第151話 救貧院の視察(1)
【1】
ジャンヌは日曜日の早朝から救貧院を回る事となった。
ナデテを通してオズマに連絡を入れてジョン殿下たちの了解を取り付けた。
オズマが言うにはジョン殿下たちは即答で了解したと言う。何を置いても参加すると言っていたそうだ。
男子たちは身分は隠して行動して貰う。
ナデテ達はそのままお付きのメイドとして、ジャンヌもメイドとして三人について陰からサポートする予定だ。
オズマには身分を隠さず前に出て貰うように言っている。
オーブラック商会の娘として男子たちの案内役としてきたと言う事にして貰う。
とは言え男子たちは、平民を装う事が出来るだろうか。
イアンとヨハンはその辺り卒無くこなせそうなので商人の子息と言う事にして貰ったが、ジョンはそんな事をさせれば絶対ボロを出す。
一応子爵家の次男と言う態で同行して貰う事にした。
問題はイヴァンだ。彼に演技など出来ると思えないのだ。
ナデタの提案で彼は近衛騎士として同行して貰う事にした。現在の本人の身分でもAクラスで近衛騎士なので騎士爵扱いとなる。
その身分で押し通して貰う事になった。
「一本気で熱血漢ではありますが、少々頭に難の有られるお方ですので言動に気を付けて私が側についているように致します」
ナデタの言葉でイヴァンの爆弾具合が良く解る。
「要するにぃ直情的でェ、バカなんですねぇ。困りましたねぇ」
「あの方は目的も良く解っていらっしゃらない様で、皆が行くから自分も行く程度の認識ですから」
アドルフィーネも思案顔である。
ストロガノフ子爵はともかくイヴァンは今回行く四人の中で一番清貧派に近い考えの持ち主である。
下級貴族の出で身分や種族の分け隔ても無い。平民出身のウィキンズに心酔している様で、獣人属のウルヴァにも優しい。
アドルフィーネの眼から見て好ましい人物だが、ナデテの言う通り直情的で思い込みが激しいため今回は来て欲しくなかったが仕方がない。
【2】
人目に付かない様に分かれて王立学校を出たジャンヌ達は待ち合わせ場所のヴァクーラ鍛冶機械工房株式組合の事務所に集まっている。
セイラカフェやライトスミス商会の事務所からも近く、アドルフィーネが伝手が有るという事で応接室を借り受ける事が出来た。
ジャンヌはセイラカフェでメイド服を借りて着替えるとナデテ達と待ち合わせ場所に向かった。
事務所でしばらく待っているとジョン殿下たちがやってくる。
ヨハンは平民寮の同級生の魔導士見習いから借りたと言う魔導士服にマントを羽織っている。
商家の息子という設定だと言ったじゃないかと、ナデタは突っ込みたかった。そもそも初夏にマントってなんだ。
「ヨハン様、マントはお暑いのでは御座いませんか? それに商家では魔導士服は一般的では無いのでは?」
「そうなのかい…魔導士商会とか言う事でどうだろう」
…どうだろうって、ネエワそんな商会っと突っ込みたくなるのをグッと押さえてヴァクーラ機工の関係者に服の手配を頼んだ。
「イアン様ぁ。何故制服でいらしたのですかぁ? それは私服なのでしょうかぁ? 商家のご息子と申し上げたはずですがぁ」
「いや、あれだ…商家の息子でも王立学校生はいるだろう。…と言うか商人の服装がどう言うものか分からなくてな」
それならば誰かに聞けば良いだろうと怒鳴りつけるのをグッと押さえて、ナデテは告げた。
「それはそうで御座いますがぁ、そんな豪華な制服は平民らしくないですからぁ」
仕方が無いので王立学校の三年Aクラスに在籍しているヴァクーラ機工の三男の制服を借りる事にした。
「今日はジャンヌと初めての外出だ。バッチリ決めてきたぞ」
何をデート目的で着飾ってきている! どこからどう見ても悪目立ちし過ぎだろうと言う言葉をグッと飲みこんでアドルフィーネは頭を下げた。
