第33話 分水嶺の山(3)

「なら明日の昼過ぎまで作業を続けさせても問題は無いじゃないですか」

 そう言うだろうとは思ったがこの文官のなんと浅はかな事か。

「わずか数刻作業を続けたからと言って何が進展すると言うのだ。何か兆候が有ったところでそれ以上の作業はさせるつもりは無いし春までは採掘は認めない。我が領内で重傷事故や死亡事故を出させるつもりは無いからな」


「夕刻に麓に下山できればいいんだろう。こいつら貧民たちは我らシェブリ家が雇っただ。下山する迄どう使おうがとやかく言われる筋合いはないはずだ」

「そうだ! 我々が金を払っているのだからそのをどうしようと文句など言われる事は無いはずだ」

 管理官たちも何も理解していない。やはり使用人は物扱いなのだろう。


「貴君たちは何一つ理解していない。この取り決めは作業者たちが五体満足で健康な状態で下山する事が条件なのだ。もうすでに今の段階でも規約に抵触しているのだよ。それを少しでも緩和させるために我々もこうして骨を折っている次第なのだからね」

 ルークは落ち着いて言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「もうそれ位にしておけ。見苦しいぞ」

「次席武官! あなたはどちらの味方だ! 俺はシェブリ伯爵様の利益の為に言っているんだぞ! 事と次第によっては伯爵様に直訴も辞さないからな」

「下山するなら好きにすれば良い。しかしこの事はジョーンズ殿との取り決めで決定している事だ。迂闊な事をすると伯爵様のお顔を潰す様な事になれるのだと心得ろ」


「マイルズ次席武官殿。自己保身ですか。伯爵家の利益を考えればここは引く所では無いでしょう」

「どうとでも言えば良い。貴様らに与するつもりは毛頭ない。粛々と与えられた任務を遂行するだけだ」

 次席武官はそう言うと舌打ちをして小声で言った。

「どちらが自己保身だ。結果を出せず焦っているのはお前たちだろう」


「命じられた事を機械のように遂行するだけのあなたには期待などしない。我々は我々の考えで動きます。これ以上の口出しは御無用に願いたい」

 文官は次席武官に当てこするような悪態を吐くとプイと顔を逸らした。彼は管理官たちの賛同を得て強気になっている様だ。

「くどい様だが作業員への強制は認めんぞ。安全を担保できる条件でのみ本人の合意が有れば認めるが、子供達への業務の強制は元より作業をさせる事も禁じる。それが守れないのであれば規約違反者として拘束させて貰うからそのつもりでいろ」

 ルークも文官と管理官たちに言い返した。

「もう少しなんだ。もう少し掘れば結果が出る」

 管理官の一人がうわ言の様に呟きながら燻製肉を齧っている。

 その管理官を囲んで他の二人の管理官と文官が四人でコソコソと話し合いを始めていた。


【4】

 ルークは無心に麦粥を食べる子供や作業員から離れて、自分も麦粥の皿を持つと二人の調査員の下に向かい向かいに腰を下ろした。

「なあ、あんたら一体何を探してるんだ?」

「それは…規約で何も言えない…」

 やはり契約で口止めされているのだろう。そう考えて目的はこれ以上は聞かないようにした。

「まあそれは良い。それでうまく事は運びそうなのか? あいつらはああ言っているが目途は付いているのか?」

「それも詳しい事は…。でも何も出ませんよ。俺たちは再三そう言っている」

「でも奴らは聞こうともしない。何を根拠にここに拘るのか…。ここに絶対あるはずだとしか言わないんですよ」


「そもそもここは崖だった所だったな。しかし以前調べた事が有るが何もなかったと記憶しているのだが」

「そうなんです。大昔に何か掘ったような跡が見つかったんですがそれもそのまま放置されていたようで」

「その後を見つけてからは何故か管理官たちが興奮して…。それからは掘れ掘れの一点張りで俺たちの言う事など聞いてくれません」

 調査員たちの愚痴を聞きながら夕食終えた。

 作業員たちは宿舎代わりに宛がわれている横穴に薪を持ち込んで寝る準備にかかっている。

「しっかり暖を取って明日の朝はゆっくり寝て良いぞ。起きたら朝飯を食って下山だ」

 ルークの言葉に作業員たちは顔をほころばせて頷いた。


 カマンベール子爵家の護衛官とシェブリ伯爵家の武官たちは食事を済ませて野営の準備にかかり始めていた。

「ルーク様、そろそろ野営にかかりますが開いている横穴を使いましょう」

「そうだな。あの少し離れたところになる行動はどうだ?」

 ルークが指を指すと調査員の一人が急に立ち上がった。


「領主代行様、あの坑道は危険なんですよ。採掘中に何か異臭がする空気が出てきたもので採掘を中止したんです」

「と言うとどういう事なのだ?」

「多分あそこに長くいると息が出来なくなり死ぬ事になると思われます。俺たちの経験則なので証明しろと言われても難しいですがね」


「分かった。それなら他の坑道の前に風よけのテントを張ってそこを遣わせて貰おう」

 ルークたちは登山道近くの少々風の当たりがキツイ場所に風よけ代わりに天幕を張って入り口付近を覆い焚火をその入り口に移した。


「ルーク殿、少しお話があります。宜しいか?」

 例の文官が焚火に薪をくべているルークの下にやって来た。

「明日はいつごろ出立する予定なんでしょう? そもそもこの状態で全員がそう簡単に下山できないでしょう。なら先行で子供たち四人を背負ってあなた達が先に下山すれば如何かと思いまして」

 この男は邪魔なルークたちを追い払ってその間に作業員を使って坑道を掘らせる算段なのだろう。

 冗談抜きで今まで何も出てこなかった坑道で半日や一日掘り進めたところで何があると言うのだ。


「貴君ら三人と調査員度の二人にも補助をお願いしたのだが。それならばどうにか降りられるのではないかね」

「それは…。それは出来かねます。我々はそれほど体力も無く作業員を抱える事など出来ないし、我々の仕事では無い」

「そう言う訳にも行くまい。作業員や子供たちの安全は貴君たちの責任だ。なら君たちが負ぶって下りろ。子供なら運べるだろう。八人の作業員は我々が面倒を見る」

 ルークの言葉に文官は嫌そうに顔を背ける。


「なぜ我々があのような汚いガキどもを…。我々は下山に対しません! 坑道に冬の間に何かあってはシェブリ伯爵家からお咎めを受けます。盗掘などされればたまったものでは無い。管理官は管理の為に居るのですからな。私も彼らとここに残ります」

「そうかね。なら好きにしたまえ。多分明日の午前中には麓の村から応援が来るだろう。彼らと合流して作業員も全員下山させる。遅くても明日の午後一には下山を開始するからそのつもりでいてくれ」

 ルークの言葉に文官は諦めたようで「明日の午後一ですね。分かりました」そう言って戻って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る