第105話 サンペドロ辺境伯の怒り
【1】
書簡は二日でメリージャのサンペドロ辺境伯家にもたらされた。
ラスカルポ国の留学生の書簡は全て福音派聖教会によって検閲されている。それを掻い潜ってセイラカフェの為替便に乗せてメリージャ迄送られてきたのだ。
サンペドロ辺境伯は一読するなり激怒し書簡を引き裂いてしまった。
「薄汚いプラットヴァレーの雑魚どもが! 総主教を味方につけてコソコソと暗躍しおって。ただで置かぬからな!」
「義兄上、少し落ち着きなされよ。こんな事をなさると後の者が読めぬではないですか」
娘婿のコンラッド・ダルモンメリージャ市長が破れた書簡を拾い上げて読み始めた。
「おい祐筆、この文を清書し直して破れた書簡はそのままロックフォール家に送れ。事実調査とあちらの王室の状況確認を合わせて依頼しろ。いや、書簡はセイラカフェを通して送れ。その方が悟られ難いからな」
ダルモン市長は冷静に指示を出す。
「どう思う、コンラッド?」
「五分五分…ラスカル王国の政情によっては六分四分と言う所ですかな。ラスカル国王が了承しているならばエレノア王女の輿入れは、我が国王陛下のご意思に関係無くジョージ王子殿下が強行なさるでしょうな。エレノア王女殿下は父王に捨てられたという事でしょう」
「哀れな。あの暗愚で粗暴なジョージ王子ではエレノア王女も浮かばれまい。素直な良い娘であったから尚更可哀そうだな」
「なら婚約の約定が交わされる前に王都を脱出させるという事も視野に入れて置くべきでしょうな。ただ我らの勢力圏は王都に接していない。留学生の監視も厳しい中どうやって州境を抜けさせるかですな」
「それでエヴェレットの件はどうなのだ? あの二人が懇意なのは第二王子のジョン殿下で、兄のリチャード殿下はゴリゴリの教導派と聞くが」
「継承権の事で言えば第一王子のリチャード殿下は庶子なので順位は二番。そして名実ともに備わっているのは第二王子のジョン殿下。なにより清貧派よりで婚約者のヨアンナ様はゴルゴンゾーラ家の姫ですからな。ただ王妃殿下はハスラー聖大公の御息女で夫婦仲は冷え切っている。ラスカル王家としては寵妃の子に後を継がせたい」
「それでラスカル国王はエヴェレットを正妃にいただいて寵妃の息子の第一王子に箔を付けたいという事か? しかし優柔不断な我が国王陛下ならば宮廷貴族共に押し切られかねんぞ」
「ただエヴェレット王女殿下を正妃にという事になれば教皇庁が黙っておらんでしょう。正妃はもとより寵妃であっても入内する事すら許さぬのではないかと思われますが、国情次第で背に腹は代えられぬ状況になれば強行するかもしれませんな」
「それで六分四分と申したのか。この事絶対に阻止してやる。エヴェレットが望むならともかくそうで無ければ実力行使でも連れ帰るぞ」
「しかし両王家が合意すれば我らが反対は出来ませんぞ。何より国境沿いの安寧が失われかねない。義父上も婚約の話が表面化する前に水面下で潰す計画をお考え下さい。先ずはエレノア王女一行を我々で確保できるように動いて見ましょう。第一王子派閥だけでなくルクレッア嬢の件では第三王子派閥も動いている。こいつ等の目を掻い潜って確保する方法をね」
「うむ、ならばわしはロックフォール侯爵家と図ってラスカル王国との交渉を進めて行く。国内はお前に任せるからな」
【2】
セイラカフェを通して私の所にロックフォール侯爵家からの連絡が来た。
当然ファナの所にも同じ書簡が届いている。
「これは…、何てことなの」
「バカバカしい事なのだわ。よくもまあ恥知らずにこんな事を要求できたものだわ」
「エヴェレット王女には話は入っているのでしょうかね」
「私は国王が勝手に暴走していると思うのだわ。そこはヨアンナと何より当の本人を交えて話す必要はあると思うのだわ」
