第75話 出資者会議(1)

【1】

 株式組合の素案は形になり、主要出資予定者たちへの説明会が始まった。

 今までレッジャーノ伯爵領の紡績工場でレッジャーノ領とロマーノ領の紡績を行い収益を上げてきた。

 この工場を自己資本として州内全域に事業を拡大する事が目的だった。

 その為の資金集めとして出資者を募ることを提案したのだが、出資者に口出しさせないために相談を始めると株式会社の案が出てきたのだ。

(俺)的には当たり前の資金集め方法論だったが、この世界には存在しない画期的な方法だったようだ。


 若い三人は新しい試みに夢中になって取り組み、満足のゆく形に完成させた。

 私は背伸びし過ぎないように、ややもすると理想に走りすぎる彼らを堅実に軌道修正する事に徹した。

 コルデー氏やグリンダの助けもあって、法的にもしっかりした組織を立ち上げられる目処はたった。


 現在あるレッジャーノ家の工場に加え、パルメザンの街に事務所を開設する。

 因みにここの一階にはセイラカフェを、二階の一部にはライトスミス商会の事務所も併設される予定だ。


 そして本命は新工場の建設なのだ。そもそも投資の大半はそれに費やす予定なのだ。

 ここで今問題になっているのが建設場所なのだ。


 レッジャーノ工場は、登記上組合の資産に編入されている。その為のレッジャーノ家は既に株式の一部を所有している。

 更にはこの工場が領民の雇用も生み出すメリットが出ている。

 誘致に際しマンチェゴ男爵家とクルクワ男爵家が綱引きの真っ最中である。


「マンチェゴ領は、耕作地も広く麻の生産も多い。州の中央に位置しておるのでどの領地からもほぼ同じ距離で移動できる。設置には最適ではないか?」

「移動距離が、工場とどういう意味がある。我がクルクワ領も麻は生産しておるし」

 軍人上がりのクルクワ男爵は、領地経営に疎いようだ。


「父上、落ち着いてくださいまし。少し私の提案を聞いて頂きたいのです」

 マルゲリータ嬢が顔を赤らめながらクルクワ男爵をさえぎった。

「まずマンチェゴ男爵様に反論致します。輸送についてですが、クルクワ家は軍人の家。その為に領内から各領地に向かう軍用道路が整備されております」

「それが工場と···」

「父上!」

「···」

 近衛の元軍人も娘には形無しである。


「ほう、その軍用道路を流通に使うと言われるか」

「それに州の東北部に位置するので王都にも東部商人との取引にも都合が良いのです」

「そうなると工場の場所も限られて来るのではないのか? どこを考えておられる」

「クルクワ家の練兵場を考えております」


「えっ!」

 声をあげたのはなんとクルクワ男爵だった。

 マルゲリータ嬢は、父親の男爵に一切相談無く提案したようだ。

「マルゲリータ、聞いておらんぞそんな事」

 弱々しく娘に苦言を呈する男爵が哀れに思えてくる。


「それなら父上は、どこに工場を誘致するおつもりだったのですか? ちゃんと考えておられなかったでしょう」

「そっ、それは···」

「マルゲリータ様、男爵様を責めるのはもうお控え下さい。男爵様がお気の毒です」

 同じ父親の立場として(俺)としては男爵に肩入れしてしまう。

「すまぬ。セイラ殿。」

「いえ、それよりマルゲリータ様のお考えをお聞かせ願えないでしょうか」


「我がクルクワ領は、領地も狭く耕作地にも余り恵まれておりません。貧しい領地です」

 マルゲリータが続ける。

「おまけに父上もお祖父様も軍人一筋で領地経営には向かないこのような気性です。豊かになりようがありません」

 本当にこの娘父親に容赦ないなあ。

「お祖父様の頃は先代王に気に入られどうにかなりましたが、父親はその恩を感じて先代王太子に肩入れしてしまいました。その結果近衛兵の駐留を押し付けられた挙げ句、多額の軍事費を供出する羽目に陥り、更には近衛まで追われてしまいました」

