第152話 救貧院の視察(2)
【3】
一件目は集合場所のヴァクーラ機工の事務所から一番近い救貧院に向かった。
この施設は以前ロックフォール侯爵家が潰した救貧院の尻拭いをさせられた施設で特に清貧派を嫌っている。
そこに獣人属のメイドを伴なって行くのだから良い顔はされ無だろう。
「学生さんかい。一体何の用で来たんだ」
「はい、ご主人様たちが卒業されるので引っ越しの為の人手を御入用と申されましたので、こちらで人手を御用立てして頂ければと思いましてまかり越しました」
アドルフィーネが管理員に頭を下げて用件を告げた。
「おい、学生さん。用件が有るならそっちの人間のメイドに話させな。ケダモノの言う事など何を言っているのか判らないんでな」
それを聞いたジャンヌが前に出ようとしたところをジョン殿下に肩を掴まれた。
「ジャンヌ、お前はいい。俺が説明する!」
「ああ、お貴族様ですか。いつものようにロックフォール侯爵家様の横槍ですかい。はいはい、今度はウチがターゲットですかい」
「別にファナ・ロックフォールとかは関係ない! ただ人の手配を頼みに来ただけだ」
イアンがロックフォール侯爵家という言葉に過剰に反応する。
「へへ、どうだかね。まあロックフォール侯爵様の思うようにはならないぜ。そんな事をすりゃあモン・ドール侯爵家が黙ってない。モン・ドール侯爵の後ろ盾は王族だからな。王妃のマリエッタ様がついているからな」
「なっ! マリエッタ・モン・ドールは王妃では無い! 王妃は…」
ジョン殿下が顔を朱に染めて異を唱えようとした瞬間にアドルフィーネが割って入った。
「管理者様! 不敬ですよ! 言葉が過ぎるのではないですか。正妃様はマリエル様で御座います。マリエッタ様は只の寵妃ですわ」
「お貴族様の坊ちゃん。ケダモノにはも少し教育をした方が宜しんじゃないですか? ここは教導派の聖教会の領分だ! 清貧派の貴族がデカいツラするんじゃねえ!」
アドルフィーネを押しのけてゆっくりとジョン殿下が前に出てきた。
慌てて止めようとしたナデテとナデタがその顔を見て動きを止めた。
「もういい、アドルフィーネ。管理者殿、其方の考えは良く解った。しかし俺たちも必要が有って参ったのだ。すまんが院内を見せて貰い申し込みに必要な事項を聞かせて頂きたいので院長に取り次いでもらいたい」
「分れば良いんだよ。それに取次ぎを依頼するならそれなりに必要な物が有るだろうが」
慌てて進み出たオズマが銀貨を二枚管理者に渡す。
「奥が男子の作業場だ。勝手に見て行けば良い。だがな、そこのメイド共が手籠めにされても責任は持たないぜ」
管理者は下卑た笑いを浮かべて銀貨を一瞥するとそう言い放って奥に引っ込んで行った。
「何なんだあの男は! 院長が来たら苦情を言ってやる」
ヨハンが怒りの籠った呻きを上げる。
「止めておけ。どうせ院長も似た様なものだろう。こうやって身分を隠す事で奴らの本音が聞けるのだ。それよりもアドルフィーネ、俺の為に腹を立ててくれた事には礼を言う。まあ母上もアドルフィーネに擁護して貰えるほどの人かどうかは別ではあるがな」
そう言うと自嘲気味に笑いながら奥に歩を進めた。
換気の不十分な作業場は薄暗く汗の臭いがこもり思わず顔をそむける状態だった。
中ではやつれて痩せた男たちが木の根や丸太に向かって斧を振り下ろし薪を作っていた。
「ここで、この作業を半日続けるのですか…」
オズマが震え声でそう言った。
「それでいくら貰えるのだ」
イアンの問いかけにジャンヌが答える。
「賃金は出ませんよ。全て救貧院の食費と運営費に補填されます。救貧院の収益が上がれば食費に上乗せされると言うのが建前ですが、多分ここでは役所からの支給分の食事しか出ていないと思います」
「と言う事は…」
「ええ、聖教会かモン・ドール侯爵家の関係者に流れているのでしょう。もちろん院長も管理官も中抜きをしていると思いますが」
「ムッ…」
ジョン殿下もイアンも黙り込んでしまった。
