第4話 女子上級貴族寮
【1】
新学年を前にして王立学校の女子上級貴族寮は混乱の極みに達していた。
もちろん新学年が始まる二週間前なので寮生は殆んど、いや二人しか居なかった。
その二人よりもむしろ王立学校の講師や寮監や職員たちが混乱していたのだ。
誰より早く帰寮したファナ・ロックフォール侯爵令嬢のもたらした情報によって。
そして自分のもたらした情報に振り回されているファナ・ロックフォールは機嫌が悪かった。
さらにもう一人機嫌の悪い令嬢が居た。
「いったい何を企んでいたのかしら、ファナ・ロックフォール! いきなりクオーネに使いを寄越して直ぐに王立学校に帰れとは、あなた何様のつもりかしら。この私に偉そうに命令するなんて、あなた随分と偉くなったものかしら」
「仕方が無いのだわ。国家の一大事なのだから、貴女も協力すべきなのだわ。これは私も予想外の事だったのだわ」
「ファナ様。来る前にお話しした事、お忘れですか?」
「分かったわよ、分かったのだわ。私が悪かったのだわ。王女殿下の留学の時は補佐役の派遣を頼んでおいて、あなたの頭越しにハウザー王国の王族留学の話を進めたのは私の落ち度なのだわ。こんな事になって貴女に頼るのは迷惑だろうけれど、協力して欲しいのだわ」
「…ファナが謝っているのかしら。…別に、私はハウザー王国との交流は吝かでは無いかしら。ましてやハウザー王家関係者なら、粗相が有っては国の威厳を損なう事になるかしら。協力は惜しまないかしら」
獣人属絡みも有るかもしれないが、面倒見が良くてお人好しなヨアンナはすぐに機嫌を直して協力を申し出てくれた。
「そもそも事の起こりはどういう事なのかしら。ハウザー王家が三つ巴の権力争いをしている事は、ゴルゴンゾーラ公爵家でも掴んでいるのだけれど、今回の件を見る限りロックフォール侯爵家はサンペドロ辺境伯派閥に肩入れすると言う事で良いのかしら」
「その通りなのだわ。同じ国境を預かる大貴族として政治的な安定はお互いに利益が有るのだわ。それにそもそもはサンペドロ辺境伯家から持ちかけられたことなのだわ」
ファナの話によるとはじめはゴッダードかロックフォール侯爵家への遊学という形での王子たちの避難を打診されたそうだ。
それをファナが王立学校への留学という形で根回しを始め、ロックフォール侯爵家も秘密裏に王宮に働きかけを行って来た。
それが今年の春から夏にかけての一連の事件で、リチャード殿下の求心力が急速に落ちた…というよりもジョン殿下が頭角を現したことにより国王陛下が焦り始めた。
ヨアンナはジョン殿下の婚約者でもあり、ゴルゴンゾーラ公爵家は王妃派と見られている。
それならばと、南部貴族に取り入るべくイオアナを取り込みにかかったが、リチャード殿下のあの失態である。
その穴を埋めるべく急遽手配したのが交換留学の話だった。
もともとエヴァン王子の留学の話は進んでいたのだが、そこにエレノア王女の交換留学を併せて、王妃殿下とハスラー聖公国への牽制に使おうと画策しているのだろう。
「まあありがちな話かしら。政治向きのことは父上やロックフォール侯爵伯父上に任せて私達は受け入れの地均しをする必要があるかしら」
「ヨアンナ様、地均しではなく根回しでは…」
「地均しで良いかしら。この際、邪魔な雑草は根っこから引き抜いてローラーをかけてやるのだわ。私のメイドたちに嫌がらせをした者たちに目にもの見せてくれるかしら」
「なら私とヨアンナの部屋割りを変えるのだわ。私とヨアンナでエヴェレット王女の部屋を挟み込む構成にするのだわ」
「それなら近くにカロリーヌの部屋を配してはどうかしら。ついでにユリシア・マンスールを日の当たらない北の端に移動してクラウディア・ショームは西日の良くあたる南の端に…」
「そこは備品倉庫とリネン室でしょう! そもそもあの二人は二階で、ヨアンナ様とファナ様は三階じゃないですか。さすがにそれは嫌がらせが過ぎますよ」
「異国の王族を迎えるのだから四の五の言わせないのだわ。あいつらがエレノア王女たちを送り出したのだから、その報いを受けても文句は言えないのだわ」
この二人、エヴェレット王女の留学にかこつけて、我欲と私怨を満たすつもりなのだろう。
【2】
まあそんなゴリ押しが通るはずも無く、エヴェレット王女殿下の両隣をファナとヨアンナが押さえて、向かいの部屋を現役
伯爵家の子女は主に一・二階の部屋が割り当てられているが、三階は王族と二大公爵家、そして侯爵家の子女が使用する。
その三階に現役の
爵位はともかく王立学校内で、今校長に次いで位の高い者がカロリーヌなのだから異論は挟めない。
家格で言えば校長よりも上になるかも知れないのだから。
モン・ドール侯爵令嬢とイオアナ・ロックフォール侯爵公爵令嬢が卒業し空いた部屋を部屋割りを変えてエヴェレット王女殿下を含めた四人で組み直したのだ。
三階には最上級生はカブレラス公爵令嬢と東部の侯爵家令嬢が一人、新入生は北西部の侯爵令嬢が一人、北部の侯爵令嬢がそれぞれ二人入ってくる。
北西部のコルビー侯爵令嬢はヨアンナの向かいに配し左翼を清貧派貴族で固める。
一番の問題はカブレラス公爵令嬢だ。
実家の力がある訳でも無く、特に目立った人でも無いが、形骸化しているが継承権を主張できる公爵家の令嬢である。
宮廷官僚の家系なので、一般的な北部思想の持ち主だろう。
露骨に表には出さないだろうが、獣人属蔑視で平民軽視の言動をナチュラルに発してしまいそうな人である。
大した悪気も無くそういう言動が体に染みついているのだ。
そして東部と北部の侯爵令嬢三人をその周辺に配して、右翼が教導派系大貴族という並びになった。
ただカブレラス公爵令嬢がカロリーヌの隣、エヴェレット王女の斜向かいに位置する事になる。
左翼に清貧派貴族を押し込んだため、右翼には三部屋空き部屋が有るのだが、最上級生のそれも公爵令嬢に、さすがのヨアンナも部屋を移動しろとは言えないようだ。
その結果ヨアンナとカブレラス公爵令嬢の隣の部屋は両方とも空き部屋でその向こうに北部と東部の侯爵令嬢が入る部屋が続く。
カブレラス公爵令嬢の部屋は左翼の中に飛び地のように取り残されたようになってしまった。
本人はおっとりした人ではあるが、この状況を王妃派や国王派の上級貴族がどのように考えて、動くか考えると頭が痛い。
良くも悪くもカブレラス公爵令嬢は使い勝手の良い駒になる人だ。
この人が巻き込まれて何かトラブルの種になりそうな気がして仕方がない。
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