第34話 採掘調査
【1】
ルークは夜半の文官の発言や管理官たちの行動に不穏なものを感じていた。
その為も有って部下の護衛官と信用しても良いと判断したシェブリ伯爵家の武官たちと交代で夜警をしながら夜明けを待った。
日が昇り夜が明け始めた頃、鍋に雪を放り込んで湯を沸かして茶葉を入れた。
見回りから帰って来たマイルズ次席武官にコップに注いだ茶を渡す。
「悪いが砂糖もミルクも無しだ。その代わり少し酒を入れてある」
そう言って差し出すと彼は礼を言って受け取った。
「やはり朝は冷え込むな。こいつは腹に沁みる。ルーク殿ありがとう」
「ルーク様、俺たちにも一杯いただけませんか」
眠っていた護衛官たちも起き出してルークに声を掛けて来た。
五人で焚火を囲んで蒸留酒を入れた熱いお茶を飲みながら状況を話し合った。
「ルーク殿。すまない。あの馬鹿どもは絶対に何か企んでいる。昨夜も遅くまで四人で何やら話していた。また何か言って来るに違いない」
次席武官が先に謝って来た。
「なにをするか見当は付きますか、次席武官殿」
「生憎とそこまでは…。どうせあの者達の事ですから穴だらけの手段であろうと思うのですが手立てまでは」
「我が領としては全員下山して安全を確保して欲しいのだが、あの者達はこの冬山に籠り続けるつもりなのでしょうな」
ルークはその件についてはもう諦めている。
武官に証言して貰い後はシェブリ伯爵家の責任として丸投げしてしまおう。この愚か者たちの面倒までは見切れない。
その辺りを察したようで次席武官もホッと溜息をついた。
「道理が解る方がいて助かった。次席武官殿、大変だろうが後はお任せ致します」
「こちらこそここまでお手数を煩わせて申し訳ない」
あと半日の辛抱だ。
昨日山に向かう際には麓の村に応援を頼んでいる。それに遅れて帰って来る父たちがさらに追加の応援を送り出している事に確信があった。
「ルーク様そろそろ朝飯の準備にでもかかりましょう。燕麦の粥よりも大麦のパンと羊乳のシチューに致しましょう」
「お前、救助に託けて贅沢しようとしておらんか」
「ハハハ、この際ソーセージやチーズもたっぷり入れて栄養を付けていただこうと思っているだけですよ。何より持って降りられないのでは仕方ないでしょう」
「まあ良い。たっぷり栄養価の高いものを食べさせてやろう」
ルークたち四人が朝食の準備を始めると作業員たちも起き出してきた。
「お前たちは寝ていろ。朝食が出来たら声を掛けてやる。体力を戻しておけ」
次席武官が声を掛ける。
その声に作業員ほど疲れてはいないので手伝うと言って調査員の二人も手伝いにやって来た。
子供たちは余程疲れていたのだろう。安心もあってか熟睡している。
弟のルシオが憤っていたのが良く判る。ルシオの娘や息子と年が変わらない子供が苛酷な労働を強いられているのだ。自分の子供達と重ねてしまったのだろう。
ルークも自分の末子ルキウスよりまだ年下の子供がこの状態だと目にして冷静ではいられなかった。
【2】
「朝食の準備が出来たぞ。そろそろ起きて飯を取りに来い。急がねばソーセージを食べられてしまうぞ」
護衛官が冗談めかしてそう告げると子供達も作業員も大急ぎで皿を持って集まって来た。
「朝からこんなご馳走を食べて良いのかい?」
「今日は特別だ。山を下りすんだしっかり栄養を付けないと転げ落ちちまうぞ」
楽し気な会話を破る様に例の文官の声がした。
「朝から豪勢な事ですね。我々の食料を食いつくされてはかなわないなあ」
「勘違いされている様だが、この食料は作業者も含めて食べてもらう為にカマンベール子爵家が差し入れた物だ。貴君たちは別に食料は持って来ているはずだろう」
そう言いながらもルークは文官や管理官たちにも朝食を盛って行く。
四人はつまらなさそうに焚火の側に座ると食事を始めた。
「ルーク殿昨夜お話したことですが応援の救助隊が来れば午後から下山すると言う事で相違ありませんね」
「ああ、それで相違ない」
それを聞くと四人が急に立ち上がった。
「これから昼までの間、第六坑道を探索する。今回は希望者だけで良い。銀貨二十枚を、いや三十枚だそう。現金で払おう。破格の値段だぞ」
「おい! 何を言っている。午後から下山だと言っただろう」
「昨夜貴方は私に好きにしろと言ったでしょう。それに本人の合意が有れば認めると言ったでは無いですか」
「ああ但し安全が担保されていればとも言ったはずだ」
「管理官! 第六坑道は異臭がすると言ったでしょう」
調査員が立ち上がって異を唱えた。
「異臭がするだけだろう。それもお前たちが言っているだけだ。薄汚い作業員たちのにおいを嗅ぎ間違えただけでは無いのか」
「臭いだけじゃない。あの坑道は湿気ている。漏水ならばまだしも崩落の危険さえあるんだ」
「その議論を聞く限り安全を担保されているとは言い難いな。却下だ」
ルークの言葉に調査員たちは未だ食い下がる。
「違う! あの坑道は探索不足だ。遺構の近くの坑道だ。もう少しなんだ」
「そうだ。穴の奥には我々が入る。作業員は土砂運びだけだ。それも坑道口から縄で引くだけでも良い」
「認めてくれ! これなら作業員の安全は担保されるだろう」
三人の嘆願に文官も口添えをする。
「私は風魔法で行動の奥まで風を送ってやる。それなら異臭も吹き飛ばせるでしょう。いかがか、ルーク殿」
「どうなのだ? 貴君ら調査員の立場としてこの方法で作業員の安全は担保されるのかね」
「状態次第ですが、管理官たちも作業員たちも命綱を付けて入り口で監視を置く事。何かあれば全員で引っ張り出す。それと亜麻の油を入れたランプを持って入って下さい。これが条件です」
「だそうだ。これを全部守ってくれれば午前中は作業を許可しよう。但し作業員の合意を得てからだがな」
「全部呑みます。これで合意は出来た」
「誰か志願者はいないか!」
作業員たちは顔を見合わせて話し合っている。
「作業員諸君。一言言っておくがこれで怪我でもすれば下山できないんだぞ。今日我々が下山した時に同行できなければ、こいつ等と又しばらく一緒に残る羽目になるんだ。それも踏まえて考えろ」
「そうですよ皆さん。完全に安全では無いんです。最低限の対応は言いましたが崩落して潰される危険は常にあるのですよ」
「そう言って妨害するのはやめていただきたい! おい、ヨーゼフ。子供が病気なんだろ銀貨三十五枚は大金だぞ。オトマール、地主に借金がるんだろ。返せなければ家を追われるそうだな。オディロ恋人が売られそうなんだってな」
次々と作業員に脅しともとれる言葉を投げかけて行く。聞いていて気分が悪い。
横目でシェブリ伯爵家の二人の武官を見ると苦しそうな表情で視線を落とした。
結局三人の作業員が志願して、調査員二人も坑内の監視のために坑道口にへばりついた。
ルークとカマンベール子爵家の護衛官二人・シェブリ伯爵家の武官二人が命綱の端を持って待機している。
他の作業員も入り口付近で待機している。
そんな状態で作業が始まった。
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