第149話 オズマの告白(2)

【2】

 セイラやカロリーヌの進める聖霊歌隊の活動はオズマにとっても賛同すべき活動だと思っていた。

 それがオーブラック商会に降りかかってくるまでは他人事だったのだ。


 そうポワトー伯爵領で危険な荷役作業を救貧院の子供を使って二束三文で働かせていた外洋貿易の船主が困っていると聞かされてもザマアとしか思わなかった。

 ところがオーブラック商会の利益も下がり始めたのだ。

 荷役費用が四倍近くに跳ね上がった為、船主はその価格を積み荷の卸値に加えて値上げを行った。


 その為オーブラック商会はハスラー聖公国からの輸入品を高値で買わねばならなくなった。

 その上卸先の教導派貴族とは手付を貰っている上、これ迄の柵も有り値上げをする事も出来ない。

 次回からの価格引き上げも交渉も納得して貰えず頓挫してしまった。

 それだけなら未だマシだが、上級貴族連中は価格維持のまま次回からの取引を要求してきているのだ。


 北部の市場動向も変わりつつある。

 これ迄のようにハスラー聖公国産の輸入品が売れなくなりつつある。

 そしてこの価格高騰がその傾向に拍車をかけているのだ。

 国内産の綿布やリネンの流通が大幅に増えて、嗜好品もハウザー王国経由での代替品が流入している事で、末端ではハスラー神聖国産の物産が値崩れしているのだ。


 現在ハスラー神聖国と教導派上級貴族を取り持つ物流の中で利益を上げてきたオーブラック商会は身動きが取れない状況になりつつあるのだ。


「虫のいい話だとは心得ております。それでも商会が傾けば商会員も路頭に迷う事になります。わが身可愛さでこのような事を言うのは筋違いだと存じていますが、せめて一年…いえ、冬になる前まで持ちこたえられれば。冬至祭までに対策を講じる期間をお願いしたいのです」

 オズマは長い説明を終えると又泣き出してしまった。


 ジャンヌはオズマの肩を抱いて言う。

「あなたが身近な人たちの窮状を見過ごせない事は良く分かります。でもその半年の間で助かるはずの命が失われる事も有るという事を解って下さい。あなたは救貧院の窮状を知らなすぎる」

「自分がこれほど浅ましい人間だったと思っておりませんでした。麦粥を啜っても困窮者を助ける気概が有ったと思っておりましたが、家族や商会員たち迄困窮すると思うとその思いも消し飛んでしまいました」


 泣きじゃくるオズマを優しく抱き寄せるとジャンヌは耳元で言った。

「浅ましいなどと思いません。身近な人の窮状を見過ごせる人間はそれはもう人とは言えません。あなたの気持ちは良く分かります。早くに肉親を失ったから自分の周りの人だけは不幸にしたくないと言う思いを私も持ち続けていますから」


 オズマは顔を上げてジャンヌを見た。

「あなたのお父様が、そしてオーブラック商会が教導派の鎖を断ち切りたいというのならば協力しますよ。ただ私に出来る事など殆んど無いと思うのですが、何か良い方法を模索致しましょう」

