第87話 シャピからの手紙

【1】

 北海航路の商船がシャピに逃げ込んできた。

 ノース連合王国船籍の交易船が又ギリア沖で襲われたのだ。


 ギリア王国との国交断絶の為ギリアの港へのシャピ船籍の商船の入港が不可能になった。

 シャピの商船団はガレ、アヌラ、ダプラと言う三王国を巡るルートも持っているので、ギリアの次に近いガレの港を中継地にして交易を開始していた。


 ガレ王国としてはギリアの港がラスカル王国に対して封鎖されている内に交易の旨味を得たいと考えたのだろう。

 ガレの商船がシャピ船団に加わって来たのだ。

 ガレの港で合流した商船は、先行してギリアの港に入港しそこでも交易品を積み込んでギリア沖でシャピ商船と合流し商船団を組んで航海する様になっていたのだ。

 もちろん以前の海賊事件の事も有り、安全を確保する為と言う事も有る。


 そのガレの商船が襲撃された。

 ギリアの港を出たガレの商船は、シャピの商船と落ち合うため合流予定の岩礁に向かっていた。

 そこに二隻の海賊船が襲い掛かって来たのだ。


 どうにか沖に向かって逃走をしたのだが、砲撃を受けて被弾してしまった。

 捕捉寸前の所を合流場所に現れないガレの商船に不信を感じたシャピの商船が駆けつけた。

 外洋航海を考えて作られているシャピの商船は排水量も格段に大きく、搭載砲も多く武装も充実している。


 当然二隻の海賊船に割って入り海賊船と交戦状態に入った。その間に襲撃されたガレ商船はシャピに向かって逃走したのだ。

 シャピの港に逃げ込んできたガレの商船の報告を受けて、急遽編成された商船団が救援に向か追おうとした頃に、海賊船と交戦していたシャピの商船が帰って来たのだ。


 海賊船による略奪行為は免れたが、ガレの商船は砲撃による被害は出た。

 その報告が早馬で私とカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスに知らせが入ったのだ。


【2】

 私たちはその日の内にシャピに向かう船に乗っていた。

 カロリーヌによって有無を言わさず船に連れ込まれたしまったのだ。最近カロリーヌは海上貿易関連の仕事はすべて私の仕事だとでも思っているのか、全部私に振って来る。

 まあ西部貿易関係の計画を主導した手前、私としても拒否する事が難しいので仕方がないが、私はずっと河上のリール州の領主の娘なのだけれど。


「セイラ様、一体どういう事だと思いますか? 海賊船はあの二隻だけでは無かったのでしょうか? 海賊団はアジアーゴで縛り首になった者達とノース連合王国で殺された者以外にも居たのでしょうか? やはり帆船協会が関わっているのでしょうか?」

 そう矢継ぎ早に質問されても私も答えられる訳では無い。


「この情報だけではまだ何もわからないわ。今回の事件は便乗犯である可能性も捨てきれないし。ただやり口から考えて去年の海賊事件の事を良く知っている者がバックに居るのは間違いないわね」

「やはりセイラ様もそう思われますか」


 大がかりな帆船を使う海賊行為は一人ではできない。

 船を確保する事がまず難しい。

 商船で反乱を起こすか、小舟で乗り込んで制圧し乗っ取るか、方法は考えられるがどちらにせよ複数の乗組員が必要となるのだ。


 それだけではない。

 いつまでも船の上で生活する訳にも行かないので、物資の補給を行う必要がある。海浜の村々の略奪を繰り返して食料や水を補給し続けるのは非常にリスキーだし、船の修復やタールの塗り替えなどの補修が出来る拠点は必要だ。

