第73話 パルミジャーノ紡績組合(2)

【3】

 私がレッジャーノ伯爵家に着いた時にはマンチェゴ男爵家・ロマーノ子爵家・クルクワ男爵の三家の関係者が集結しもうすでに検討にかかっていた。

 レッジャーノ家を含めてこの四家が紡績組合の中核となる貴族だ。この時期に集結しているという事は気合の入れようが今までと違うという事だ。


 レッジャーノ家の長男リカルド氏を中心ロマーノ子爵家とクルクワ男爵家の跡継ぎ二人が経営者として組合の開設に携わっている。

 元外務官僚で政務や法務にも詳しいマンチェゴ男爵が相談役として参加していた。

 私たちは財務関連の支援を求められて来訪した。

 私はこの組織に法的な裏付けと公認が欲しいのでコルデー氏を伴っての出張だ。


 コルデー氏は他国民とはいえ法律の知識も政治の知識も有り、貴族としての行動も弁えているので助けになる。

 なにより貴族特有の言い回しや暗喩に通じている事が嬉しい。

 お母様でさえもその辺りの細かい事まで理解するのは難しいと言うのだから。


 今回は長期滞在になるので、メイドはグリンダとリオニーそしてミシェルも経験を積ませるために連れてきた。セイラカフェはメイドのローテーションをしており、リオニーの代わりにルイーズとフォアがゴッダードからメリージャへ移動している。

 コルデー氏の補佐と御者もかねて今回はルイスもついて来ている。

 全部で六人の大所帯になってしまった。


「おお、よくぞ参られた。セイラ殿、遠路お疲れであっただろう」

「レッジャーノ伯爵様。お久しゅうございます。わざわざの出迎え恐縮でございます」

「このお方がセイラ殿か、お初にお目にかかる。ペドロ・デ・ラ・マンチェゴと申す。これからもお見知りおき願いたい」

「これはマンチェゴ男爵様。もったいなきお言葉有難うございます。セイラ・ライトスミスと申します」


「セイラさん、お待ちしておりましたよ。あなたから預かった書類はしっかりと読み込んで吟味させていただきました。それで借入債務についてもう少し聞きたいことが…」

「ピーノ。セイラさんはまだ挨拶の途中じゃないの。もう少し弁えなさい。それでなくても長旅で疲れているのだから、お付きの者たちも共に、先に部屋で一休みしていただきましょう」

「マーゴ。お前は何を俺の屋敷で仕切ってるんだ。いつからここの女主人になった」

「リコが気が利かないから私が代わりに言ってあげてるの! そもそもここは伯爵さまのお屋敷であなたは息子じゃないの。俺の屋敷ってどういうことなの」


「ハハハ、若い者たちが失礼してしまった。出来れば後ろの御仁も紹介していただけないだろうか」

 伯爵に促されてコルデー氏を伯爵の前に呼び寄せる。

「ご紹介が遅れてしまいました。私の法律顧問をお願いしておりますチャールズ・コルデーです。ハウザー王国の法政局の出身で、ハウザー・ラスカル両国の法律に通じております」

「始めまして、レッジャーノ伯爵様、マンチェゴ男爵様。チャールズ・コルデーと申します」


「ハウザーの法政局にお勤めであったか。それは優秀な方のようじゃな。…そう言えば前々任の法務大臣がコルデー伯爵であったと記憶し得おる。今の法務次官がコルデー家の長男ではなかったかな。…コルデーという事は…それは無いか」

「ええ、ハウザーの南部州では伯爵家にあやかったコルデー姓は多うございます。特に法曹関係で職に就く者はコルデー姓を名乗る者が特に…。それにしても男爵様はよくご存じで御座いますね」


