第77話 出資者会議(3)
【3】
「そろそろ開始時間になりましたので、開会を宣言いたしたいと思います。本日の議事進行を務めさせていただきますグリンダと申します」
司会が開会を宣言する。
「ちょっと待ってくれ。リコッタ伯爵様がまだお見えになっておらん」
ウルダ子爵が異を唱える。
「リコッタ殿はどうされておる?」
レッジャーノ伯爵が家令を呼んで状況を確認する。
「リコッタ伯爵様は見えられて暫くして、お供を連れて町に出て行かれました」
「ならば執事か書記官なりとも呼んで参れ。いつまでも待つわけにはゆかん」
家令が慌てて出て行く。
暫くしてリコッタ伯爵家の随員たちがゾロゾロと入室してきた。
「代表のリコッタ伯爵様はいらっしゃらないのでしょうか。ならば随員の方から代理を選出してください。それでは開催を宣言いたします」
「ああこれはいったい? 投資の説明会と聞いておりましたが?」
「はい、只今から投資案件についてのご説明と引き続き質疑応答を行います。他に何か?」
「…いや。普通は投資説明と言えばこう…。食事とか物産品や…」
「ねえ、コルデーさん。エダム男爵もウルダ子爵も何か違和感を持っているようですが。貴族社会では一般的にこういうものはどうの様に行われるか知ってますか?」
「いやあ、俺もこういうのは経験が無いんだ。少なくともハウザーでこういう投資の紹介は受けたことが無い」
「ホホホ、セイラ様。わたくしも少々驚きましたわ。平民の投資紹介はこのような物なのかと」
いつの間にか現れたクルクワ男爵夫人が声を掛けてきた。
「投資の主催者はご馳走を用意して投資者への接待を行うのが一般的だわね。名産のお酒や料理を並べて、売りたい物産を並べてみやげに持たせて投資をお願いするのですよ」
「投資と言うか借金のお願い会ですよねえ」
「これは借金では無くて権利を売ると思えばよいのかしら」
「ええ、この株式組合は配当を受ける権利を売るための集まりですね。だから商品の安売りは致しませんよ」
「それは賛同しない人には期待しないと、リコッタ家には期待していないと言う事かしら」
「私としては排除出来ればそれでよいかと思っています」
「貴女、可愛らしい見た目でなかなかよねえ。気に入ったわ。ここにご一緒させていただきますわ」
夫人はオブザーバー席に腰を掛けこちらを見て笑った。
結局リコッタ伯爵抜きで出資者会議は開催された。
会場はリコッタ家の一団とウルダ子爵とその愛人?を置いてきぼりにして白熱した質疑応答が戦わされてゆく。
◇◇◇◇
「これはいったいどういう事なのだ! 何が行われておるのだ」
両手で二人の派手な化粧の女性の肩を抱いて、後ろに三人の随員を引き連れた初老の男が入ってきた。リコッタ伯爵だ。
「何をと言われても、案内通りパルミジャーノ紡績株式組合の設立説明会じゃ」
レッジャーノ伯爵が云い捨てる。
「参加なさるなら席について下さいまし。只今リコッタ家では執事様が代行で説明を受けられておりますので、経過はそちらからお聞きください」
グリンダが冷静に議事を進めて行く。
リコッタ伯爵は当惑気に席に着くと執事から経過説明を受け始めた。
「いま、組合は自己資産として経営者筆頭リカルド・レッジャーノの持つ紡績工場、次席二人のジョゼッペ・ロマーノのパルメザン市内の事務所家屋一棟とマルゲリータ・クルクワの工場用建屋と土地を計上致し、これらを持って初期株式の半分である百一株分を経営人の所有と致します」
「ロマーノ家で二十株の購入をお願い致したい。我が家としてはもう少し組合に食い込みたいのでな」
「エダム家でも十五株の投資を願いたい」
「将来性も見込んでマンチェゴ家からは二十株の参加をお願い致す」
「発起人でもあるレッジャーノ家としても二十株を買い入れよう」
「ウルダ家も二十株…二十株を…」
