第88話 港湾事務所

【1】

 港湾事務所に集まった船乗りたちはいきり立っていた。

 よく今まで出航せずに留まってくれたものだと思う程に興奮している。

「皆さん、今は落ち着いて下さい! 今から出港しても海賊どもは逃げた後でしょう。それに我らシャピの商船が助けに入った折に敵船にも損害を与えた様ですからしばらくは潜んでいるでしょう」

 カロリーヌの声が事務所前に集まった船員たちを前に響き渡っていた。


「それじゃあ、なんでシッポを巻いてシャピに帰って来たんだ」

「落ち付きなさい! 海賊船は逃走したので戻って来たのです。シャピに戻って来たのは、先に逃げたガレの商船が別の海賊船に襲われている可能性もあるからです」

「そうだぜ! 女伯爵カウンテス様の仰る通りだぜ」

「さすがは女伯爵カウンテス様だぜ。良く解ってらっしゃる」

「てめえは、そんな浅慮だから水夫長に成れねえんだよ!」

「なんだと! そう言うてめえだった昨日まで同じこと言ってたじゃねえか」

「てめえとは違うんだよ! ぶっ殺されたいのか!」


「バカ野郎たちが! 女伯爵カウンテス様の御前だよ! これ以上騒ぎを起こす様なバカはひっ捕らえるわよ!」

「「「「「ヒッ! セイラ嬢ちゃん!」」」」」

「静まれ! てめえらセイラ様にぶち殺されてえのか」

 いや、そんな事はせんし。


「みんな聞いて欲しいの。仲間が襲撃されて腹が立つのは解るけれど海賊船の詳細すら判らない状態で出港してどうするの。何より襲われた先は一日以上先のギリア沖、それに事件から四日経ってるんだよ。あんた達はよく我慢してくれたと感謝してるのよ。だから落ち着いてこのれからの計画を立てて行動して」


「そんなの簡単だろう! ハスラーかハッスルの港に俺たちで乗り込みゃあ良いだけだろうが」

「別にギリアに戻らなくても良い! どうせ修理でどっかの港に逃げ込んでるんだ。虱潰しに探せばすぐ見つかるさ」

「そうだ! シャピの全力を挙げれば炙り出すなんぞ簡単な事だ!」


「そんな事出来る訳無いじゃないの! そんな事すればギリア王国との様に国交を断絶されるかもしれないよ! ハスラー聖公国やハッスル神聖国と戦争がしたいの! 何より戦争になったら北海の交易路は使えなくなってしまうのよ。」

「「「「「アッ!」」」」」

 この脳筋野郎たちめ。そう言うデメリットを一切考えたなかったな。

 そんな事になればハスラー聖公国との交易は私たちが優位に進められつつあるのにそれが水泡に帰してしまう。


「おい! 野郎ども! あんた達は強い! このシャピの商船は海賊船二隻がかかってきても打倒せる! それはこの二回の海賊船事件で証明済みでしょう。ならばあなた達のやるべきことは、シャピを出て行く他国の交易船や、シャピを目指す他国の交易船と船団を組んで彼らを守りながら北海の交易を進めるのよ!」

「おお、そうだ。俺たちならやれるぞ!」

「俺たちシャピの船乗りは北海じゃあ無敵だぜ!」

「そうよ! あなた達は北海交易の守護者よ! シャピの商船は正しく、商船団の盟主であり守護者となるのよ」

「「「「「おお!」」」」」

 水夫たちの雄叫びが港に響き渡った。


【2】

「セイラ様のお陰で水夫たちは収まりましたが、これから如何するつもりなのですか? シャピの船主たちを招集していますが北海貿易はシャピだけで成り立っているわけでは御座いませんよ」

 カロリーヌはやはり領主だけあって、私が煽った水夫たちの様に単純では無かった。


「もちろんては考えて有るけれど、各船主や船長たちの協力がいるわ。少なくともシャピに居る商船同士の連携が必要になって来るし、一部の古い外洋船は早急に改装が必要になって来るわ」