「これはジャン殿下。しかしそれではジャンヌ様との釣り合いが採れないのでは御座いませんか? そこはやはりご同伴される方へのご配慮もあるべきかと」
「ああ、うん、そうだなあ。ジャンヌにドレスをプレゼントしても良いのが、それでは間に合わぬしなあ。イヴァン、済まないがお前の普段の服を貸してくれないか?」
「ああ良いぞ、殿下。直ぐに寮に帰って訓練着を…」
お前は王子に何を着せるつもりなんだ! それにイヴァンとでは体格が違い過ぎるだろう。
「ああ、イヴァン様お待ちください。イヴァン様よりもイアン様の方がサイズが合いそうではありませんか。ねえ、イアン様」
「ああそだなあ。済まないが寮に行って普段使いの服を持って来てもらおうか」
うんざりしながらも、アドルフィーネは男子上級貴族寮に戻って行った。
オズマとイヴァンの服装はどうにか及第点だ。当然二人はいつも通りの服装でやって来ているのだから。
ジャンヌとナデテとナデタの三人は顔を見合わせた溜息をついた。
始まるまえからこれでは、これからの査察が思いやられる。
ジャンヌにとってこれは遊びでは無い。もちろんオズマだってそうだ。
ジョン殿下もイアンもヨハンもそこ迄軽い気持ちではないだろうが、ジャンヌと行動を共にすると言う事で少し浮かれすぎているのではないか。
「皆様。これから向かう場所はこの王都の最下層の窮民が収容されている所です。王国法に基づいて聖教会が管理している施設なのです」
ジャンヌの穏やかではあるが強い意志の籠った言葉で、全員が彼女をみた。
「王法の通り執行されていたとしても、最低限の食事で一日の半分を単純労働に費やさねばなりません。仕事先が見つかって出て行ける者は殆んどいないのが現状です。それに親子や夫婦であっても男女別々に隔離されて収容され、顔を合わせる事さえも出来ません。そういう場所に行くのです」
ジョン殿下たちの顔が少し引き締まった。
オズマはそれを聞いて泣きそうな顔でジャンヌを見上げる。
「今申し上げたのは王法に基づいて正しく運営されている施設の事です。現実はそんな生易しいものではありません。賃金を支払われない収容者に代わって聖教会の司祭や救貧院の運営者が業者からお金を受け取って彼らに重労働を強要する事が罷り通っています。それに食事でも衣類でも市庁舎からの交付金や補助金を着服している者たちも多数います。当然収容者に対する虐待も日常茶飯事なのです。私の申し上げた事を心にとめてその眼で現実を見て下さい」
オズマが絶望的な表情でジャンヌを見つめている。
ジョン殿下たちも眉をしかめた。
「しかし、全てがそういう施設ばかりでは無いだろう。中には…」
イアンが口を挟む。内政官の長である父の事も有り擁護したい気持ちは良く解る。
「今、王都には六カ所の救貧院が御座います。ですので三か所この中なら選んで回りたいと思います。場所は皆様がお決めください。私たちはあくまで救貧院に人手を借りる為に行くと言う事をお忘れなく、何が有っても冷静に行動するようお願い致します」
ジャンヌの言葉にジョン殿下が頷いた。
「それでは行き先は俺たちで決めさせて貰う。それで俺たち四人とジャンヌとオズマ、外で着替えの準備をしているメイド達は着いて来るのか?」
「はい、詳細は話していませんが救貧院の見学に行くと言う事で協力をして貰っています。セイラカフェのトップメイドですから護衛としての実力は充分ご存じでしょう。それにある意味救貧院とかかわりの深い者たちですから応対も心得ています」
「解った。重ねて念を押しておくが、オズマの相談の件は内密にしておいてくれ。今日の目的はジャンヌに頼まれた救貧院の視察だと言う事だからな」
「その通りで御座います。救貧院の現状を見て欲しいと私からのお願いしたのですから」
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