第51話 海事審問(2)

【4】

 何処で誰がどうつながっているか分からない現状では打ち合わせようにもどう対処すれば良いのか判らない。

 まずは最低限の関係者だけに絞っての事情聴取と状況確認…ぶっちゃけ口裏合わせだ。


「帆船協会と北部商船、それと沿岸商船の代表は来ないのかい」

 ロロネー船長が聞いてきた。

 ここに居るのはロロネー船長とその航海士、そして内陸商船の船主。

 そして先ほどから居る外洋商船組合と商船連合の船主、そしてオーブラック商会からパウロが来ていた。

 もちろんカロリーヌの後ろにはミシェルが付き従っている。


「今回は直接の当事者であるお三方からまず事情をお伺いしたいと考えております」

「皆様、それでは状況を確認してまいりましょう」

 カロリーヌと私の言葉に商船主たちはしばらく何も言わず私の顔を見た。


「…カンボゾーラ子爵令嬢様は何故ここに?」

「まあ、お貴族様だし要らぬ口出しは…」

「お二方、ジャンヌ様やカロリーヌ様の裏で糸を引いているのがセイラ様だ。ここの商工会がどうなったか知っているだろう。ああなりたく無ければ口を噤め」

 外洋商船組合と商船連合の代表に内陸商船の船主の叱責が飛ぶ。


 こいつ、人を悪の親玉みたいに言いやがって。

「セイラ様…穏便に…」

 カロリーヌもそんな縋るような目で見るのは止めてくれるかしら。

 今の発言に信憑性を与えるだけだから。私そんな酷い事しないから。商工会は自業自得じゃないのさ。


「ウォホン、それでロロネー船長。起こった事の詳細を話して下さらない。つまらない事でも構わないから、なんでも全部」

「分かったよ、セイラ様。そもそもは…」

 そう言ってロロネー船長は話し始めた。


 パウロがすぐにテーブルに海図を広げる。

 ロロネー船長の説明に合わせて航海士が海図の上にポケットから出したダイスを、各船の代わりに転がして行く。

「この白いダイスがあたい達の銀シャチ号だ。そしてこの岩礁に乗り上げてたこのダイスが被害に遭った難破船だよ」


「銀シャチ号はギリアの港を出港して北北東に向かったんだよね。襲われた難破船もギリアから出航したのかな」

「いや、港から半日も離れていない場所だよ。あの船がギリアから出たならあたい達も見たはずだ。そもそも岩礁に乗り上げていた方向があたい達の進路とは逆だ」

「という事は、どういう事?」

「多分首都のガレあたりからギリアを目指してきたんじゃねえかな。最近はあたい達との取引の為にやってくる船も増えてるんだ。その一隻かもしれないね」

 そう言って航海士は説明を続ける。船の動きや潮の流れまで事細かく説明してくれる。

 さすがはカンボゾーラ子爵領の高等学問所出身者だ。


 おかげで何となく私掠船の目論みは見えてきた。

 ギリアの港からラスカル王国に帰る船は南南東に、ノース連合王国の首都ガレからギリアの来る船は南南西に、この岩礁地帯で交差して抜けて行く。

 その交点になるこの岩礁の北側で獲物がかかるのを待ち構えていた。


「なぜ二隻とも同じ岩場に潜んでいたんだろう? こう言っちゃあ何だが、北と南から挟み撃ちにする方が効率が良いはずなんだがねえ」

 ロロネー船長の疑問はもっともだ。偶々か、それとも目的が有ったのか?


「南に回る商船だけが狙いだったんじゃねえのか。シャピからギリアに向かう船も、ギリアからガレに向かう船ももっとこの岩礁の南側を通る。ギリアからシャピ向かう船かガレからギリアに向かう船が北側を抜けるから」

「ああ、多分そうだろう。でも何故その船なんだい」

「さあ、そいつは解んねえ」

 そう言ってロロネー船長と航海士が私の顔を見た。


 そう直ぐに答えを求めるような顔で見られても私だって解んないよ。

「そんな顔で見られても…積み荷? っかなあ?」

 ああ、そうだ! 積み荷が違うんだ!


