第89話 通商破壊

【1】

 あれからも二度海賊船が出た。

 やはりギリア沖でターゲットはガレ王国の商船だった。

 春に入ってから三回である。

 幸いな事に今のところ一度も成功していない。


 二回目はガレからシャピの商船と船団を組んで出港し、ギリア沖で別れてギリア港に入港しようとしていた商船だった。

 砲声を聞いて別れてシャピに帰ろうとしていた商船が駆けつけ、海賊船はすぐに逃走してしまった。


 三回目は襲撃を受けていた商船にたまたまハスラー聖公国の船団から依頼を受けて随伴したシャピの護衛商船とが遭遇し追い払った。

 ガレの商船はかなり破損しており、ハスラー聖公国の商船が曳航してギリアの港に連れて帰った。


 しかしそのお陰でシャピの護衛商船団の実力はかなり浸透し、ガレ王国やハスラー聖公国からの要請が増えている。

 特にガレ王国との通商はほぼ全てシャピの商船が護衛に付くようになった。


 昨年の帆船協会の襲撃事件も今年に入ってからの三件の海賊未遂事件も、すべてガレ船籍の船がターゲットになっている。

 さらには、それらの船がシャピ航路に就航していた船でもある。

 海賊船の目的がシャピとノース連合王国との通商破壊に有るのではないかと思われる。


 端的に言えばガレ王国とシャピの通商航路に打撃を与えるのが目的なのだろう。

 昨年の海賊船はギリアに入港するガレの商船がターゲットだったが、積み荷はシャピに送るガレやさらに北部のアヌラやダプラの特産品を積んだ船であった。


 そして今年に入っての三件は初めの二件はガレで積んだ積み荷に加えて、ギリアでも海産物を積んで出港した船。

 そして三件目は以前シャピ航路に就航していたが、今回からアヌラ、ダプラと北部の港を東回りで回ってギリアからガレに向かう予定の商船だ。

 私はこの船もシャピに向かうと思われて襲撃されたと思っている。


 どう考えてもアジアーゴのペスカトーレ侯爵家の、教導派教皇派閥のシャピに対する嫌がらせとしか思えない。


 私の考えた筋書きはこうだ。

 シャピを追われアジアーゴに組した帆船協会とそれを受け入れたペスカトーレ侯爵家が共謀して、昨年の海賊事件を企てた。

 船籍だけアジアーゴに移し、事が露見すればすぐに逃亡できるように商会は他国に…たぶんハッスル神聖国にでも移したのだろう。

 連合王国の東南端に位置するギリア港はハッスル神聖国やハスラー聖公国に一番近い港でもある為、教導派の勢力が強い国である。


 それに対して北西部のアヌラ王国も北東部のダプラ王国も古くからの多神教国であり、特に北東のダプラ王国は古くからの先住民である獣人属の多い国でもある。

 島の中央部に位置し最大の領地面積を誇るガレ王国は、その連合王国の盟主であり、他の三国すべてと国境を接している。

 その為ガレ王国は清貧派の勢力が強く、国王は清貧派を宣言している。


 その為これまで教導派が強い北方三国、ハッスル、ハスラー、ラスカルの三国との取引は殆んど無かったのだ。

 その為内陸通商のロロネー船長たちが新航路を開拓するまで、ノース連合王国の通商はギリアの港との航路だけだった。


 そしてガレとの通商が可能になるとギリア王国とあまり交流の無かったアヌラやダプラの特産品も内陸の通商路を通してガレに集まり始め、さらに銀シャチ号はアヌラとダプラを回る新航路も開拓した。

