二年 前期

第1話 交換留学生

三章開始

これからは、ハウザー王国のキャラが再登場。…この人の事、覚えてますか?


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【1】

 事の起こりは私が王女殿下たちを見送って、三日後の事だった。

 メリージャから王女殿下たちの受け入れとその後の状況の報告に一人の女がやって来た事だった。


 その武骨で横柄な虎女は、ロックフォール侯爵領に行かず、いきなりゴッダードのライトスミス家に乗り込んできたのだ。

「おい! セイラ・ライトスミスはおらんのか? オスカーでも良いぞ、さっさと茶を入れて菓子を出せ」

 いきなりズカズカと入って来るなり、勝手に応接に上がり込みソファーにふんぞり返ると用件も告げずに要求だけを叫んでいる。


 今のライトスミス家にはアドルフィーネたちのような、荒事が得意な古参のトップメイドが居ない。

 アンの下で行儀見習いをさせるべく幼いメイドの訓練場になっている為、この虎女に太刀打ちできるものが居ない。

 それでも健気にメイド達が虎女の周りに人の壁を作って、何かあれば飛び掛かる態勢だけは整えている。


「いったい何事なんですか? サンペドロ辺境伯令嬢が共も連れずに、勝手に人の家に上がり込んで! 開口一番に菓子を出せですか、呆れてものも言えませんよ」

 入って来た私の声を聴いて、ヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢は、ソファーの背もたれに両腕を預けたまま、頭をそり返して私を見る。

「馬を駆って半日の距離など、この私ならものともせんわ。それともラスカル王国ごときに私より強い男がいるとでもいうのか? この私に危害を加えられると言うなら喜んで相手をしてやる。私は寛大だから接待も碌に出来ん商家の娘でも許してやるよ」


 口の減らない女が一体何の用でやって来たのだろう。思案しているとウルヴァがティーセットとマドレーヌを満載した皿を乗せたワゴンを押して部屋に入って来た。

「さすがはセイラカフェのメイドだな。主は傲慢で口の減らん女だがメイドは優秀だ。茶は適当に入れて冷ましておいてくれ。熱いのは好かん。先にその皿の焼き菓子を貰おうかな」

 ヴェロニクは勝手に皿を取ると自分の前に置いて、マドレーヌを一個丸ごと口に放り込んだ。


「それで一体何の御用なのでしょう? まさかお菓子を召し上がりにうちまで来たわけでも無いでしょう」

「ウーム、まずはエレノア・ラップランド王女殿下は無事にメリージャの辺境伯家に到着した。メリージャで最終の準備を整えて我がサンペドロ辺境伯家の女騎士団を伴ない王都に入場する手はずになっている。一応報告は以上だ」

 私はメイドにその内容を告げて、ファナタウンの別邸に居るはずのファナ・ロックフォール宛てに使いを走らせた。


「ほう、あの糞生意気な侯爵令嬢は近くにいるのか? なら明日からの食事はあいつに作らせよう。あいつのお抱え料理人は腕は確かだからな」

「明日からって、報告が終われば帰るのではないのですか!」

「いや、帰らんよ。ここで準備を整えて直接ラスカルの王都に向かう。殿下たちの留学の先触れと宿舎や学び舎の下見も必要だからな」


「一体どう言う事なのですか、ラスカル王国の王都に行くって? それに学び舎って王立学校の事ですか?」

「そうだぞ、私は王子殿下たちの護衛だからな。先に王都入りして地均しをしてやる」

「一体王子殿下って?」

「ファナ・ロックフォールから聞いておらんのか? あ奴が言い出した事だぞ、交換留学生を受け入れようと言ってな」


「王立学校にハウザー王国の王子殿下が留学するという事なの? 聞いてないわよ。それじゃあ、ハウザー王国に送られて行った王女殿下たちもファナのせいだと言うの! それはチョット許せないわね」

「なんだ? 平民のお前が教導派の王家の姫君に肩入れか? お前は教導派も王家も嫌いじゃなかったのか?」


「それでも、年端も行かない子供が巻き込まれるのは話が別よ」

「平民らしい正義感だな。しかし王家の子女なんてそんなものだろう。お前の言い分なら、これから王立学校に行く王子殿下もその可哀そうな部類だろう。だがな、これで国境周辺の安全が買えるなら、住人にとっては安いものだ。サンペドロ州とブリー州の国境を預かる貴族としては当然の判断だろう」