ウルダ家の執事が勢い込んで参入を表明しかける。
「お前何を申している。そんな無駄金を出せるものか!」
「兄上、ここは乗っておけ。株数は減らしても構わん。二度は言わんぞ、絶対に乗っておけ」
「…わかった! 十株だ。それ以上は出さん」
これでウルダ家も乗った。上出来だ。
「新規の工場をリコッタ領に建てろ。さすれば百株買ってやる」
「御前さま。そのような安請け合いは。百株は今の財務状況では…」
「リコッタ伯爵様、残数は十四株でございます。百株も必要ありません。書類説明を致しました通りその資金で、新規に設置する紡績機の購入と新工場・事務所の整備費用を調達できます」
「それなら、わしの百株でリコッタ領にもう一つ工場を建てろ。追加で十四株も買ってやる」
「待ってくれ、その十四株はクルクワ家が購入を…」
「クルクワ男爵殿! 我が家に借金が残る状態で金貨十四枚とは剛毅なものだのう。ならば借金の返済に充てて頂きたいもおじゃが」
「それとこれとは話が別では御座らんか」
「同じ金の話じゃ。投資の話など借金を返してからするものであろうが!」
私はそれを聞いていきり立って反論しようとした奥方の手を掴んで押し留めた。
「奥方様。ここは引いておいてくださいませ。リコッタ家の排除が出来るだけでも有益です」
奥方は息を吐いて肩の力を抜くと、大きな音を立てて扇子を開いた。
「解りましたリコッタ伯爵。娘の件も御座います。今回はお顔を立てて引いておきましょう」
「さあ如何する。百株買ってやるから工場を…」
「リコッタ伯爵は何か勘違いをしておられる。工場の設置も紡績機の購入ももう決定事項なのです。経営は経営陣に任せて頂くように条文にも書いてございます。投資家の皆様に求めるのは経営方針の承認だけです」
「わしが投資するのだぞ。投資するものの意見を入れず何が経営だ!」
「なによりリコッタ伯爵様からまだ投資は頂いておりません」
「なら今すぐ百株投資してやると…」
「エダム家は追加で五株、皆と同じに二十株に致す」
「残りは九株でございますな」
「なら百九株買ってやるから工場を…」
「経営方針は持ち株比率の多数決で決定いたします。今購入されてもリコッタ伯爵様の株数は九株で投資家全員の中でも最低比率です」
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! 百株出す用意があると言っておるではないか! 金を出すのはわしじゃぞ。わしの出した金を使うのに何を其の方らの意見を求めねばならん!」
「それはこれが株式組合と言う新組織だからです。それに伯爵様からは未だ一銭も投資頂いておりません」
「経営筆頭! このままでは埒があきません。私どもライトスミス商会が残りの九株を引き受けましょう。これで経営方針を決する事が出来るでしょう」
「わかりました。今回の株式二百株分は所有者が決定いたしました。続きまして経営方針の採決に移ります。ご賛同の方は挙手をお願い致します」
ウルダ家を除く五家の全員が挙手を行った。
ウルダ子爵はオロオロとリコッタ伯爵と室内の他の領主の顔を見比べている。
リコッタ伯爵は真っ赤な顔で全身を怒りに振るわせて何度もテーブルを叩きつけていたが、室内の全員を睨みつけると席をけって立ち上がった。
出て行こうとするリコッタ伯爵一行に向かってグリンダが止めの言葉を刺す。
「リコッタ伯爵様。関連書類は重要事項が記載されております。関係者以外の方の持ち帰りはご遠慮願います。ミシェル、書類の確認をお願い致しますわ」
「其の方ら、わしを虚仮にしおって! 覚えておれ、此の儘で済まさんぞ!」
リコッタ伯爵はお決まりの捨て台詞を残して部屋を出て行った。
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