「そういう事か! 積み荷だよ積み荷。ラスカル王国からの輸入品はいらないんだよ。奴らが欲しいのはノース連合王国の産物なんだ」

 私の言葉にみんなが顔を上げた。

「ええ、それならば合点がゆきますわ。略取品を選んでいたと言う事ですわね」

「そうか、奪った積み荷をどこで捌くか。それでこの位置で待ち伏せか。となると積み荷を捌けるのは大陸側、それもハスラー聖公国やハッスル神聖国の港では無くラスカル王国内って事だ」


 当然そうなるだろう。ハスラー聖公国の港ならノース連合王国産の物もラスカル王国産の物も捌く事が出来るが一つ問題が有るのだ。

 この両国からノース連合王国のギリアへの直送ルートはハスラー聖公国の商船が押さえている。

 それ以外の国の船はラスカル王国を経由しなければ入港できない。

 そしてラスカル王国は北方三国間での通商協定維持の為、それ以外の国に経由地としての就航許可は出さない。


「拙いわね。あの私掠船が何処の物かは兎も角、ラスカル王国の船籍を名乗っている事はほぼ間違いないわ」

「私どもの商船団ではありませんよ! あの船の鑑札は引き揚げております」

「そうですとも、売却した時に船籍も除却致しております。手続きも済んでいますから」

 私の言葉に狼狽した外洋商船組合と商船連合の代表の二人が必死に弁明する。


「それは疑っておりません。ただ初めから私掠船行為を企んでいた者達なら鑑札の偽造も含めて準備している可能性も考えられます。お手数ですが売却時の書類や売却先の証明書、それに除却手続き書や沈没したとされる時の資料も有れば準備しておいてください」

 二人の代表は青い顔でオロオロするばかりだ。かつて敵対していたとはいえ、今はシャピの海自事務所に所属する船団である。

 見殺しにも出来ないし、ポワトー伯爵領もトバッチリを喰らう訳には行かない。


「パウロ、海事手続きに関する書類や法対応の準備にすぐにかかって頂戴、海事審問には絶対呼び出しがかかるから外洋商船組合と商船連合にそう言う事に詳しい事務官を派遣して処置して貰ってちょうだい」


「ああ、ありがとうございます。セイラ様」

「カンボゾーラ子爵令嬢様、この御恩は忘れません」

 二人が涙を流さんばかりに頭を下げて手を合わして来る。これで恩に感じてくれれば、少しばかりは無理を通しても黙って従ってくれるだろう。


「さて、後は裏で糸を引いている奴らね」

「そいつぁあ多分帆船協会が噛んでると思うぜ」

「その通りです。私どもの船の売却を持ち掛けてきたのも帆船協会の代表でした」

「沈没したと連絡を貰ったのも帆船協会を通してでございます」


「そうですか。ならば帆船協会の代表を呼んで査問いたしましょう」

 カロリーヌが眉尻を上げてそう言う。

「それが、女伯爵カウンテス様。帆船協会はシャピに居ないのです。事務所を引き払い、船団ごとアジアーゴに移籍しております。移籍の手続きも済んで来月の半ばには所属はアジアーゴになるのです」

 ルイーズが調べてきた海自事務所の書類をカロリーヌに示した。


「あの野郎! アジアーゴであたい等の進路妨害をした時もタイミングが良すぎたんだよ。あいつらアジアーゴに根城を変えてやがったんだな」

 こうまで状況がハッキリすれば証拠は無くても、帆船協会はほぼ真っ黒としか思えない。


「どう考えても首謀者は帆船協会で裏に居るのがモン・ドール侯爵家とペスカトーレ侯爵家以外考えられないわね。でも困ったわね。まだ帆船協会の籍はシャピに残っといるのよ。それに私掠船もシャピ船籍を偽装している可能性が高いわ」

「「そっそれでは私どもは…」」


「安心なさい。シャピの船主はこのポワトー伯爵家が守ります。薄汚い教皇派の貴族になどこの州に指一本触れさせません」

 カロリーヌのその言葉に二人の船主もロロネー船長と航海士も尊崇の目を向けている。


 世論は味方に付けられる上、領内はおろか州内の結束も固められるだろう。

 私も教導派聖教会や傘下の商会を使ってポワチエ州や清貧派の諸領でこの一件を利用した教導派と教皇一派のネガティブキャンペーンを展開しよう。


 ただし、世論がどう動こうと海事審問の裁定は影響される事は無い。権力者の意向が最優先されるだろうから、その結果は安穏では無いのだ。

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