第5話 女騎士ヴェロニク

【1】

「おかしいであろう、なぜ王女に護衛騎士がつけられないのだ!」

「だから以前も申し上げましたが、女子寮に男子は入れ無いのですよ」

「それは知っている! お前から聞いたからな。だから私が騎士として常住すると申しておるのだ」


「ラスカル王国法では女性は騎士に認められないのです。ですから女子寮には騎士は入れ無いのです」

「女子寮に男は入れない、ラスカル王国には女騎士は認められていない、故に私は女子寮に入れない。何だその三段論法的な解釈は!」

 この女、見かけによらずアリストテレス哲学を理解しているのか?


「お前、私の事を舐めていないか。ハウザー王国士官学校ではクラスで首席だったのだぞ。お前のような落ちこぼれでは無いわ」

「私はこう見えても学年で四本の指に入る成績ですからね。数学も論理学も学年二位ですからね」

「おう、それで宮廷作法が赤点だったらしいなあ。昨日会ったが、グリンダが嘆いていたぞ。そのザマで良くもこの私に意見できたものだな」

「悔しい、悔しい、悔しい…今年は絶対挽回してあの王子殿下を泣かせてやるんだから」


「もう二人ともいい加減にしなさい! セイラも悔しいなら日頃の行いを改めるのだわ。ヴェロニク様もいい加減に諦めるのだわ」 

「そうね。ヴェロニク様はメイドとしてなら寮に入る事は可能かしら」

「それは騎士としても辺境伯家の跡取りとしても差し障りが有る。特に今後も起こるであろう、宮廷や官僚との折衝に支障をきたす」

「ならば私たちに任せるかしら。セイラ・カンボゾーラが付けたメイドのナデタの戦闘力は折り紙付きかしら」


「…それは信用している。別に警備の面ではそこ迄心配していないのだ。エヴェレット王女も騎士であるから、わが身を守る程度の事は造作もない。造作も無いのだが…」

 どうもヴェロニクの話が煮え切らない。

「それならば、一体何が問題だというのかしら。あなたの言動はどうも煮え切らないのかしら」


「ウッ。それはだなあ…エヴェレット王女は頭も切れて学業も優秀なのだが、少々脳細胞が筋っぽいお方でな。生じたトラブルは力技で解決したがる傾向が顕著なお方なのだ」

 ファナもヨアンナも何故私の顔を見る!


「それは気掛かりなのだわ」

「私も気を付けてサポートするけれど、少々難しいかしら。ナデタでも手に余るかしら…」

 だから何故私の顔を見ながら答えるんだよ!


「そういうことで、慣れないこの地での日常のサポート役として、サンペドロ辺境伯家で人族の家庭教師ガヴァネスを一人つけているが、それだけでは不安なのだ」

「だからといって、ヴェロニク様がついても何が変わるというのです?」

「おい、セイラ・カンボゾーラ。言いたいことがあるなら、きっちりこの拳で聞いてやるぞ」

「勝っても負けても遺恨は無しよ」


「あなた達、いい加減になさい! 時と場合をわきまえるかしら」

「エヴェレット王女付きの家庭教師ガヴァネスが信用できるなら、ナデタと協力してサポートさせれば良いのだわ。気になるのはカンボゾーラ子爵領から呼び寄せたという修道女なのだわ」


「ああカタリナ修道女は元子爵令嬢で王立学校の事もよく知っていますよ。気骨のある優秀な治癒術士です」

 教導派の実の父親を殴り飛ばすくらいの気骨のある修道女である。…よほど実家で嫌な目に遭って来たんだろうなあ。

「ヴェロニク様いかがかしら。これで様子を見て問題があれば私に相談すれば良いかしら」

「仕方ない。それで妥協しよう。後はエヴァン王子に付いてだな」


「騎士団寮では昨年まで第一王子が使っていた部屋が用意されているのだわ。王子の部屋を囲んで五つ、陪臣騎士用の部屋が有るので両隣の部屋がお付きの二人の部屋なのだわ」

「後は王室が付けた護衛騎士が一人とサーヴァントが一人なのだが、この二人を排除できぬか? サンペドロ辺境伯家が調べたところ護衛騎士は第一王子派の公爵家と繋がりが有るようなのだ。サーヴァントは南部の男爵家の出身でな。南部と言えば第三王子の実家の侯爵家の地盤だ。どちらも信用できん」


「それをするとエヴァン王子とエヴェレット王女を比べて随員が少なすぎる事にならないかしら。立場的に如何なものかしら」

「そもそもエヴェレット王女には王宮から誰もつけて貰えなかったのだ。家庭教師ガヴァネスはサンペドロ辺境伯家に仕える人属だし、護衛騎士は私の予定だった。結局メイドと修道女もセイラ・ライトスミス…とセイラ・カンボゾーラに頼る事になったじゃないか。結果論だよ」


「それならば学生寮に護衛騎士は常住させた前例も無いのだから、それで押し切れば護衛騎士はどうにかなるのだわ。何より貴女が常住できないのだからそこは説得して貰いたいのだわ。どちらかといえば問題はサーヴァントなのだわ」

「そうね。いくら優秀でも身分の低いパブロと男爵家子弟を入れ替えるとなると嫌がらせにとられかねないわね。かと言って王子の身の回りを取り仕切るサーヴァントをそのままにしてくおくのも危険ですね」

「ああ、あの侯爵家は毒物を使う暗殺を常套手段にしているふしが有るので、特に危険なのだ」


「出来るなら、入寮前に排除したいものかしら」

「ただそう簡単に馬脚を現すとも思えんのだが」

「これに関しては少し私の方でも考えてみるのだわ。セイラ・カンボゾーラ、貴女の言っていたサーヴァントはもう王都に来ていると言っていたわね。そのサーヴァントと連携の取れる者が手駒に居るのでしょ。王子が入寮してしばらくの間だけでも警護で手配して欲しいのだわ」


「そうですね。オズマのオーブラック商会に弟がいますし、アレックス・ライオルのフットマンについている者が一人いますね。ジャンヌさん護衛をしている聖導師にも協力をお願いしましょう」

 これでカタリナ修道女とピエール修道士、そしてパブロとパウロとルイスを三人の留学生に一人づつつけて、エヴァン王子に付けられたサーヴァントの監視をさせる。


「これで暫くはしのげると思うのだわ。後は出来るだけ早くそのサーヴァントの排除計画を進めなければいけないのだわ」


「それともう一つ大事な事が有る」

「王子、王女関係の事はこれで解決したかしら。他にも何かあるのかしら」

「ああ、今夜から私はどこで寝泊まりすればよいと思う。別に従者やメイドはいらんが、食事は美味い方が良い。それに風呂に入れて…最悪水でも構わんのでゆあみが出来る事。後は夜と朝に鍛錬の出来る場所が有ればそれだけで良いぞ」


「呆れたわ。いい大人が今夜の宿も確保できないのかしら。お金ならあるでしょう」

「仕方ないだろう。今日から学生寮で暮らすつもりで宿屋は引き払ってきた。木賃宿ならともかく、こんな時間から昨日まで泊まっていた宿はもうとれん」

「仕方が無いのだわ。今日は私の部屋に止めるのだわ」

「留学生が到着するまでは、ゴルゴンゾーラ公爵家の聖教会に泊まると良いかしら。でも明日から公人として住む場所を探して欲しいかしら」


「わかった。善処する」

 しかしこの辺境伯令嬢はどうしてこうも行き当たりばったりなのだろう。この先が思いやられる。

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