「ありがとうございます。感謝致しますジャンヌ様」


 涙にむせぶオズマを慰めながらもジャンヌも困り果てていた。

 そもそもジャンヌ自身が救貧院廃止を旗印に掲げる清貧派の聖女なのだから。

 どちらかと言えばジャンヌの主張を受けてセイラが後押しをしてくれている様なものだ。

 そのジャンヌがセイラの歩みを止める様な事をするのは、事情があるとはいえ裏切りの様なものである。


 そしてその横で二人を見ているナデテも高速で頭を働かせていた。

 これはセイラにとっても対応を間違えると大変な事になるのではないかと。

 一昨年の冬ロアルド・ライオルが当時のカマンベール男爵領押しかけて来た時に、セイラが同席していたとリオニーから聞いている。


 同席しただけでは無い。オーブラック商会の商会長、オズマの父であるグラン・ランドックともかなり口論したようだ。

 この件でオズマに関わって彼女の父と顔を合わせる事になれば厄介な事になりそうだ。

 そう、セイラ・ライトスミスとセイラ・カンボゾーラが同一人物であることが明るみに出てしまうのだ。

 今でもセイラの光属性が学校中に知れてしまい厄介事が増えている上に、この事実迄発覚するとその財力を目当てに今以上に良からぬヤカラを引き付けてしまうだろう。


 出来得る限りセイラを蚊帳の外に置く事が肝要である。

 その為にどうすれば良いか考えていた。

「ジャンヌ様ぁ。ジョン殿下やイアン様にも釘を刺しておいた方が宜しくは無いですかぁ? あの方たちが余計な事を話してぇ、大事にしない様にぃ」


 ジャンヌも考えていた。

 そもそもゲームイベントではジャンヌはカロリーヌだけで無く南部貴族も唆して、救貧院の子供たちを南部の農村に入植させ救貧院自体を廃止させようとする。

 それをセイラ達が農奴禁止法をたてに、聖年式前の子供を農村に送る事は農奴化と同じだと主張して撤回させるのだ。


 しかしよく考えてみればゲームのジャンヌがしようとしていた事は、ポワトー伯爵領への介入も困窮した領内への労働力の斡旋であり、南部の農村へは入植者と開拓者の派遣だ。。

 小作人として送り込もうとした訳では無い。

 それを詭弁を弄して農奴と決めつけたのはイアン・フラミンゴであり、子供に労役を強いる所業だと糾弾したのがジョバンニ・ペスカトーレである。

 そしてそれに乗せられて行政院に圧力を掛けたのがジョン・ラップランドだ。


「ナデテの言う事はもっともですね。このままではあの方たちが勝手に暴走してしまいそうですね」

「でも、殿下から口をきいて頂ければセイラ様も…」

「無理ですぅ」「無理ですね」

 ナデテもジャンヌも同じ結論に達したようだ。


「ジョン殿下もイアン様もセイラさん相手なら、事実関係以前にまず非難から入るでしょう。セイラさんもそれで引くわけが有りませんから水掛け論の応酬に終始します。それにエマさんが加われば、イアン様やヨハン様は感情的になって議論になりません。最悪の場合ヨアンナ様とファナ様が入って対立が激化するだけです」

「それにぃ、ジョン殿下たちは対抗する術を持ちませんからぁ、カロリーヌ様は横やりが入らぬうちにぃ、救貧院の改革をさらに推し進めようとされると思いますぅ」


 ナデテの言う通り無用な諍いばかり増えて状況は変わらない。焦ったカロリーヌが改革を早める可能性も高い。

 まず初めにすべき事はジョン・ラップランドたちを黙らせる事。

「ジョン殿下たちには先手を打たれない様に内密に動くと言っておきましょう。もう少し現状を見定める時間が必要です」


 ジャンヌの言う通りナデテもジョン殿下への忠告は早急に必要だと感じている。

 ただそれだけでは勝手に裏工作に走ってしまう可能性も大きい。セイラには情報の提供はするが、エマとカロリーヌを出来るだけ抑えて貰うように動いて貰おう。

 それには協力者が欲しいところだが、面の割れているリオニーとウルヴァは使わない方が良いだろう。

 あの当時ハスラー王国に居たアドルフィーネと救貧院の改革に直接動いていないナデタに協力を依頼しよう。

「ジャンヌ様ぁ、妹のナデタに協力をお願いしてみますぅ。私と入れ替わってもぉ気付かれ難いですしぃ」


「それからオズマさん。ジョン殿下やイアン様とヨハン様も誘ってこの週末に少し出かけましょう。皆様に知って頂きたい事が有るのです。ナデテもご一緒してください。宜しければ妹のナデタさんもご一緒出来れば嬉しいのですが」

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