第74話 パルミジャーノ紡績組合(3)
【5】
一休みして広間に降りるとリカルドたち若者三人組にあっと言う間に取り囲まれてしまった。
組合の運営を担う三人の意気込みはまるで違う。
自分たちが新しい事を成そうとしているという自覚が有るので、その熱量は凄まじいものが有る。新しい事をなそうとしている若者の熱気は心地よい。
「セイラさん。組合の共同出資という考え方にも出資額に応じた利益配分についても納得できるのだが、出資者と運営者を切り離すやり方は異論が出ないだろうか」
「しかし出資者が口を挟み過ぎれば、組合が出資額の多い者の私物化してしまうぞ」
「そうよ。無能な出資者が口を挟めば組合は崩壊してしまうわ。特にリコッタ家の口は封じなければ…」
一部メンバーに私怨が混じっているのが気にかかるのだが…。
当面領内七貴族家に出資を募り、リカルド達三人が経営者として組合を運営してゆく方針は決まっている。
ライトスミス商会は状況に応じて出資も検討するが、補佐役として誰か経営陣に送り込むつもりでいる。
個人的にはエドを送り込みたいのだが、あの怠け者はゴッダードのセイラカフェから動こうとしない。当面ルイスかリオニーをつける事を考えているのでディスカッションには常に参加させている。
「マルゲリータ様。出資の総額は上限を決めた方が良いのではないでしょうか。過剰に出資されても、結局不良在庫を持つことと同じになるのではないでしょうか」
「リオニー。良い所に気付いたわねえ。活用するしないに関わらず配当金は発生するのだから不必要な資金は断る方が良いかもしれないわね」
「マーゴの言っている意味がわからない。資金は有ったに越したことが無いだろう」
「ジョゼッペ様。こう考えては如何ですか。ジョゼッペ様は一ファロの畑を持っているとしますよ。そこに植える麦の株をみんなから分けて貰うのですよ。麦一株に付き一株の収穫の一割分を報酬としてね。一ファロに植えられる麦の株は決まっています。過剰に株を譲り受けても植えられませんよね。でも譲り受けた以上は報酬は払わねばならない。わかりますよね」
「余分な株は腐れせちまうが報酬は出さなきゃならない。そんな事にならない為に、まず俺たちの畑の広さを見極めようじゃないか。ピーノ、マーゴ今夜は徹夜してでも完成させる。リオニーも頼りにしてるぞ」
「リカルド様、俺も手伝います。リオニーだけに良い所を持っていかれてなるもんか、俺も加えてください」
ルイスが勢い込んで申し出た。それを聞いてミシェルも身を乗り出す。
「あの、わたしも母より経理のお仕事は教えられてきました。何か力になれる事はあると思います。無理でもせめてお茶のお給仕だけでもお命じ下さい」
「お嬢さま。私どもはいかがいたしましょう」
「グリンダ、コルデー。二人は待機です。若い人たちが新しい事を始めようとしているのですから、若い人に任せましょう。その結果を私たちで吟味致しましょう」
「なあ、セイラさん。若い者って俺たちの方がずっと年上なんだけどねえ。ねえグリンダさん、俺あなたより年上だよねえ」
「まあ、ジョゼッペ様。そう仰らず、私たちが資料の全てを精査いたしましょう。トライアンドエラーを繰り返してより完全なものに近づけてまいりましょう」
まあ見た目は子供、中身は…の(俺)としてはなんとも面映ゆいのだが。
やはり口出しをするより、彼らが何を作るかを見てみたいのだ。
それならば同じおっさんであるコルデー氏と共にアドバイザーとして直接の参加は控えさせてもらおう。
それにグリンダは私の影響を受けすぎている。私が鍛えたがその分思考が似かよってしまっていると言うか、私の思考を先読みできる頭の持ち主ではあるのだが…。
「さあみんな、夕食までの間の時間が勿体ないわ。少しでも進めてまいりましょう」
マルゲリータの号令で他の五人が動き出した。
次々と算盤が取り出され、黒板が引き出される。
チョーク箱が積み上げられ、紙の束が大量に持ち込まれてくる。さすがに紙は無駄にできないが。
紙の大量生産は出来ないものだろうか。