 それに触発されてガレの商船の一部も独自でアヌラやダプラの航路に乗り出したのだ。


 その結果がシャピでの鹿革のブームである。

 鹿革だけではない。アザラシやラッコ等の希少動物の皮も入荷され始めた。

 だから昨年の海賊船はガレから鹿革を積んでギリアに帰港する商船を狙ったのだろう。

 モン・ドール侯爵家が王都やシャピの集荷市で右往左往している頃、ペスカトーレ侯爵家は海賊行為を画策していたという事だ。


 モン・ドール侯爵家の動きを考えると、強奪した鹿革はおそらくハッスル神聖国の聖堂教導騎士団に流れているのだろう。

 そこから先は何に使われているのかは知らないが、まあ高位聖職者や貴族の贅沢品になっているのだろう。

 当然ペスカトーレ侯爵家は帆船協会を通して甘い汁を吸い続けていたのだろう。

 だから海賊行為が露見した時に帆船協会を切れなかったのだ。


 しかし海賊事件でギリア王国はラスカル王国との門戸を閉ざした。

 騎士団長の首を晒して、ガレ王国に捜査権から鹵獲(?)した海賊船まで差し出して機嫌を取ったつもりが、ギリア王国の不興を買う事になってしまったのだ。


 悪事はわが身に降りかかるという事か?

 その結果アジアーゴの商船はノース連合王国との通商路を閉ざされた事になったのだ。

 彼らはギリア以外の航路を持っていないのだから。


 そこでペスカトーレ侯爵家は次に手に打って出た。

 シャピとノース連合王国との、もっと言えばガレ王国との通商路の破壊である。

 今ガレ王国からギリアを経由してシャピにやって来る商船が途切れれば、銀シャチ号と数席の限られた船しかガレ~シャピ間の単独航海は出来ないと踏んでいたのだろう。


 そうなれば余った積み荷はギリアに残ってしまう。それをハッスル神聖国の商船が買い叩くのだ。

 ペスカトーレ侯爵家としては自分たちの紐付きでハッスル神聖国へ逃げている帆船協会を使って海賊行為をさせて利益を得る。

 ラスカル王国の産品はアジアーゴからハッスル神聖国へ、そこからギリア王国に流れて利益は教皇庁に集まって来るのだ。

 そしてハッスル神聖国に君臨するのはそのペスカトーレ侯爵家の家長であるペスカトーレ教皇である。


 しかしそう上手くは行かせない。

 シャピの造船力を侮っていたのだろう。新造艦を西部航路に送った為北海航路の帆船は手薄になると踏んでの通商破壊工作だ。


 旧造艦を全て改装して北海航路に投入し多国籍船団を作って運行する事で、ガレ王国もシャピも利益を上げる事が可能になった。

 二隻程度の海賊船では太刀打ちできない。

 シャピの商船と船団を組めば、ギリア経由をしなくてもガレからシャピまでの通商が可能だ。


 そのお陰でハスラー聖公国の商船迄この船団に加わる事となり、以前以上にシャピの港は賑わっている。

 シャピが北海を征したのだ。


 しばらくはシャピで海賊対策に明け暮れて忙しい日々を過ごしていたが、一段落ついて王立学校に戻っていた。

 カロリーヌはまだ領地に張り付きで帰ってこれないでいるが、私は成績に影響が出るので帰って来たのだ。

 カロリーヌは身分柄Aクラスを落ちる事は無いが、私はそう言う訳には行かない。出席日数が厳しいのだ。


 そう言う訳で状況を心配してくれた聖女ジャンヌとレーネ・サレール子爵令嬢を交えてお茶会をしながら、シャピの状況や私の考察を説明していた。

「それは非常に有りそうな事ですわね。特に教皇派は最近焦っているようですし。でもこのままあちらも黙ってはいないでしょう」

 レーネが感心しながらも懸念を話した。


「そうでしょうね。結果的にアジアーゴとハッスル神聖国はノース連合王国との貿易から弾かれたようになっているのだから」

「その帆船協会とやらが船団を率いて打って出るような事は無いでしょうか?」

「うーん、多分武力行使は悪手だよ。帆船協会が船団を率いて来ても負ける事は無いだろうと思う。ただ双方とも大きな損害が出るし、それをやればハッスル神聖国との戦争になるよ」

「それで大人しくなると」

「いや何か手を考えてくるだろうけど、今は解らないわ」


 それ迄私とレーネの話を静かに聞いていたジャンヌがおもむろに口を開いた。

「何かスッキリしないのですよ。何か欠けている様な。セイラさんのお話は大筋は間違っていないと思うのですが…。何か、何か欠けている様な」

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