第76話 出資者会議(2)

【2】

 レッジャーノ伯爵家、リコッタ伯爵家、ロマーノ子爵家、ウルダ子爵家、マンチェゴ男爵家、エダム男爵家、クルクワ男爵家。

 パルミジャーノ州全七家の貴族当主が一堂に会する事になった。


 レッジャーノ家の大広間にはズラリとテーブルが並べられて、正面には巨大な黒板が三面据えられている。

 その前には演台と経営サイドが並び座るテーブルが、それと相対する形で投資者サイドの机が並ぶ。

 ルイスとリオニーは補佐として経営者席に並んで座っている。


 私とコルデー氏はオブザーバーとして経営者席と投資者席を横から見る感じで窓側の隅に座っている。

 グリンダは演台の横で司会として議事の進行を取り仕切る。


 経営陣の三名はリオニーとルイスを交えてすでに会場入りしており書類の束を指し示しながら打ち合わせに余念がない。

 その間をミシェルがポットを持ってちょこまかとお茶を注いで回っている。


 ミシェルは給仕をしながら主要関係者間をメッセンジャー代わりに回る役目を担っている。

 外見は幼いが、会計知識は有りここに来てからも事務に携わっているミシェルは今日来る投資家たちよりも業務内容に精通している。わずかな指示でも確実に重要なメッセージを私たちや経営陣に伝達できる実力を持っている。


 開催の時間が迫り、次々と各貴族家の頭首が執事や事務官を連れて入ってきた。

 数日前から滞在している四家の関係者は早々に席についている。

 この場を初めて訪れたエダム男爵は、一瞬当惑した面持ちで会場を見渡したが執事を連れてマンチェゴ男爵の隣の席に腰を下ろした。

「投資の説明会とお聞きしたので昼食会のようなものだろうと思っておったのですが…。この様な会合とは少々驚き申した」

「この度の投資の話に関しては今までとは趣が異なるでのう。投資とは言っても金を貸すのでは無く、利益の一部を受け取る権利を買うと言う事じゃ。この書類、しっかりと読んでおく事をお勧めする」

 マンチェゴ男爵が机の上の書類束を指し示す。


「どういう事なのでしょう? この書類を見る限りでは組合の儲けが続く限り配当を保証すると書いてある。赤字になっても金銭徴収は無いともあるが」

「エダム殿。心されよ。権利の購入なので組合が潰れても債務に対する責任は生じないが、組合がつぶれた場合は株を購入した資金は帰ってきませんから」


 クルクワ男爵の言葉にしばらく考え込んでいたエダム男爵はおもむろに口を開いた。

「要は、信用と言う事ですかな。経営陣の信用を金で買ってやると言う事のようですな。投資には参加させていただくが購入株数については説明を聞いてからと言う事に致しましょうか」

