第50話 海事審問(1)

【1】

 シャピの領主城に着いてホッと一息ついている暇も無く港から重大事件の連絡が入った。

「一体どういう事なのでしょう? 我が領で海賊船が出たとは? どうすれば良いのでしょう、セイラ様」

 いきなりどうしましょうと言われても私は神様じゃないよ。


「落ち着いて、カロリーヌ様。まず何が起こったのか話して頂かないと、何が何やらわからないのですけれど」

 カロリーヌは一旦腹を括ってしまえば、少々の事で動じない女性だ。

 それがこうも狼狽していると言う事は、カロリーヌ自体が事実を把握し切れていないのだろう。


「多分情報が不足しているのでしょうけれど、分っている事だけでもまとめて推測は出来るでしょう。そうすればこれからどうすれば良いか検討できまから」

「ああ、ごめんなさい。醜態を曝してしまいました。お恥ずかしい。先程早馬でアジアーゴよりこの手紙が参りまして、少々狼狽してしまいまして」

 そう言ってカロリーヌは手紙を差し出してきた。


 その手紙は走り書きの様な字で、北海のノース連合王国の海域で海賊船が出た事、その海賊船がラスカル王国の船籍の船で、アジアーゴの港で捕縛され全員が縛り首にされた事が書かれていた。

「アジアーゴの港の商船団はハッスル神聖国に行く商会が二つだけです。北海で活動するのはシャピの船でしょう」

 カロリーヌがオロオロと私に告げる。


「アジアーゴで捕縛されたのならシャピ船籍では無いかかもしれません。或いは他国の船との間違えかもしれません。何よりノース連合王国の周辺で活動するシャピ船籍の船がアジアーゴに入港する事は無いですから」

「そっそうですよね。もう少し詳しい情報が入るまで短慮は禁物ですね」

「ええ、すぐに関係者を集めて状況を把握しなければ。領城でグズグズしていても情報は集まらないわ」

「…あの、詳しい情報が入るまで短慮は」


「こういう事は情報収集が全て。少しでも早く動いて正確な情報を集めなければ後手に回ります。ルイーズ、ミシェル先行して港湾事務所に行って情報収集を」

「セイラお嬢様、私はミシェルと一緒にアジアーゴに向かいます」

「ありがとうアドルフィーネ。それじゃあミシェルはアドルフィーネとアジアーゴに。ルイーズはオーブラック商会に向かってパウロと手分けして商船団から情報収集にかかって」

「あの…一応ルイーズとミシェルは私のメイドなのですが…」


【2】

 さすがに女伯爵カウンテスとアジアーゴで港湾作業員の噂集めをする訳にも行かない。

 大急ぎでオーブラック商会に馬を仕立てて貰ってアドルフィーネたちに旅立って貰った。夕刻には出発する事が出来たので明日の午後にはアジアーゴにつくだろう。

「まず最悪の事態を想定しましょう。私たちの投資先の帆船が海賊船の濡れ衣を着せられてアジアーゴで拘束されて殺された場合」


「そっそんな、そんな事。…そうですね、シャピの港湾事務所に登録されているどの船団も利益を上げているのですから、自らそんな危ない橋を渡る船長はおりませんが…。濡れ衣ならば或いは…死人に口なしとばかりに。絶対に許せません! ペスカトーレ侯爵家!」


 カロリーヌの想定通り、最悪な場合は裏で糸を引くのはペスカトーレ教皇一派だろう。

 実行犯が誰なのかは兎も角、アジアーゴの港で全員絞首刑にされているのだから係わりが無いとは言わせない。

「カロリーヌ様、ただこれは最悪に事態です。その場合はシャピの港の出入りを規制して、事が明確になるまでは所属する商船の保護を優先させねば」


「ええ、出来れば所属船の船長たちに協力を依頼して海戦の準備も。事と次第によってはアジアーゴを攻める算段も考慮に入れておきましょう」

 カロリーヌ…、腹を括ればかなり過激なタイプだとあらためて気付いた。


 領主がそこまで腹を括っているのなら、かなり強気に出られるだろう。

 情報が明確になり次第、法的措置に打って出る準備をしよう。

 西部航路の開拓が進み始めて、王妃殿下や東部商人たちが利権に食いついて来ている。

 そう簡単に通商路を破壊されてなるものか。


 私掠船の海賊行為がノース連合王国の海域となると外交問題にもなる。情報が入って来るのも交渉が始まるのもしばらく時間がかるから、事前に手を打っておかなければならないだろう。


