第150話 お出かけの計画
【1】
オズマが部屋に帰った後、片付けを名目にナデテとジャンヌはお茶会室に残った。
「ジャンヌ様ぁ、セイラ様には簡単な事だけはお伝えしておきますぅ。カロリーヌ様やエマ様がぁ、勝手に動かれると困るのでそこの調整をお願いしておきますぅ」
「そうですね。今はカロリーヌ様が計画の中心者ですものね。エマさんは儲けに食いついて熱心にバックアップしていますし」
「それからぁ、リオニーとウルヴァはオーブラック商会の商会長様と面識があるのでぇ、合わせない様にしたいですぅ。ナデタはぁクロエ様にお願いしてお借りしますぅ。あの方は立派な護衛が出来ましたからぁ。それにぃ出来ればアドルフィーネもセイラ様からお借りしたいのですよぉ。私たち姉妹とぉアドルフィーネでぇ、今回は動こうと思うのですぅ」
ナデテが話す事は多分決定事項だろう。ジャンヌは主人と言っても直接契約した訳でも無く、エマの…多分セイラ・ライトスミスの好意でつけて貰っているメイドだ。
主人という立場上呼び捨てているが、友人だと思っている。
そう、エマとリオニーのように気心の知れた主従と言うより友人同士の感覚でいるのだ。
だからナデテの考える事に口を挟む気は一切ないのだ。
「ナデテ、一つお願いを聞いて下さるかしら。週末に出かけると言った事、救貧院の実情を見せたいのよ。身分を隠して何か所か回りたいと思うの。王都の救貧院を何か所か探して欲しいのです」
「わかりましたぁ。ナデタやアドルフィーネも呼んでぇ計画を立てましょう。エマさん達には隠しておきたいのでぇ、この部屋で待ってて下さいぃ」
ナデテも部屋を出て行き、ジャンヌは一人でこの先どうすべきか考えたが考えがまとまらない。
貿易商は増えた人件費を卸売価格に上乗せしている。教導派貴族は領内での利益を確保する為に卸値を上げさせない。
間に挟まれたオーブラック商会は仕入れ値が高騰しているのに卸値を上げる事が出来ないでいるのだ。
これではいくら時間を作ってもオーブラック商会だけでは対処できない。多分オズマや彼女の父はその減益を補填する新たな事業を探しているのだろう。
そういう事はエマの領分でジャンヌには方法すら思い浮かばない。
やはりナデテ達に相談してアイディアを貰うしかないのだろう。
そうこうするうちにナデテがナデタとアドルフィーネを連れてお茶会室に戻ってきた。
「簡単な事情は聴きました。ジャンヌ様のご判断で正解だと思います。特にエマ様に漏らさない様に、利益が上がると思えばあの方は独断で動きますから」
アドルフィーネの言葉でジャンヌも少し勇気づけられた。
「それじゃあ四人で少し対策を考えましょう。どうぞお席に着いて下さい」
「まあその前に甘い物でも取って脳を活性化させませんか? マフィンとパウンドケーキをファナ様のキッチンから分けていただきましたから」
「私にはぁ、あなたがダドリーを脅していたとしか見えなかったのでけれどぉ」
「姉は何でも悪い様にしか物事を見ないのでジャンヌ様はお気になさらないで下さい。さあ、お茶を入れますからしばらくお待ちくださいね」
ナデタがテキパキと食器を用意する間にアドルフィーネとナデテもテーブルの片付けと準備を手早く済ませてしまった。
そしてテーブルの上のは四つのティーカップに湯気が立つお茶が用意された。
【2】
「先ず第一段階ですぅ。ジャンヌ様のご提案であのバカ…ゲフン、世間知らずの殿下たちにぃ現実を知って頂きましょう。現在、王都には六つの救貧院が御座いますぅ。元々七つあったのですがぁ、ロックフォール侯爵家の介入で一箇所は閉鎖されましたぁ」
「閉鎖…ですか? 介入と言うといったい何が?」
「ロックフォール侯爵家の王都別邸のすぐ近くに有ったのですが、五年ほど前からロックフォール侯爵家の聖堂に聖教会教室が出来て、近くのセイラカフェが聖教会工房を設置しましたので収容者が居なくなってしまったのですよ」
王都で一番最初に聖教会教室を開いたのはロックフォール侯爵家だった。
始めは屋敷内の使用人の子供が対象だったようだが、ロックフォール侯爵家は邸内の清掃の為と言う名目で救貧院の子供たちを雇い入れて聖教会で教育させたのだ。
その子供たちは直ぐに近くに新設されたセイラカフェに雇い入れられた。
セイラカフェは別にメイドばかり養成している訳では無い。フットマンもコックも事務職も養成している。
彼らは今ハバリー亭の店員として活躍している。
そしてロックフォール侯爵家の聖教会教室も直ぐに近隣に解放されて近くの子供たちが通うようになった。
工房の代わりに邸内や屋敷の周辺の清掃が仕事として割り振られ救貧院に送られる子供がいなくなった。
「でも子供達を雇い入れただけでどうして閉鎖されたのでしょう。大人たちは一体」
「セイラカフェで働ける子供が親を養えない訳が御座いません。聖教会教室で一年頑張ればどうにかセイラカフェに入れる子供も出てきます。それで親たちも救貧院入りを免れる様になったのですよ」
「それでも…どうしようもない親も居るのではないですか。全てが上手く行くとは…」
「ええ、セイラカフェではそんな親の監視もしております。病の有るものはロックフォール侯爵家の聖教会が保護しましたし、どうしようもない親は子供を引き離してセイラカフェで寄宿させております。子供たちから仕送りされる生活費で活きて行けない者は…救貧院に入れられる事になるのですが、そんなものばかりの救貧院ではすべてが立ち行かなくなって結局閉鎖となってしまいました」
今、ポワトー伯爵領の救貧院でも同じような状態が起こりつつあると言う。
まともに働ける親たちは救貧院から解放され親子で細々とでも生活が出来る様になっている。
救貧院はアル中や犯罪者予備軍の収容所になりつつある。
救貧院で仕事を受注してもまともに働ける者がいなくなっているのだ。
これまで救貧院の収容者に労働力を頼っていた貿易商や船主はそれは痛手だろうがさすがに同情する気にはなれない。
北方貿易は今は未だハスラー聖公国とハッスル神聖国からの荷が中心だ。仕入れ先を切り替えろと言っても北西部の航路開拓は未だ緒に就いたばかりで、それまでオーブラック商会が持つかどうかわからない。
やはりロックフォール侯爵家の手法を参考に数年かけて改革を進める方が正しいのか。
しかしオーブラック商会が今のままの商売を続ける限り教導派への資金の流入を止める事は出来ない。
「結局はオズマ様とお父様が何処まで思いきれるかですね。教導派貴族と縁を切れるのならセイラ様はきっとお手伝いして下さるでしょうけれど、出来ないと言う事なら恨みを買っても切り捨てておしまいになると思います」
「それは私も同じです。教導派は…ペスカトーレ枢機卿と教皇は許す事が出来ません。それに与するような事は私だって許せませんから」
アドルフィーネの言葉にジャンヌも同意する。
「それならばオズマ様に現実を突きつけて腹を括って頂かねばいけませんね」
「そうですぅ。ついでにぃバカ殿下たちにもぉ、わからせてあげましょう」
他の三人もナデテの不敬な呼び名を咎める物は無かった。
とうとうジョン殿下たちはバカ認定を受けたようだ。
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