「···しかしそれは、」

 男爵が口ごもる。


 私もマルゲリータ嬢の言い方には引っ掛かるものがある。

「それは男爵様の責任では、御座いませんよねェ。結果はともあれ男爵様の行いは、真っ当な事かと思いますが」

「その通りじゃ。あの頃は皆、王宮貴族どもに好き放題されるパルミジャーノ州の防波堤になってくれたのがクルクワ男爵ではないか」

 ロマーノ子爵も援護に回る。


「それは存じております。それでも母上がどうにか領内をまとめてくれたから良かったものの、騎士団の維持管理の為にリコッタ伯爵に借金までして造らされた練兵場と騎士団宿舎は今は無用の長物ですわ」

「すまないと思っている。挙句の果てにリコッタ家からお前の婿を迎えねばいけなくなったことも…」

「それを責めるつもりは有りません。私も納得して承諾したことですから。この婚礼で借金の金貨五十枚、利息も含めて金貨六十五枚が無くなるのです。これで組合に投資できればリコッタ家から我が家へは一切口出しさせません。婿が来ようと正当な直系領主は私なんですから」


 ああ、マルゲリータの思惑はここにあったのか。

 婚姻で借金をチャラにして、組合の経営で領地内の財布をしっかり握り入り婿とその実家に口を挟ませない為に必死だったんだ。

「それでも、其の方にも妻のマーガレットにも辛い思いをさせたと思っておるのだよ」

 クルクワ男爵は肩を落とし力無くそう言った。


 バゴン!!

 男爵の声に呼応していきなり部屋の扉が大きな音と共に開いた。

「何を勝手な事を仰っているのですか!!」

 女性の怒声が響き渡る。

 背に高い中年の女性が肩をいからせて部屋に入って来る。


「他の奥方様たちと邪魔にならない様にと隣でお茶を頂いてい居りましたがもう我慢なりませんわ。わたくしがいつ領地の仕事が辛いなどと申しあげました。旦那様、あなたのなさる事にわたくしがいつ異を唱えました。わたくしは貴方の軍人としての真っ直ぐなご気性に惚れて今までついて来ましたのよ。それを辛い思いをさせたなどとははなはだ心外で御座いますわ」

 もう誰か聞かなくてもわかる、クルクワ男爵夫人だ。

 大柄な体型も勝気そうな顔立ちもマルゲリータ嬢にそっくりだ。


「マルゲリータ! 貴女にも申す事が有ります。何を自分一人悲劇の主人公にでも成ったつもりですか? 愚かしい。貴女が今までそうして学問に打ち込んでいる間に貴女の父上がどれだけ苦渋を飲んで我慢してきたか。今この道を開くために耐え続けてきた事を知らないわけでは無いでしょう」

「それは、そうですが母上…」

「あなたはこのまま屈辱を飲んだまま旦那様が近衛に留まり続ける事を良しとしていたのですか? あの無作法な近衛が我が領内に留まり続けるのを是とするのですか?」


「わたくしは許せませんでしたよ。これ以上旦那様があの薄汚い近衛隊長に好き勝手言われ続けるのは! 領内であの無駄飯喰らいの近衛中隊がのさばり続けるのは! これ以上あの強欲リコッタ家から借金を重ねるのは! リコッタ伯爵の豚面を見続けるのは!」

 いや、一番最後のは只の好き嫌いだろう。


「待ってください母上。だから…だから提案です。せっかく作った軍用道路を活用する方法を、空っぽの練兵場を。それを提供して株式組合に投資します。それでクルクワ男爵領は変わる事が出来るんです。王宮貴族とのしがらみを断ち切るんです」

 マーガレット婦人もマルゲリータ嬢の魂胆が分った。

「空っぽの練兵場ならば居抜きで工場に致しましょう。建設資金を浮かすことが可能でしょう。軍用道路に直結しているなら倉庫や宿舎も使えそうですね」

「わかり申した。新工場はクルクワ領の練兵場のに譲りましょう。その代わり輸送業務は我が領内の者に任して頂けないじゃろうかな」

 どうにか骨子は出来上がった。

 後は出資者を納得させて金を引き出させるかどうかだなあ。

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