「外交官や司法官等の官僚に伝手は御座いませんか? カロリーヌ様の御祖父様のサン・ピエール侯爵様の伝手でご存じの方を紹介願いたいのですが」

 あとはフラミンゴ伯爵様やシュトレーゼ伯爵様か。でも教導派のあの方達にあまり借りは作りたくは無い。


「私もアヴァロン商事の伝手で外務関係ならエダム男爵様はあちらに顔が利くと思いますので当たって見ましょう。それにお孫様のシーラ・エダム男爵家令嬢様は今年、国務省に登用されておりますからその伝手も頼ってみましょう」


「わかりましたセイラ様。場合によってはシャピにノース連合王国の使者を迎え入れて私が交渉に当たるつもりで対処いたしましょう」


「カロリーヌ様がそこまで腹を括られているならば、強気の交渉で行きましょう。相手が誰になるか判りませんが、教皇一派は必ず出てくることは間違いないのですから」


【3】

 私たちがシャピの海事事務所に使いを出したのとほぼ同じタイミングで、ロロネー船長の船が入港していた。

 おかげで、直ぐに事情を聴く事が出来たのだが、最悪の事態ではないが状況が悪いと言う事は変わりなかった。


 私たちの投資先である海自事務所登録の船は、現在のところ被害者であり、海賊を撃退し追跡した協力者として認識されている。

 ただ、捕縛され絞首刑に処せられた私掠船が元々シャピ船籍の商工会に所属していた船の様なのだ。


 北海の岩礁で難破したと言う私掠船と併せて二隻の船の持ち主だった外洋商船組合と商船連合の船主を呼び出して、早々の状況確認をする事にした。

 事の大きさも有って、二人の船主は顔色を変えて海自事務所にやってきた。真っ青な顔で。


「一体何のことだか私たちにもわからないのです」

「今私どもが運航している船はハスラー聖公国とモース公国への航路の沿岸貿易船だけですし、アジアーゴへの入港予定も有りません」

 外洋商船組合も商船連合も寝耳に水の話しだったようだ。


 ロロネー船長の話しでも二隻の私掠船は難破したと聞かされていた船の船影とそっくりだったと言っている。

 ノース連合王国沖で難破したバンディラス号とアジアーゴで捕縛されたユニコーン号は昨年秋に売却されて直ぐに難破したと言われた帆船だそうだ。


 外洋商船組合も商船連合も一昨年辺りから、ハスラー聖公国との貿易は大幅に儲けが減っていた。

 そして昨年春からハスラー聖公国へは輸出過剰で空荷で帰る事も有った為、船便を減らし帆船を売却したのだと言う。


 船を購入した帆船協会はその船で無理をしてノース連合王国への新航路を拓こうとして二隻とも難破させてしまったと聞いている。

 要は私掠船となった二隻とも船籍の無い幽霊船という事だ。


「ですから、我々もあずかり知らぬことなのです。アジアーゴで縛り首になった船員が誰かは知りませんが、ワシらの船団に所属している船員名簿を持ってきております。誓って海賊に名を連ねる様なものは居ないと申し上げます」

「どうか、どうか信じて下さい。必要な物が有れば何でもお申し付け下さい、直ぐにお持ち致します」

 海賊行為にかかわっているとなると船主もただでは済まない。二人とも必死である。


「あなた方が誠実に対応して頂けるのでしたら、私は領主として名誉をかけてお守りいたしますから安心してください」

 カロリーヌも不安は隠せないようだが、領主としての矜持を示している。

 私もこの二人が私掠船行為にかかわっているとも思えない。儲けを減らしていると言う物の、彼らもモース公国への西部沿岸への貿易航路のシフトで利益は上がっているのだ。

 それを投げ捨てるほど愚か者でも無いだろう。


 いったい裏で何が動いているのか、事は大きくなりそうな予感がする。

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