 それに略奪した物資を金に換える場所もいる。


 かつてのカリブの海賊は大英帝国の私掠船から始まった事でもわかるように、バックに船を受け入れてくれる組織が必要になる。

 要するに補給や補修を行えて商品も売りさばける母港が必要なのだ。


 去年の事件ではその役割をアジアーゴが担っていた。

 しかしアジアーゴも司直の手が入り、陰で海賊船を運航していた帆船協会は船を率いて国外に逃亡しその行方は杳として知れない。


 そもそも海賊船の標的はノース連合王国の商船のようだが、これも良く目的が判らない。

 昨年の海賊事件も標的にされた船は殆んどがノース連合王国の商船だった。唯一ラスカル王国船籍の商船だったのが銀シャチ号だったのだから。


【3】

 今ノース連合王国を回っているのは銀シャチ号から一部の船員を引き継いだ新しい商船団だ。

 銀シャチ号はロロネー船長と共に西部航路に乗り出している。

 銀シャチ号はまだサンダーランド帝国に留まって、商館の設立に尽力している筈である。

 その代わりにサンダーランド帝国航路を踏襲した新商船団が三隻、銀シャチ号の航海士に率いられて帰って来ていた。


 血の気の多い船乗りたちは直ぐにでも報復だと息巻いているが、その海賊船が何処に居るかもどんな船かもわからない。

 とくに北海のギリア沖は、ノース連合王国とシャピ船籍だけでなくハスラー聖公国やハッスル神聖国の交易船も多く行きかっている。

 こんな所で戦端を開くという事は、一つ間違えば国家間の海戦に至る可能性を秘めている。

 それを防ぐための私掠船許可だと言っても、今平穏なこの海域で騒乱を起こすことは避けなければいけない。


 その為にカロリーヌは港湾事務所に張り付いて説得に当たっている。

 私と言えば襲われたガレの商船の船長、救援に入ったシャピの商船の船長を呼んで、状況の整理を行った。

 アドバイザーで元銀シャチ号の猫獣人航海士も一緒である。


 海賊船と遭遇した船長たちの説明では、襲って来た船影に心当たりはないそうだ。

 ガレの船長はもとよりシャピの船長もそうなのだ。

 少なくとも帆船協会が所有していた船が海賊船に加わっていればシャピの船長は気付いただろう。


 特に今回は白昼で、シャピの商船は二隻と正面からわたり合っている。見覚えのある船影なら気付かないはずが無いのだ。

 と言う事は今回は帆船協会の船は関わっていないという事なのだろうか。


「そんな訳無いじゃないのさ。あの帆船協会が関わっていないなんてありえない」

「ああ俺もその航海士の姉ちゃんに賛成だ。どう考えてもやり口が前回と同じじゃねえか。潜んでた岩礁も同じような場所だしよう」

「そう! その話! 俺たちガレの商船は事件の概要は知ってが、どこで襲われたとか細かい事はみんな知らねえんだ」

「ああ、そうなんだよ。ここに来て俺も初めて知ったが、あの海賊どもはただ真似をしただけの野郎じゃねえ」


 彼らが言う通りで手口が前回の海賊行為と酷似し過ぎている。

 襲撃する場所もギリア沖の岩礁、二隻一組で襲撃する事も、ギリアの港を使うノース連合王国の…ガレの商船を狙うのも。

 そう考えれば前の事件の関係者が関わっていなければできない。

 何より二隻の海賊船を所有し、それを操船する人員がいる。

 どう考えても帆船協会が関わっていないはずがないと私も思うが、何一つ確証が無いのだ。


 まあ捜査権限も全てガレ王国になるのだけれど、状況証拠だけでは告発も出来なければ捜査も出来ない。

 何よりもどこを探せば良いかもわからないのだ。


「でもラスカル国内で無い事は確かだと思うわ。アジアーゴはこの間の審問以降内務省の目が厳しいので、ペスカトーレ侯爵領内も多分ダッレーヴォ州もそれは同じでしょう」

「だがよう、ラスカル王国には他にも港を持つ町や村はあるだろうがよう。ならそこかも知れないだろうが」

「外洋型帆船が停泊できる港は限られているのよ。二隻程度の船なら接岸できるでしょうが、そう言う港は内務省が調べてますよ」


「ああ、セイラ様の言う通りだろうな。それによう、海賊船なら頻繁に修理が必要だからドックも欲しいよね。あたいも知ってるけれどアジアーゴとシャピ以外でもドックが有る港はポワチエ州にしかないんだよな。東の方は海岸線が浅すぎるんだよな」

「なら、ラスカル以外の国に逃げているという事か」

「先ず間違えないでしょうね。ハスラー聖公国かハッスル神聖国と言うところでしょうかねえ」


「ハスラー聖公国の東北海岸からハッスル神聖国にかけては岩場の多いからな。停泊する場所ならばかなりありそうだな。荷物の売り買いならあの二国内なら問題なく出来るだろうぜ」

「名前を変えて商船登録している可能性はデカいわな」


 内務省からも北海に面した両国には捜査依頼は出ているが、どれだけ真剣に受け止められているかは判らない。

 情報が少なすぎる。

 当面は今まで通りがれおうこくの商船は三隻以上の船団で行動するようにガレ王国に要請しておこう。

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