黒板一杯に大量の数字が書き込まれて、算盤の音が響き渡る。やはり算盤の扱いにはミシェルとルイスの方が一日の長が有る。
リオニーに至っては年季が違う。早さも正確さもまるで違う。
それでも計算速度や計算の大変さがもどかしい。
表計ソフトとまでは言わないが関数電卓くらいは欲しいがそれは無理と言うものだろう。
夕食までの時間、私たちは算盤玉の響きとチョークの粉に紛れて過ごす事になった。
【6】
夕食の頃にはロマーノ子爵も到着し、クルクワ男爵も参加していた。
組合創設推進派の四家が揃ったのだ。
食卓の上には豚の丸焼きが饗されている。
それに添えて玉ねぎの甘酢添えやコールスローサラダなども盛られゴッダードの影響も感じられる。
豚肉が名物ならトンカツなんかも広めても良いかなあ。
冷しゃぶも良いかもしれない。豚肉の野菜蒸しなんかもいけるかなあ。名物になるかなあ。
セイラカフェパルミジャーノ州支店の開店も目論んでリオニーを連れてきたのだから。
しかしこうして四貴族家の当主が揃うと壮観である。
やはり一癖も二癖もある顔が並ぶ。
「ロマーノ子爵様、クルクワ男爵様はじめてお目にかかります。ライトスミス商会の商会長を務めておりますセイラ・ライトスミスと申します。宜しくお願い申し上げます」
「おお其方がうわさに聞くセイラ殿か。お会いできて光栄じゃ」
「娘から色々と聞かされておるが、お会いして初めて実感し申した。その年でその風格は末恐ろしい限りじゃな」
「恐縮でございます。ところでロマーノ子爵様。州都のパルメザンでもセイラカフェの開設を考えております。この地方の名物料理やお好みの味を教えていただけませんか」
「わしらに気後れもせず、早速の商談とは恐れ入る。なかなか老獪な娘さんだのう」
夕食の宴では私は領主達との顔繫ぎと商談を進めた。領主たちも特に組合の運営には触れず歓談が続いた。
さすがは百戦錬磨のおっさん達である。組合運営の進展は気になるはずだがおくびにも出さない。
自分たちの事を棚に上げて(俺)の事を老獪とか言えるのか?
そんな会話を進めていると、若い連中はそろそろ焦れてきたようだ。
「父上。いえ、皆様聞いて頂きた事が有るのです」
リカルド氏が口火を切った。
「今日俺たちで話し合って、この運営の仕組みを株式組合と名付けたんだよ」
ジョゼッペ氏が話を続ける。
「セイラさんのお話を聞いて、思いついたの。出資額の単位を麦の株に例えて、一株二株と言う事にします。それで一株を金貨一枚、今回は二百株の出資を募ります」
「それだけで良いのか。まあ、やりようは有るがもっと出資を募る事も出来ると思うが」
「今回はこれ以上出資は募りません。これ以上出資されても今の俺たちでは運用が出来ませんから」
「それならパルメザンの街で…」
「おじ様、出資者に経営には口を挟んで頂きたくありません、と言うか口を挟むのはお断りいたします。私たちが出資者に求めるのは最低限の出資だけ、それに対して契約に準じた利益配当を行います。出資に対して返金は行いませんが組合が続く限り利益率に対する配当を保証いたします」
「それが株式組合の設立条件なのか? しかし利益配当が正当であると誰が保証できるのじゃ? わしらが健在の間であれば其方らを信用もしようが、他の出資者は納得させらのか? 今後とも信用を維持できるのか?」
「経営収益や収支決算は正確に作成し公表します」
「その内容を信用できぬと言われた場合はどうする? それにもしもじゃ、その方らが経営を失敗した場合はどうとする?」
「まだまだ、当日までに検討すべき事柄は有りそうじゃな」
「商法や税法関連の詳細はコルデーやグリンダに任せて頂けないでしょうか。半月後の出資者会議まで時間は有ります。バックアップは私たちが全力で致します。専門知識が無ければ実現は難しい部分も多々ありますので。その代わり経営陣の皆様方には、当日までの時間を使ってしっかりと財務基盤の算出と経営方針の決定をお願い致します」
果たして当日までに株式会社の形は出来上がるのだろうか。
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