書簡の文面を読む限りではハウザーの第一王子勢力とラスカル国王との間だけで勝手に話を進めている印象が強い。
内容が内容だけにあまり外に洩らしたくない。
ヨアンナの部屋でエヴェレット王女殿下を交えてファナと私の四人で状況確認を行った。
「少なくとも僕は何も聞いていないし、兄上の耳にもそのような情報は入っていないね」
「私もそんな話が出ているなら王妃殿下かジョン王子から何か話が入ってくるはずなのかしら」
「ハウザー王国では本人の頭越しにこの様な話が進められる事ってあり得るのでしょうか?」
「こう言っては何だが、僕の父上は我が母上にぞっこんだ。僕も父上に愛されている自覚は有る。結果的にどうなろうと父上が僕に連絡も無く話を進める事は有り得ない。それよりもジョン王子の義妹君の方こそどうなのだ? 本人の承諾なしに話は通るのか」
「少なくとも国王陛下と実母の寵妃殿下が了承しているなら無理強いは十分に可能なのだわ。今回の留学に関しても本人の承諾も無く勝手に王家が人選して決めたのだわ。可哀そうだけれど国王陛下にも寵妃殿下にもエレノア王女は要らない子なのだわ」
「ファナ様! 何もそこまで」
事実かも知れないがあまりにも突き放した言い方じゃあないか。
「事実は事実なのだわ。国王陛下が要らないと言うならば代わりに私達が掬い上げて握ってしまえば良いのだわ」
「具体的に何か手は有るのかな? 少なくともエレノア王女が帰国されればこの話は立ち消えて僕も婚約など言われなくて済むのだけれど」
「私たちにとってもその方が都合が良いのだわ。あの子たちは両親や肉親よりヨアンナやあなたやジョン王子を慕っているのだわ。国王陛下やペスカトーレ侯爵家がどれだけ理解しているか知らないけれど帰国が叶うなら教皇派の喉元にナイフを突きつけられるのだわ。ロックフォール侯爵家は全力をあげて帰国の支援をするのだわ」
「サンペドロ辺境伯もライトスミス商会も全力で動いてくれると信じているかしら。ねえセイラ・カンボゾーラ、ライトスミス商会の名に賭けてやってくれるかしら」
ここまで言われて私が退く筈がない。
ハウザー王国のネットワークを総動員してでも留学生たちを連れ帰るつもりだが、問題は王都を脱出させる方法だ。
「そうだね。王都は第三王子派も第一王子派も監視の目を光らせているからね。何より僕たち北部派閥の領地に逃げ込めば農奴は自由になれる。それを防ぐ為に奴らの監視の目は尋常で無く厳しい。特に第三王子派閥はたちが悪いので王宮内であっても暗殺を謀るような奴らだから」
「それは止める者が居なのですか?」
「派閥としてまとまりが有る訳でもないんだよ。高位下位関係無く利権を求めた貴族が集まっている烏合の衆で潰してもトカゲのシッポ切りなんだ」
「それでエヴェレット王女殿下は婚約の話を持ち掛けられたらどうするつもりかしら?」
「僕かい? 決定事項なら受けざるを終えないだろうね。これでも王族の一人だ。その責務は弁えているよ」
私にとっては意外な回答だった。
教導派の王族に嫁ぐなど拒否感が先に立つだろうし、何より相手もあのリチャード殿下だ。
「以外かい? 僕を正妃に向かえるという事自体が教導派ラスカル王家が清貧派に膝を屈した事になるのではないかい? もちろん命の危険すらあることは承知しているがこれでも騎士だよ。わが身を守る手段は持っているし、何より心強い仲間の公爵令嬢や侯爵令嬢そして子爵令嬢もついている事だしね」
「アハハハ、そうね。婚姻が叶うならあのバカ王子に王位を譲って貴女と私とジョンで王族を固めれるのも良いかしら。王妃殿下のお耳に入れてあなたの考えも伝えておくかしら」
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