 そうして私はシャピの商船の運航を港湾事務所に一元管理させることに成功した。


 今シャピに居る大型の帆船はシャピを出港する他国籍の商船の護衛に就け、合同で交易港へ向かわせる。

 もちろんこちらの交易品も積み込んでだ。相手先に着いたシャピの帆船はそこで取引を行い、その港からシャピに向かう交易船と共にシャピに帰港する。


 当然あまり高額にならない程度に護衛料も戴く。

 それが嫌で単独で航海がしたいという商船は自己責任で構わないが、海賊船撃退の実績を持つシャピの商船が付くのなら同行を求める船は多いだろう。

 場合によっては複数の商船で護衛の依頼をするのも有りだと考えている。

 取引先の港でもこのシステムは広がるだろう。何よりシャピに向かう船は何処の港も多い。


 ハッスル神聖国はラスカル王国内ではアジアーゴでの取引が主流である事と、ギリア王国に近く教導派同士で繋がりも深い事から護衛官の依頼は出ていないが、護衛船団方式はハスラー聖公国やギリア以外のノース連合王国隻の商船にはおおむね好評だった。


 これで他国の商船の管理も可能になって来たのだ。

 各商船のスケジュールもあるので、港湾事務所はフル回転で運航スケジュールを作ってもらう事にした。

 お陰で北海航路の商船の運航の半分は、シャピの港湾事務所で把握できるようになった。

 積み荷の動きや相場の状況までかなりタイムリーに把握できるようになってきた。


 こうなるとシャピの大型帆船はこの役目を十分に果たせるが、艦数が足りなくなってくる。

 年明けの西部航路探索で、新型を全部こちらに投入したの手薄になっていたことは否めない。

 銀シャチ号も今は西部航路に回しているのだから。

 そう考えるとシャピの北部航路の就航数は増えているが、旧型艦が多くなっている事は気掛かりでもある。

 シャピの大型帆船は国交断絶の為にギリアには就航していない。

 それを見越してギリア港の出入りの商船を襲おうと考えたのだろう。


 西部航路の大型帆船を回したいのだが、これから広げて行きたいこの航路から船を削る訳には行かない。

 旧式艦は一枚物の帆布と三角帆の採用で船足は上がっているが、装甲や武装の強化の為にスケジュールを繰り上げてドック入りを進める事にした。

 本当は新造艦を増やしたいのだが、今回は改装を優先させることになった。

 これでどうにか当面のやりくりは出来る。


 それでも久しぶりに帰って来た西部航路の新型の大型帆船を見ると北海航路に回したくなる。

 この先も新造艦はサンダーランド帝国以西を目指す新航路探索の為に優先される予定なのだ。

 サンダーランド帝国からは今回も大量のグラファイト鉱と染付磁器・絹糸が搬入された。

 絹糸と絹織物はグラファイトの鉱石箱の中に偽装した箱を紛れ込ませて、前回の倍程度の生糸を輸入する事が出来た。


 グラファイトと絹は箱を開ける事無く、中型の河船四隻に積み替えられて直行でフィリポの街に送られて行った。

 磁器は前回よりは前回よりは質は落ちていると思われるのだが、数は前の三倍ちかくになっている。

 磁器は一旦シャピの倉庫に納品されて絵入りの目録が作られて、銅板印刷をされてオークション用カタログとして高位貴族やハスラー聖公国、ハッスル神聖国の上層部に配布さする準備を進めている。


 ああ、南部の絹市も順次開いて行かなければならない。

 モン・ドール侯爵家とマリエッタ寵妃殿下の動向も怪しいのだが、それがメリージャに飛び火している。

 サンダーランド帝国の商館設営の件もあるが、西から絹や磁器を持ちこんでいる商隊とも接触できたと報告が入って来た。

 北海航路の海賊騒ぎもまだ何も進展していないのに私は身動きが取れなくなりつつある。

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