃は難しい。
当分は海にも出られず、有り金で暫く食い繋いで行くしかない。
まあ身柄は保証されているのだから、その内又ユニコーン号に戻れるだろうが、金もあまり残っていない。
これが吞まずにいられるか!
そんなこんなで酔いつぶれているとペスカトーレ侯爵家の騎士団長が事情聴取に来た。
一人づつ順番に事情を聴くと言われ甲板に上げり、市民に気付かれぬ様に下船する様にと言われついて行った。
騎士団員たちに囲まれて事情を聴かれ、最後に誓約書に血判を押せと言われた。
字も読めねえから何が書いてあるかもわからない。渋々親指をダガーで切って書類に押し付ける。
するといきなり何かが首に巻き付けられて一気に引っ張り上げられた。
「畜生め、話が違うぞ! 初めからこうするつもりだったのか!」
背の高い騎士二人にそのまま吊るされて目の前が暗くなる。
…汚ねえ、呪ってやる。
最期の言葉を口から吐き出す事は出来なかった。
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