「なに、先代の国王の随行で外務使節の末席に加わっておってのう。一度ハウザーの王都にも赴いたことが有る。外務庁通りのポルト酒は旨かったと記憶しておるよ」

「それならば政務局通りのブランデーの入った物も旨うございますよ。入手できればぜひご融通致します」

「それはそれは、有り難い。是非良しなにお願い致したいものじゃ」


「それではセイラさん。一休みしていただいて、夕食の前に一度お話がしたいのです。声をお掛け致しますから、その時は宜しくお願い致します」

「本当にお前たちは…。セイラ殿気にせずゆっくりくつろいでくれたまえ」

 私たちは伯爵家の執事に連れられて各々の部屋に分かれて行った。


【4】

 私にはメイドの支度部屋がついた大きな部屋を用意してくれていた。

 コルデー氏とルイスは事務机付きの一部屋を二人で使うようだ。


 あてがわれた私の部屋でお茶を飲みながら打ち合わせを行う。

「マルゲリータ様は教導派のご家庭のお生まれのようですね。あの口ぶりでわかりました」

「良く判りますねえ」

「ええ。不快とまでは申しませんが、獣人属は召使程度という感覚は、レッジャーノ伯爵様やマンチェゴ男爵様とは違っておりますな」


「そのマンチェゴ男爵様はどう感じました」

「獣人属を同等に評価しているものの、その分曲者と申しましょうか。なかなかに手ごわい御仁であるとは感じましたね。教導派貴族のように見下されている方がこちらとしてはやりやすいのですが、お嬢様も私も同等に評価してい頂いている分、つけ入る隙もありませんね」

「それは私も感じました。おっとりしたレッジャーノ伯爵と比べて鋭い御仁とは思いましたが、味方になれば頼りになるお方だと思うのですが」


「それは利益次第でしょう。なかなか食えないお方だと思いますよ」

「やはりあのポルト酒のお話は意味が有るのですね」

「良く外務畑の人間は利益を酒に例えて話すのです。ただのワインでは無くてずっと度数の強いポルト酒は利益が多かったと言う事ですな」

「前国王の外交顧問でハスラー王国から大きな利益を得たと?」

「ええ、酒精強化ワインは普通のワインより度数が強い南方の酒です。すなわちは南方のハスラー王国で利益を加味された取引が出来たので同等の利益を期待していると」


「それであなたの返事がブランデーですか」

「ええ、法務知識でも納得いただけるように利益を加味して差し上げましょうと返しておきました」


「セイラお嬢様。それはやはりコルデーさんの実力を探る謎かけでもあったのでしょうか」

「そうね、リオニーの言う通りその意味も有ったのかも知れないけれど、あの男爵様は初めから見当を付けていたと思うわ」


「…お嬢様。何故そうお思いになられました? 私もコルデーに”法務は出来る様だが外務は解るのか”と言う意地の悪い問いかけだと思ったのですが」

「グリンダの言う通りその意味もあったのでしょうが、法律家でコルデーと言う苗字ですでに鎌をかけてきたのだと思いますよ」


「やはりお嬢様もそう思われましたか」

「ええ、法務大臣や法務次官の名が出て狼狽もせず淡々と答えたあなたの様子を見て目が光っておられましたもの。タフネゴシエーターと思われたのでしょうね」

「そう思われれば光栄ですな」


「お嬢さま。そこまでわかっているなら、狼狽した風を装うっても良かったのでは? この後の交渉が楽になったかもしれないのに」

「ルイス。それは時と場合に依るよ。まず相手が勝手に判断して見下してきた場合は淡々と対応すればいい、後は相手が勝手に自壊してくれる。相手が罠を張ってきた場合などはルイスの言う通りで良いだろう。でも今回の場合はそうじゃない。俺たちが交渉に足る人間か見定められているんだよ」


「そうね。相手がこちらを見定めようと真摯に向かってくるのならば、こちらも真摯に対応しなければいけないわ。この場合は甘く見られれば相手との信用を築けない。自分を偽る人間を信じる事は出来ないもの」

「そう言う事だ。この俺もお嬢さまに初めて会った時にその事を思い知らされたんだよ。子供だと舐めてかかって店に行ってみれば、並の商会主や下級貴族等及びもつかない様な応対ぶりとその行動で打ちのめされて帰った」


「それは持ち上げ過ぎですよ」

「そんな事有りません。あの時のセイラお嬢様の所作やお話は素晴らしいものが有りました。それこそ下層の方でも解るように、しかも身分に関わらず真面目に対応なさるそのお姿が私の手本になりましたもの」

「ああ、俺もあの姿を見て家族をあんたに託そうと思ったんですよ。だからあの夜全てを曝け出してあんたに会いに行った」


「ルイス、ミシェル。あなた達も良く学びなさい。お嬢様はいつも騙したり偽ったりは致しません。ありのままで行動して、侮った物が勝手に墓穴を掘るのですよ。でもね、それは侮った者が悪い。真摯に対応してくれる方はちゃんと見えているのです。今日ここに集まっている貴族の方々はそれが判っていらっしゃいます。でもこれから集まって来る方々はどうでしょうか。あなた達もよく見極めて対応なさいませ」

 グリンダが全てを締めくくった。

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