第148話 オズマの告白(1)

【1】

「父の商会が、父が聖人君子だと言うつもりは有りません。もちろん大手の商会ですから色々と恨まれる様な事もしてきていると思います。それでも法に触れる様な事はしていないはずです」

 それはそうなのだろう。

 ただ法の目を掻い潜ってオーブラック商会が色々と画策してきた事を、ナデテは知っている。

 しかしライオル家と組んでカマンベール子爵領に盗賊団を送り込んだり、アレックスを唆して金鉱開発に手を伸ばしてきた事は事実だ。


「父の商会は…ナデテさんはご存じのでしょう。ライトスミス商会と確執が有りますからね。でも北部で伸し上がろうと思うなら教導派にシッポを振らなければ立ち行かないのです。オーブラック州だけの流通商会でしか無かったオーブラック商会を北部で有数の商会にしたのは父なのですから」


 ジャンヌが驚いてナデテの顔を見る。

「カマンベール子爵領のぉ利権絡みでぇ、ライオル家と繋がっていたとぉ聞いてますぅ」

「そうなのですか? オズマさん」

「それは…事実です。私の父は…いえ、それは今は良いですね。シェブリ伯爵家の口車の乗せられて、ライオル家に肩入れしたのは事実ですから。でも始めから最後まで企んだのはロアルド・ライオルで…いえこれも良い訳ですね。資金を用立てたのもライオル家の買い付けに協力したのもオーブラック商会ですから」


 オズマはほぅと溜息をつくと涙を拭い話をつづけた。

「結局ライオル家が爵位を剥奪されてからも分水嶺の利権に執着したことも事実ですし、あの土地を諦めきれないでいるのも間違いありません。笑ってしまいますよね。教導派の利権に湧いた様な商会なのですよ」

 そう言い終わるとオズマは笑いながら泣き崩れた。


「あのぉ、ロアルド・ライオルの犯罪を黙認したことはぁ問題ですがぁ、それ以外はぁそこまで卑下する必要は無いと思いますぅ。ライトスミス商会も政商ですぅ。利権には投資しますしぃ、商売敵の足は引っ張りますぅ。オズマ様のぉお父上が組んだ相手がぁ最悪だったのは否定しませんがぁ、オーブラック商会にぃ恨みがある訳ではありません」


 オズマはナデテの言葉に驚いて顔を上げた。

「…それは「そうなのですか? クロエ様からは領内の産物を色々と買い叩かれていたと…」」

 オズマが口を開くより先にジャンヌが質問してきた。

「安く仕入れてぇ高く売るのはぁ、商人として当たり前のことですしぃ、相場を知らなかったのはこちらの落ち度ですぅ。私どもとは考え方が違いますがぁ、北部では当たり前の商法ですぅ」


 何か緊張していた自分が損をしていたように思えてジャンヌはため息をついた。

「オズマさん。ナデテの言っている通りならそこまで気に病むことも有りません。きっと方法が見つかると思います。その代わり包み隠さずすべて話してください。出ないとセイラさんの信用は得られませんよ」


 泣いていたオズマはぽつりぽつりと話し始めた。

 もともとオーブラック商会は、北部オーブラック州の教導派領主貴族たちにハスラー聖公国からの輸入品を卸す流通業者だった。

 それが祖父の代で教導騎士団との繋がりからシェブリ伯爵家に輸入品を卸すようになり、オズマの父の代になって一気に北部全域にそのネットワークを拡大した。


 リール州でライオル家に気に入られ収益を上げてきたが、そのライオル家が織物に手を出してから雲行きが怪しくなってきた。

 ライオル家が西部で紡績機や織機を導入して収益を上げている領地の存在を知って真似をしようと企んだことから、フラミンゴ伯爵家を通して大量に紡績機や織機を購入した事が発端だった。