「院長が来るまでに女性の仕事場も見に参りましょう」
ジャンヌに先を促され別棟の女性用の作業場に向かう。
作業場の近くに行くともうすぐにムッとした血の臭いと腐敗臭が鼻を突いてきた。
部屋の中を覗くと 屠殺業者から運ばれてきた臓物を女たちが水で洗って塩漬けにしていた。
部屋の中に充満する悪臭で、ジョン殿下たちは中に立ち入る事も出来ず唖然として入り口の前から中を覗いている。
見ていると外に設えられた井戸から幼女たちが水を張った大きな手桶を持ってヨロヨロと中に運び込んでいる。
「サッサとお行き! ノロノロしていると仕事が終わらないよ!」
井戸の端で鞭を持った女が子供達をせかしている。
「おい、貴様! こんな小さな子に何をさせている!」
直情型のイヴァンが腹を立てて監督官の女に詰め寄る。
「近衛騎士様かい。お偉い騎士様には分からないが、こうやっていないとこいつらは直ぐにサボるんだよ。関係ないなら引っ込んでおくれよ」
イヴァンはその監督官を睨みつけると、二人の幼女から手桶を引っ手繰り両手に持って歩き始めた。
幼女二人は怯えた顔でイヴァンに着いて行く。
作業場の入り口着くと手桶を二人に渡しまた井戸に向かって行った。井戸の側には手桶に水を入れている幼女が未だいるのだ。
「騎士様ありがとうございます」
二人の幼女が頭を下げて部屋に入って行く。
「そんな事をしたところで何も変わりはしないよ! こいつ等が怠ける事になるだけだからね」
監督官の女は吐き捨てるようにそう言ったがそれ以上は何もしなかった。
ヨハンとイアンもそれを見て井戸端に駆け寄ると三人で水桶を運び始める。
幼女たちを作業場の入り口に待たせて、三人で水桶のリレーを始めた。
ジョン殿下もそれに加わろうと井戸端に行きかけるのをアドルフィーネが止めた。
「ジョン殿下。成りません。王族のあなた様がその様な事をするものではありません。今水を運んでもそれは一時の事、ジョン様にはそれを無くす方法を考えて頂くお役目が御座います。御辛抱ください」
「…そうだな。俺の役目はもっと上に有るのだな。それが俺たちの義務と言う事なのだろう。お前の言いたい事は受け止めた」
「もう直ぐここの院長が参ると思いますが、くれぐれも身分を明かす事無く御短慮は御慎み下さい。とくにイヴァン様の言動には気を付けてあげて下さいませ」
ジョン殿下に忠告する。
「わかっている。あいつらも根は優しい奴らだからこの状況に我慢出来ないのだろう。とくにイヴァンは子供が虐げられるのは看過できない一本気な性格だからな。俺はあいつ等が友である事が誇らしい」
そう言うと手桶を室内に運んでいる幼女たちの所に歩いて行った。
「其の方らよく耐えているな。立派だぞ。辛いだろうが頑張れ」
「うん、大丈夫だよ。アタイはかあちゃんといっしょにいれるから」
「わたしはにいちゃんやおとうととあえないからさびしい」
「兄とあえないのか?」
「うん、男と女はあっちゃいけないんだ。ここのきまりなんだ」
「食事は足りているのか?」
「かあちゃんが分けてくれるから…」
「それなら母君は足りているのか?」
「たりないと思う。アタイたちと同じ量しかたべられないから」
それまでジョン殿下の横で聞いていたオズマが泣き崩れた。
「やはり…やはり私は…。何も知らず恥知らずにもジャンヌ様にあんなお願いをして…」
「大丈夫。方法は有ります。力になる事も出来るでしょう。だから今は落ち着いて下さい」
ジャンヌはオズマを抱き起した。
「おー、こんな所に居られたか。お話を聞きましょう。こちらに参られよ」
事務所棟の中からジョン殿下に向かってでっぷりと太った男が声を掛けている。
「おい、行くぞ!」
低い声でジョン殿下は井戸端の三人に声を掛けて歩き出した。
その声を聴いててこちらに向かってついてくる三人の表情も来た時とはまるで違うものに代わっていた。
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