第3話 王女殿下

【1】

「そうだな。筆頭はもちろんエヴァン・ウィリアムズ王子殿下だな。そしてエライジャ・クレイグ、エズラ・ブルックス、エヴェレット・サンペドロの三人が随員だ」

「肩書きはどうなっているのですか? 三人とも実子なのですか?」


「ハウザー王国では実子、庶子と言う区別はあまり意味が無いがな。まあ全員相続権一位か二位の実子だ。おっと、エヴェレット殿下は相続権は四位であったか」

「その三人も王宮の陰謀に巻き込まれるのを嫌って逃がしたと…! 今エヴェレット殿下って言いました?」


「ああ、エヴェレット王女殿下だ」

 この女何をサラッと爆弾発言をしてやがる!

「王女殿下? でもエヴェレット・サンペドロと言いませんでした?」

「ああ、言ったな。言った言った! エヴェレット王女殿下はエヴァン王子殿下の双子の妹君だ。そもそも福音派聖教会では双子は忌諱されているのでな。まあ迷信ではあるが、形式的にサンペドロ辺境伯家が引き取った形にして公ではサンペドロを名乗っているが、それが如何した?」


「聞いて無いのだわ! 王女殿下が居るなんて!」

「そんなはずはない。王位継承権第二位と第四位の者を送るといったではないか」

 形式上ではあるが、平等主義を標榜する福音派のハウザー王国は、女性に継承権が認められている事をラスカル王国側は知らなかったのだ。

 それに歴史上もハウザー王国で女王が即位した事実はないのだから気付けという方が難しいかもしれない。


「エヴェレット・サンペドロの名は先に連絡しておったぞ。エヴェレットは女の名ではないか」

「それが男の名か女の名かなんて、知ったこっちゃないのだわ。そもそもエヴェレット・サンペドロは騎士と聞いていたのだわ。王子殿下を含めて全員が騎士だと聞いているのだわ」

「ああ、四人とも騎士資格を有しておるぞ。なにせサンペドロ辺境伯家は武門の家系であるからな」


「…女騎士などラスカル王国にはいないのだわ…」

 その可能性にも考え至らなかったのだろう。

 しかし、今眼の前にいるヴェロニクは辺境伯令嬢で、次期当主に一番近い跡取りで、その上に騎士でもある。

 それと同じような立場のハウザー王族がいてもおかしくはない。


「ファナ様、留学生の宿舎はどうなっているのですか?」

「騎士団寮に用意されているはずなのだわ。たしかリチャード第一王子殿下が使っていた部屋とその周辺を確保していたはずなのだわ…」

「おおそれは良いな。騎士団寮が有るのか、なら寮内に訓練場なども有るのかな? 私も随員として滞在するであろうから、ラスカル王国の騎士候補と手合わせをしてみたいものだ。まあ、私に勝てるものは学生風情にはいないであろうがな」


 何気にこの虎女、王立学校の騎士団寮に住むつもり満々なんだろう。

「ヴェロニク様、ラスカル王立学校の騎士団寮は女子は住めません。そもそもラスカル王国に女性騎士はおりません」

「はー? 女騎士がおらずに、貴婦人の護衛は如何するのだ。それこそ継承権を持つ王女殿下の夜間の護衛などできぬでは無いか」

「ラスカル王国の王家は女子の継承権は認めておりません。ですから貴婦人の身辺警護はセイラカフェメイドの様な者が重宝がられておるのです」


「しかし騎士団寮に入れぬならいかがいたす。エヴェレット様はハウザー王国の王女殿下であるぞ。生半なところにはお通しさせられぬ。ラスカル王国の王族女性はどうしておるのだ」

「女子の上流貴族寮に入寮する事になるのだわ…多分、エヴェレット殿下も」

 結果的にそうなるだろうが、あまり良い結果を招きそうな気がしない。


「ヴェロニク様、例えばです。ハウザー王国のそういう上級貴族用の女子寄宿寮に、人属の上級貴族が入寮すればどの様な事になるでしょうか?」

「ハウザー王国には人属の上級貴族などおらんし、寄宿寮を貴族の身分で分ける様な事は無いが…。あえて言えば、上級貴族はその人属を小間使い代わりに使おうとするだろうな…って、それは大問題だぞ!」

 やっと気づいたか、虎女!


「そのエヴェレット王女殿下とはどういう方なのでしょうか。性格とか考え方とか…」

「そうだな。プライドの高いお方だ。口は悪いが武人として孤高であろうと努めておられる。ラスカル王国の騎士どもには負けぬと仰られてな。少々脳筋ではあるが王立学校での腕試しを楽しみにしておられた。どちらの血筋に似たのか、割と傍若無人でな。あ、そうそう甘いものがとてもお好きでな。王族としては少々口卑しいところも有るが、それも愛嬌ではあるがな。ただ一つ欠点が有ってな。割と短気で短慮なのだ」

 ただ一つって、言いながら二つ上げてるだろう。それに今あげた中に欠点以外の物が有ったのか? 誰の血筋って、どう考えてもサンペドロ辺境伯家の血筋だろう。

 あんたを丸々コピーしたような王女殿下と言う事だろう。


「仕方御座いません。クロエ様にお願いして王女殿下付きメイドでナデタをまわして貰いましょう。ライトスミス商会からフットマンを一人ずつ、王子殿下にはカンボゾーラ家からパブロとカタリナ修道女を手配いたします」


「私は早急に王立学校と宮廷に連絡を入れて、取り敢えずお姉様の使っていた部屋を確保して貰うのだわ」

「パブロとナデタに指示を入れて、メイドやフットマンたちとはファナタウンで合流して貰いましょう。私たちは急いで王都に戻って、準備と根回しを」


 上級貴族令嬢たちを押さえる為の根回しが必要だ。

 特に最上級生にはアントワネット・シェブリ伯爵令嬢がいる。それにカブレラス公爵令嬢やシモネッタの異母姉に当たるジェノベーゼ伯爵家令嬢もいる。

 癪に障るが教皇派の令嬢たちに根回しをして、他の令嬢たちの反発を押さえさせねばならない。

 特に王妃殿下派になる令嬢たちが一斉に反発するであろうが、こちらの対策も頭が痛い。


「私も特使としてラスカル王宮と国務省に赴いて対応を願いでるが、ゴルゴンゾーラ公爵家に口を利いて貰えんのか?」

「ああ、ヨアンナなら事情を知れば動くのだわ。ただ…少々都合が悪いのだわ」

 まあそうだろう。

 ヨアンナの頭越しにハウザー王国絡みの案件を進めているのだから、きっと怒ると思う。


「そこはファナ様にお任せ致します。宮廷絡み、政治絡み、大貴族絡みの問題は私には荷が重すぎます」

「それは…確かにそうなのだわ。でもきっとよアンナが怒るのだわ」

「ヨアンナ様の事ですから、誠実に謝って助けを求めれば、親身になって動いてくれますよ」

「それは…。仕方ないのだわ。こんな事でヨアンナの不興は買いたくないのだわ。しっかり頭を下げて頼めば、獣人属絡みの案件だし助けてくれると思うのだわ」


 とにかく早急に取る物も取り敢えず、私たち三人は最短の船に乗って王都に向かった。

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