「それでも何も知らない少女を人質に送るなんて…」


「私相手には図太いくせに、こういう事には甘いな。知っていようが知らぬまいが結果は同じ事だ。それに交換留学を持ちかけたのはロックフォール侯爵家だろうが、留学生を人選をしたのはラスカル王家だろう。今回の留学生は末子と聞いたが、もっと年上の兄なり姉なりもいただろう」

 そこまで言われるとファナが一概に悪いわけでもない。

 サンペドロ辺境伯家とロックフォール侯爵家で密約はあったのかもしれないが、人選をしたのは双方の王家でありその縁者たちだ。


 ファナにしたところで私に投げて寄越したのは、王女殿下一行が哀れに思ったからだろう。

 少なくともゴッダードに居た間は、金も人も使って十分な対応をして国境を越えさせている。

 金だけ持たせて送り出したラスカル王家とは雲泥の差ではある。


「そう言えばお前、清貧派聖女の争いに巻き込まれて、二目と見れぬ顔になったと噂に聞いたが、本当に二目と見られぬ顔だな。ワハハハ」

 この女、思い出したように嫌みを!

「お母様からいただいたこの顔は私の自慢ですの。私の顔を拝めないと悲嘆に暮れる男どもも多いのよ」


「ふざけておるようだが、実際は何が有ったのだ? あの噂が流れてからほぼ一年、セイラ・ライトスミスが公の場からプッツリと姿を消したのだ。只事ではなかろう」

 急に真顔になったヴェロニクが問いかけてきた。

 ああ、それも気になって我が家に押しかけてきたのか。


 仔細はともかく口裏を合わせてもらえるだけの説明は必要そうだ。

 ファナに正体がバレるのは御免被りたい。

「セイラ・ライトスミスはもう存在しないの。私は表向きは北部の子爵家の令嬢、セイラ・カンボゾーラと言うことなのです」

「子爵家の養女になったのか?」

「厳密には違うわ。ゴルゴンゾーラ公爵家のフィリップ・ゴルゴンゾーラ卿の隠し子だったセイラ・ゴルゴンゾーラと入れ替わったと言うこと。ゴルゴンゾーラ卿は、清貧派聖女の異端審問事件の手柄で爵位を賜り、カンボゾーラ子爵になった。そしてセイラの母だったルーシー・カマンベールと婚儀を結び親子三人幸せに暮らしましたとさ」


「それで本当のセイラ・ゴルゴンゾーラは?」

「居ないわ。仔細は話せないけれど」

「フム、それでお前が貴族令嬢に成り代わったということか。知っている者は?」

「ゴルゴンゾーラ公爵家の主だったものとライトスミス家。それとこの事件に関わったカマンベール子爵家の子爵夫妻と息子夫妻くらいね」

「…それは、ファナ・ロックフォールは知らぬということだな。お前がファナ・ロックフォールと面識がなかったのは、少々意外だがあいつがセイラ・ライトスミスの動向を気にしていたのは合点がいった」


「ヴェロニク様、この事はご内密に願いますよ。信用はしておりますが、口を滑らせるような事の無いようにお願い致します」

「侮るな。このヴェロニク、生まれながらの辺境伯令嬢だぞ。お前の方こそ宮廷作法もわきまえぬ不調法者ではないか。粗忽者の分際で片腹痛いわ」

 グムム、こんな女に対しても反論が出来ないのが辛い。


「委細は承知したが、ここにファナ・ロックフォールを呼ぶのは不味いだろう。お前と三人で打ち合わせることもあるのだ。如何する?」

「セイラ・カンボゾーラはゴーダー子爵邸に滞在していることになっています。ヴェロニク様はセイラ・ライトスミスと面会の後、私より使いが来てゴーダー子爵邸に移動するということで私は一旦ゴーダー子爵邸に戻ります」


「ああそれなら、ファナ・ロックフォールにもその旨使いを出してくれ。私はここでしばらく時間を潰してからゴーダー子爵邸に向かう。それで、マドレーヌ以外の菓子はないのか? それから暑いこの季節はハウザーコーヒーだろう。アーモンドハウザーコーヒーも出せ」

 この女本当に遠慮がないな。

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