第90話 ジャンヌの懸念

【1】

 自分としても大雑把で雑な解釈である事は解っている。

 それでもそこまで大きな穴は無いと思っていたのだが、クロエ誘拐未遂事件のことも有る。

 あの時も憶測で先走ってアントワネット・シェブリ伯爵令嬢にしてやられた。


 その点ではジャンヌは冷静で頭も切れる上に慎重でもある。

 今回は外交にまで係わって来る事でもあるのでとりわけ慎重に事を勧めなければいけない事は私も認識している。


「そうよね。カロリーヌ様が動くとなると、それだけで政治がらみの事案になってしまうから迂闊に動くわけには行かないわね」

「ああ、そう言われればそうですね。私はセイラさんの話を聞いていている限りではその通りだと思うのですけれど。証拠が有りませんものね」


「一方的に捲くし立てたからレーネさんには先入観を持たせてしまったのかもしれないわ。冷静に検証してみれば多分今の私の推測も穴だらけだと思う」

「そこまで卑下する事は無いと思うのですが…。でもいくつか釈然としない点がある事は事実なんです」

 ジャンヌが静かに口を開いた。


「何より、海賊船の船影についてシャピの船乗りたちが見た事が無いとおしゃっていた事が有ります。帆船協会の持ち船ならば誰か心当たりのある船乗りさんがいるはずですよね」

「ああ、そうだよね。そうか、その場合帆船協会以外の船が犯行を行っているという事も考えられるわけだよね。いくつか可能性が考えられるね」

「でも、帆船協会が係わっていないとは考えられないのですけれど」


「可能性として、帆船協会が船を乗り換えて犯行に及んでいる場合と別の船が帆船協会の犯行をまねている場合とが考えられますよね。帆船協会の犯行なら答えは単純で、セイラさんの想定通り。でも犯行を真似ている場合は別です」

「帆船協会以外にも大きな犯罪者集団がいると言う事ね」


 レーネの言葉をジャンヌが自ら否定する。

「いえ、そうでは無いと思います。それならば昨年犯行が行われた岩礁の事や襲撃方法などの公になっていない事実を踏襲し過ぎています」

「ああ、少なくとも犯行には関係者が関わっている可能性が高いと言う事ね」


「セイラさん。犯行の詳細を知っている者はどの程度います?」

「まあ、犯行に参加した海賊たち…は、殆んど死んでいるわね。ギリア沖で難破した船の乗組員で行方が知れない者が数人いたかな。それと犯行を画策した帆船協会は多分知っているでしょう。後は捜査に参加した内務省と法務省の役人とペスカトーレ侯爵家の者も知っているかもしれない。ただペスカトーレ侯爵家については事件の詳細まで関心を持って知っているとも思えないわね。犯行の細部については帆船協会に丸投げでしょう」


「生き残りの船員が画策したとは考え難いですね。異国で逃亡中の船乗り程度が新たに二隻も船を率いて海賊に復帰するなんて無理が有ります。それならばやはり帆船協会が一番怪しいですわ。その次にペスカトーレ侯爵家と教皇ですね」

 そう答えるレーネの言葉に私も頷きつつ、何か引っかかりを憶える。

「多分ペスカトーレ侯爵家は詳細を知らないと思う。国務省も法務省も犯行の詳細は漏らしていないと思うんだ。国務省のシンパはカミユ・カンタル女史に切られたし、法務省の動向にも目を光らせていたからね」


「ならば、やはりセイラさんの言う通り帆船協会が主犯で決まりでしょうね」

「レーネさん。自分で言ってて何なんだけれども、ジャンヌさんの言う通り何か引っかかるんだよね。今あげた以外に犯行の詳細を知る者は本当にいないんだろうかって」

「わたしもセイラさんと同じように何か引っかかるんですが、これがただの杞憂なのかどうか判りかねるのですよ。この件は一旦保留にしましょう」


【2】

「もう一つの疑問は、帆船協会の船が今どこで何をしているかなんです」


 言われてみればそうだ。

 帆船協会は旧式とは言え大型帆船を五隻所有していた。

 その船団は銀シャチ号が海賊を追跡した時以降、誰も眼にしていない。ハッスル神聖国に逃げたとしても、航行に使用するならハスラー聖公国との通商路しか行く宛は無いはずだ。

 シャピの商船はハスラー聖公国やガレ王国との取引の為北海航路を頻繁に運航しているが目撃情報は無い。

 見つかりたく無いとは言う物の五隻の船と乗組員を遊ばせておくとも思えない。


「乗組員は新しい船を調達して海賊船に乗せて犯行を重ねていた…」

 レーネがポツリと言った。

「それでも三隻分の乗組員が余りますよね。他の商船に乗せると言う事も考えられますが、五隻の船をすべて遊ばせると言うのは考え難いですよ」


「ジャンヌさんの言うとおりね。人はどうにでもなるけれど船を五隻も遊ばせておけば、波止場の使用料も維持費だってバカにならないわ。だからと言って廃船にするには高価すぎるし」

「ならば外装を変えてどこかで就航しているとか」

「無いとは言えないわね。でもお金もかかるし、本来の船影は少々外装をいじったくらいでは変えられないし、ベテランの船乗りなら気付くでしょうね」


「北海航路では帆船協会はお尋ね者ですよね。船の手配書も出ているからシャピの商船も被害に遭ったノース連合王国の商船も躍起になって探しているはずだと思うんです。そうですよね、セイラさん」

 レーネのいう事はもっともである。それだから余計に引っかかるのだ。

「うん、だからこそ見つからないのが気に入らないね」


「セイラさん。さらに東や北への航海に出ていると言う事は考えられないでしょうか」

 ジャンヌがふと思いついて私に問いかけた。

 ラスカル王国よりもさらに北に位置するハッスル神聖国。さらに北東は北極圏に近く航路開拓はとても苛酷だ。

 旧式の帆船では新航路の開拓は難しいと思う。


「この時期の北東の海はかなり苛酷な状況で航路開発は厳しいと思うわ。何よりシャピでの西部航路開拓に尻込みして逃げ出した帆船協会の船主や船員がそんな苛酷な航路開発に挑むとは考え難いわね」

 可能性として無いとは言えない。

 商船でなくクジラ漁の捕鯨船として北海に出る可能性もあるが、如何せん装備も強度も三月や四月の北の果てでの航海には耐えられると思えないのだ。


 お陰で見えかけた光明がまた遠くなってしまった気がする。

 通商破壊と言う奴らの目的は間違っていないと思うが、さらに多くの謎が有りそうだ。

 謎は深まってしまったがジャンヌに相談して良かったと思う。

 あのままでは又私一人で突っ走ってしまったかもしれないからだ。

 船団を率いてハッスル神聖国に乗り込んで何も出なかったでは終われないのだから。


 だからと言ってのんびりして良い訳でもない。

 奴らの企む通商破壊の行為は破綻して、反対にシャピに利する結果になってしまっているのだから。

 そろそろ何かしっぺ返しが来そうな気がしてならないのだ。

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