第2話 ハウザー王宮の事情
【1】
ゴーダー子爵邸は急にサンペドロ辺境伯の御令嬢が来ると言う事で、パニックになりかけていた。
私がそこまで気を使う相手では無いと言っても、そう言う訳には行かないのだろう。
結局、お忍びで単身密談に来られたので、派手なもてなしは控えると言う事で一段落した。
ヴェロニクなど甘いものを食べさせておけば満足なのだから。
取り敢えず接待用にハバリー亭からパウンドケーキやスコーンやフィナンシェやらを大量に取り寄せて、キッチンでホットケーキやフルーツサンドの用意をさせて待機する。
ファナが到着するのと相前後してヴェロニクもやって来た。
到着した二人とともに応接室に行く。
水出しコーヒーにアーモンドプードルを混ぜた生クリームとガムシロップをたっぷり入れてヴェロニクに出す。
ファナはその横で渋い顔をしてブラックのホットコーヒーを飲んでいる。
「何なのだわそれは。コーヒーの本場の人間にしてはあるまじき行為なのだわ」
「何を言うか! これはエヴァン殿下が命名された、由緒正しきアーモンドハウザーコーヒーだ。其方も知っておるだろう」
「ええ、ええ、お子様の飲み物なのだわ」
「そのお子様の味覚のエヴァン・ウィリアムス王子殿下が来られるのでしょう。ファナ様が招聘されたとかお聞きしましたが」
「あら、ついに知ってしまったのね。王城から出られないとお嘆きの様だったから誘ってみた迄の事だわ。招聘などと大それたことはしていないのだわ」
「でもそれをラスカル王家に持ち掛けたのはロックフォール侯爵家で出立の根回しをしたのはサンペドロ侯爵家では無いのですか? 両家の意図は紛争の回避だけなのですか? 違うでしょう、他にも意図が有るのでしょう」
「それはセイラ・ライトスミスの考えなの? さすがは情報通のセイラ・ライトスミスなのだわ」
そう言うファナの横顔を苦い顔で聞いていたヴェロニクが口を挟んだ。
「これからお前には色々と世話になるだろうから説明しておく。そもそもはハウザー王国のお家事情が発端だ」
ヴェロニクが重い口を開いて説明を始めた。
ハウザー王国の王家もラスカル王国と同じような事情を抱えている様だ。
いや、状況はもっと悪い。
婚姻に規制の少ない福音派の教義では重婚が認められている為、全ての子供に継承権が有り、長子相続が基本となっている。
現在の国王には正妃と二人の側妃が居る。
それぞれ生家の力によって正妃が公爵家、側妃は侯爵家とサンペドロ辺境伯家から出ている。
そして公爵家の正妃が長男と三女を、サンペドロ辺境伯家の側妃は長女と次女と次男と五女を生んでいる。
侯爵家出身の側妃は四女と三男を出産した。
子供の数を見ても国王に一番愛されているのがサンペドロ辺境伯の妹、ヴェロニクの叔母に当たるヴィクトーリア側妃である。
そして原則は長子相続と言いながら、第一王子は暗愚で粗暴な上癇癪持ちで宮廷内の評判はすこぶる悪い。そのお陰で第一王子を支持している公爵家が勢力をかなり落としているほどだ。
それに対して第二王子の評判はとても高い。特に洗礼式以来、母のヴィクトーリアの補佐として宮廷政治に意見を出来るほどに優れているのだ。
そして第三王子は洗礼前ではあるが、南部の農奴農園の力を背景にする侯爵家の後ろ盾も有り宮廷内でかなりの勢力を誇っている。
そして国王は病弱な上に優柔不断な性格で、王位継承について王太子の任命を決めかねているのだ。
原則通り長子相続をさせると、公爵家以外の貴族からの指示を失う。何より第一王子では王として国が立ち行かない。
第三王子を指名すれば、幼い王子は南部貴族に取り込まれ傀儡になってしまうだろう。
かと言って第二王子を指名すると清貧派の影響が強い北部貴族を嫌う福音派聖教会が異を唱え宮廷が混乱する。
その結果王宮内では陰謀が渦巻き貴族派閥同士の疑心暗鬼がやがて暗殺にまでつながる伏魔殿と化した。
正妃の父の前公爵は襲撃を受け重傷を負い、第二王子の周辺でも、招待を受けて王城から至近距離の候爵邸に向かう馬車が盗賊に襲われると言う事件が発生した。
そして第三王子の乳母は毒殺された。王子の食事の毒見をしたためだ。
現状を憂いだヴィクトーリア側妃は長女を北部の伯爵領に嫁がせるとともに、第二王子を安全の為国外に出す事を考えたのだ。
その状況でファナの提案は渡りに船だった。
実家のサンペドロ辺境伯家を介してロックフォール侯爵家に働きかけ、この一年で留学の根回しを進めたいたが、七月の末になっていきなりラスカル王国から交換留学の提案がなされたのだ。
願っても無い条件である。
話は瞬く間に進みエレノア王女殿下の受け入れと入れ替えにエヴァン王子殿下が王宮を立つ事になったのだ。
「そう言う事で、安心しろセイラ・ライ…カンボゾーラ。エレノア王女殿下たちの安全はサンペドロ辺境伯家が責任を持って確保してやる。そう言えばファナ・ロックフォール、其方の言っておったファナクレープを未だ食しておらん。遠路はるばる来た客人に饗応して貰いたいものだな」
「取り敢えず現状は理解できたでしょう、セイラ・カンボゾーラ。エヴァン王子殿下の受け入れの準備のために早急に手を打つ必要が有るのだわ。特に留学メンバーやお付きの人員の詳細は知っておかねば準備も出来ないのだわ」
「それは其方のクレープを食してからだ。まああれだ、人選的にはラスカル王国の留学生の状況に合わせて人選すると言う事だったので、留学生は殿下を入れて四人だ。皆同い年で、北部国境付近の領地の我が家と縁の深い一族の者ばかりだ。安心しろ」
しかしこの虎女はここに来てからも厚焼きのホットケーキを一枚たいらげて、スコーン、パウンドケーキ、フィナンシェと次々に食べ進んできている。
更にこの上ミールクレープまで要求するとは。
「それで留学生が四人と他には随員は? 宿舎の確保や準備する物も有るので教えてください」
「ラスカル王国の留学生は四人で、メイドも四人。護衛騎士が二人に治癒聖導女が着いていたな。全部で十一人だったな。うん、それなら私が護衛の隊長だ。ハウザー王国も留学生は四名だ。そうだなそれぞれにサーヴァントも必要だ。あと一人はどうしよう」
なに、その行きあたりばったりの人選は?
「それは留学生とあなた以外決まっていの意と言う事なの? いったいどうするつもりなのだわ」
「そうだな、セイラ・ライトスミスにでも頼んでサーヴァントの手配をして貰おうか、なあセイラ・カンボゾーラ。ついでに治癒系の聖職者も都合をつけてくれ」
それを私に振るか! 居酒屋のオーダーでも頼むように簡単に言いやがった!
こいつら二人とも厄介事は、全部私に全振りかよ!
「サーヴァントの人選についても、留学生の詳細が分からねば無理ですよ。簡単に丸投げしないで欲しいものです」
「そうなのだわ。もう少し私たちを見習って、しっかりとして貰いたいものだわ」
ふざけんな、あんたがそれを言うな!
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