 オーブラック商会も北西部に勢力を伸ばそうと考えていた時期でもあり、ライオル家の要請に応えて資金援助を始めたのだが所詮は領地貴族の素人商売である。

 リネン生地は先行している西部産の物に勝てず、毛織物に手を染めたが品質が悪く北西部産の毛織物に駆逐されてしまった。

 結局オーブラック商会は不良在庫になりかけた織物の販売を押し付けられたが、赤字販売になり、どうにか南部からの輸入品の北部への転売で赤字の回収が出来る程度にしか儲からなかった。


 その結果、焦ったライオル家がカマンベール子爵領へしかけた悪事の片棒を担がされる羽目になったのだ。

 そしてライオル家は領地没収となりオーブラック商会の投資は不良資産になってしまった。

 捨て値で資産処理を急いだためかなりの損失が出た。焦らず処理すればアヴァロン商事を通して資金の回収も可能だったのだろうが後の祭りだった。


 この頃からオズマはオーブラック商会が大貴族に振り回されることに疑問を持つようになった。

 そしてその思いはロワール大聖堂で開かれた公開審問会で決定的になった。

 やはりライオル伯爵は殺されて当然の男で、ライオル家が領地を没収された事も爵位を剥奪された事も当然の報いだ。そしてオーブラック商会に無理難題を押し付けるシェブリ伯爵家も悪だ。

 被告以外はハッキリと苗字は明かされないが、壇上に上がって糾弾されていた教導騎士姿の男はシェブリ伯爵に間違いない。

 幾度も商会の貴賓室に来ていたのだから顔は忘れない。


 そして何よりその上級貴族を果敢に苛烈に糾弾するどこかの貴族籍の母娘に目を奪われた。

 特にセイラという名前の自分と同い年の少女が、臆する事無く司祭長や大司祭にまで食って掛かっている姿にオズマの心は震えた。

 翻ってその教導派貴族の柵から抜け出せないオーブラック商会が有る。

 オズマは父にせめて教導派聖教会から距離を置くように進言したかった。


 オーブラック商会としても、これを機にリール州から手を引きたかったがシェブリ伯爵家と関わりが強くなり過ぎていた。

 ライオル家の一件でも陰で操っていたのはシェブリ伯爵家である。

 後ろ暗い事は自らの手を汚さず、手駒にした一族を使い潰すようにして力をつけてきた一族だ。


 そのシェブリ伯爵家が何故か執着しているのがライオル家と同じカマンベール子爵領の分水嶺である。

 そのシェブリ伯爵家からライオル家が執着していた分水嶺での鉱山開発と運河開発の仕事を半ば強制的に請け負わされた。

 そしてあろう事か、運河工事の受注はあのセイラの居るカンボゾーラ子爵家が代表を務めるアヴァロン商事傘下のカンボゾーラ建設組合と競合する事になった。


 シェブリ伯爵家のゴリ押しも有ってカマンベール子爵領では工事の受注を受ける事が出来たが、受注条件は北部や東部の常識とはかけ離れたものだった。

 労働時間や雇用形態がまるで違っており、労働者の確保のためにかなりの金をつぎ込まねばならなくなった。


 そして鉱山開発での事故である。

 利益確保が難しい運河工事の補填を鉱山開発で補おうと考えていた矢先の事故で、その計画も頓挫しかけた。

 焦った父は事故現場にいた文官や管理官の証言とアレックス・ライオルから得た鉱山知識に縋った結果が春の事件である。


 シェブリ伯爵家は鉱山の噂を信じているのか、まだ分水嶺の山に執着を見せている様だが、オズマはこれを契機にリール州から手を引ける口実が出来たと安堵していた。


 ところが今度は別の所で火の手が上がったのだ。

 オーブラック商会の本丸であったハスラー聖公国との交易とそれの販売に一部赤字が出始めたのである。

 交易の先細りも有るが、いけなり膨れ上がった荷役作業費用の影響が大きかったのだ。

 そしてその原因が、なんとセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢の推進する救貧院の廃止工作だった。

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