 エダム男爵領は西部地域と取引が多く男爵ながら商魂たくましい貴族である。元より組合設立には前向きな人だった。

 流し読みでも趣旨は理解したようだ。


 ◇◇◇◇


 開始直前になってウルダ子爵が室内に入ってきた。

 執事と書記官、それに随員なのかメイドなのかわからない女を一人伴って、陽気に話しながら扉をくぐり一瞬凍り付いたように唖然として立ち止まった。

「いったい此れは何なのだ?」


「参加者の方でいらっしゃいますね。どうぞ着席なさってくださいまし」

 司会のグリンダの声が響く。

「だからこれはいったい何なのだ!」

 ウルダ子爵が若干声を荒げて説明を求めた。


「本日はパルミジャーノ紡績株式組合の設立出資説明会で御座います。御案内状はお送りさせて頂いているはずですが」

「そっ、それは知っておるが…これはいったい…」

「先ずはお席についてくださいませ。お席は用意いたしております。説明はそれからと言う事で」

 グリンダに促されキョロキョロしながら一行が席に着いた。


 レッジャーノ家のメイドがお茶の給仕をする間に、ミシェルが定款に相当する契約条文の要約書と資本額や財務資料等の書類を手渡しに行く。

「子爵様。基本書類でございます。説明を致します」

「よい、お前が聞いておけ」

 執事と書記官に書類を放り投げると、隣に座らせた随員の女の肩を抱く。

「何か茶菓子は出んのか。王都で話題のファナクレープとか」

 伯爵家のメイドがフルーツサンドを調達するために厨房に走る。


「…出資額の比率に応じてと有るが、今後出資を増やしたいと思った場合は如何するのだ」

「それは他の出資者から買い取る事に…」

「そうなると額面価格より値が上がる場合も…」

「ただ利益が上がらないと元本割れも致します」

「利益が上がる限りは資産となると言う事か、ならば…」

 若い書記官は熱心にミシェルと意見を交わしている。


「出るのは茶と菓子だけか? もう少し気の利いたものは出んのか」

「兄上静かにしてくだされ。説明が聞こえぬ。少し御慎みなされ」

 この書記官は子爵の弟だった様だ。


「何を子供相手に真剣になっておる。投資の説明会だとは聞いたが、王都ではもっと華やかで豪勢な物だぞ。茶とちんけな菓子ごときでは投資など引き出せんぞ」

 私はミシェルを呼ぶとリスクヘッジの資料を持たせて、ウルダ子爵の弟君に説明してこちらサイドに誘導するよう指示を出した。


「書記官様こちらの資料もご覧ください。何も薔薇色の未来だけを想定しているわけではありません‥‥」

「ほう、儲かる施策より損益を回避する施策を想定するのか…」

 ウルダ子爵が随員とイチャイチャと遊んでいる横で執事と弟君はミシェルと熱心に議論を戦わせている。

「今後収益を拡大する場合は増資と言う提案も…」

「その場合は株式保有者に優遇の考えは…」


 ウルダ子爵家はリコッタ伯爵家の腰巾着で東部貴族の紐付きだという印象が強かったが、当主があれだから周りの連中に良いようにあしらわれてきたのだろう。

 あの弟の書記官も執事もそれには危機感を持っているように見受けられる。弟君を担いで州内の清貧派四貴族が後ろ盾になれば当主のすげ替えも難しくはない。

 思ったより簡単にウルダ子爵家は取り込めそうに思える。


「あの小さな娘。何故メイドなどしておる。…そう言えば其の方もメイドの様だが」

 後ろの席で三家の男爵たちが集まりリオニーを中心に議論を重ねていたが、エダム男爵がミシェルの様子を見てふと疑問を口にした。

「そう言えば今司会をしている娘もメイドじゃな。みなライトスミス商会の者の様じゃが」

 クルクワ男爵も今気づいたようにリオニーに問いかける。

「私はゴッダードの貧民街の出では御座いますが、セイラ様の下で読み書き算術の基礎から学びこうして一人前にしていただきました」


「獣人属は平民には教育をさせないのではなかったのか?」

「それは福音派の教えです。ブリー州の聖教会は全てに教室と工房が併設されていて、誰でも働きながら読み書きと算術を学ぶ事が出来ます。これも全てセイラ様がゴッダードで行ったことが始まりなのです。私は教室が始まった頃からセイラ様について行けた事が誇りです」


「しかし、洗礼を終えたばかりの子供の身で…」

「昨年、私はセイラ様とハウザー王国に赴きました。その地でセイラ様はサンペドロ州全域で聖教会教室と聖教会工房の設立に成功して、あの州は大聖堂以外の聖教会を全て清貧派の牙城に変えてしまわれたのですよ。私はすべてセイラ様の隣で見てまいりました。間違い御座いません」


 クルクワ男爵は考え込むとさらにリオニーに質問する。

「清貧派は市井の住人からこうして分け隔てなく才有る者を見出しているのかね」

「いま、経営陣と共に書類精査をしているルイスもミシェルと同じゴッダードの下町の出身です。それに法律顧問のコルデーもセイラ様がメリージャの貧民街から見出して採用されました」


「セイラカフェとか言う店のメイドは皆其の方達のようなものばかりなのか?」

「はい、皆ライトスミス商会の者で御座います。セイラ様の身の回り全てを取り仕切るグリンダメイド長の下で公文書・挨拶状の作成、経理・財務管理、護身術と護衛術と言ったメイドの一通りの知識と技能はシッカリと教育されております」

「…それのどれもがメイドの職能を通り越しておると思うのじゃがなあ」

 マンチェゴ男爵がポツリと言った。

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