第153話 救貧院の視察(3)

【4】

「それで引っ越しのお手伝いと言う事ですな。荷物の搬出と荷車での運搬言うところでしょうか? まあ一人あたり銀貨十五枚で手配いたしますが」

 院長は面倒くさそうにジョン殿下に向かって話し出す。


「貴様! その前になぜあんな小さな子供に水運びなどやらしているのだ!」

 イヴァンが二人の間に割って入って怒鳴っている。

「中々にお優しい騎士殿だ。あの娘たちは我々が面倒を見なければ野垂れ死ぬ運命だったのだよ。我らが食と寝床と衣服を与えておるのだ。その為の奉仕は当然であろうが」


「その割にはどの収容者もやせ細って食事も行き届いていない様な事を言っていたのだがな」

 ヨハンも院長の顔を睨みつける。

「働いた分の工賃が食費に上乗せされるのだろう。一人銀貨十五枚ならたらふく食っても三日は食べて行けるはずだがな」

「フン。学生とは単純で気楽なものですな。人が生きるには食い物以外にも色々と金がかかるのですよ。その賃金から賄おうと思えば収容者全員で割ると微々たるものですからな。これだから見識の低い平民のガキは困りものだ」

「だっ黙れ! 僕たちは…」

「ヨハン様ぁ。落ち着いて下さいよぉ」


「もう良い! アドルフィーネ! この金貨で買えるだけソーセージを調達して来い。院長! 今日の収容者全員の昼飯にそれを添えて出してやれ」

「おおそれならば、その様なケダモノメイドに命じずとも私に寄越しなさい。こちらで差配いたしましょう」

 院長が急に相好を崩してジョン殿下に歩み寄る。


「いや、現物でお渡しする。食事の時に立ち会って我々で全員に支給する。寄付するのだから文句は無かろう」

「ケッ、聖人気取りのガキどもが。どこの貴族の御曹司か知りませんがさぞや清貧派の似非えせ聖女に感化を受けたようですな。あの似非聖女の口車に乗るとその内その身分も無くす事になるかも知れませんぞ。いつまでもモン・ドール侯爵家も王家も黙っていると思うなら大間違いだ。ペスカトーレ枢機卿も教皇猊下も黙ってはおらんぞ」


「好きにするが良いではないか。今日の昼飯には俺たちも立ち会わせて貰うから了承いただこう」

「なら勝手にするが良い。聖人気取りのガキどもが!」

 そう吐き捨てて院長は事務所の奥に帰って行った。


「私どもメイドを同行した為に殿下の心証を悪くさせてしまいましたね。申し訳御座いません」

 ナデタがジョン殿下に頭を下げる。

「いや、気にせずとも好い。奴らの、そしてその上に数食う奴らの本性が知れただけでも収穫だ」

「そう申して頂けるとぉ、お連れしたぁ甲斐が有りますぅ」

 ナデテもそう言って頭を下げる。


 しばらくするとどこから調達したのかアドルフィーネが大量の焼いたソーセージを入れた木箱を抱えて戻ってきた。

「タップリ二箱御座います。二手に分かれて男性食堂と女性食堂に配ってまいります」

「おう! 俺も手伝うぞあの幼女たちにしっかり食べさせてやらねばいけないからな。荷物持ちは俺に任せろ。行くぞナデテ、ナデタ」

 イヴァンは箱を一つ抱えて女子食堂に向かって歩き出した。


「オズマさん、私たちは男子食堂に向かいましょう。アドルフィーネさんはイヴァン様とご一緒に女子食堂をお願いします」

 ジャンヌはそう言うと箱に手を伸ばす。それを押し留めてジョン殿下が手を伸ばそうとした。

 それより早くイアンとヨハンがアドルフィーネから箱を奪い取り残っている面々に告げた。


「殿下、汗臭い男ばかりの食堂ですがジャンヌが一緒なら少しは華やぐでしょう。さあ行きましょう」

「さあ、オズマも早くおいで。女子食堂はアドルフィーネたちに任せておけばイヴァンの面倒も見てくれるさ」

 ジャンヌたちにそう言うとさっさと男子食堂に向かって歩き出した。


【5】

「なっなんだお前らは?」

 いきなり食堂に入って来たジャンヌたちに監督官の男が驚いた顔でこちらを見た。

「院長の許可は貰っている。見学させて貰う」

 ジョン殿下が監督官に告げる。


 テーブルの上を見ると何やら臓物と豆を煮込んだ物とカビた黒パンが一枚乗っているだけだ。

「ひどい食事ですね。パンも痛んでいるでは無いですか」

「この程度の量で足りているのですか」

 イアンとヨハンがテーブルの昼食を見ながら聞いた。


「そんなもの足りる訳が…」

「黙れ! 食事中に誰が喋ってい良いと言った! さっさと食いやがれ!」

 監督官が割り木でテーブルを叩いて怒鳴る。

「食事時くらいゆっくりと食べさせてやればどうなんだ。狭量な奴だ」

「黙れ! お前ら、さっき来ていた学生だろう。食事中に何の用件だ! 作業員の契約ならとっとと済まして帰りやがれ」


「昼飯の差し入れだ。これも許可を貰っている」

 ジョン殿下の言葉でジャンヌがトングを持ってソーセージを配り始めようとした。

「おい、そのメイド! 勝手なことをするな! 箱ごと寄越せ! こっちで分配する!」

 監督官の男が割り木を振りかざして、大股でこちらに詰め寄って来る。


「おい! それ以上近付くとただでは済まさんぞ!」

 ジョン殿下が怒りを滲ませて睨みつけると監督官は顔を引きつらせて立ち止まった。

「メシの配分も有る。勝手に配られると…」

「全員に平等に配る! それに何の問題があると言うのだ!」


 ジョン殿下の勢いに飲まれた監督官は悔しそうに唇を噛んだ。

 その間にジャンヌとオズマはトングでソーセージを配って回る。

 作業員たちは配られたソーセージを一心不乱に食べている。


「なあ兄ちゃん、これ本当に食って良いのか?」

 洗礼前と思しき少年がイアンを見上げて問う。

「ああ、お前たちに食わせるために持ってきたんだ。しっかり食えよ」

「にいちゃん、オイラこんなうまいモノはじめて食った」

 もう一人の少年が嬉しそうにイアンを見上げて告げる。


「また持ってきてあげます。私にはこの程度の事しかできないの。ごめんね」

 オズマが悲しそうに唇を噛んで子供たちに告げる。

「またもって来てくれるんだって!」

「ありがとう、ねえちゃん」

 子供たちは無邪気に歓声を上げた。


 イアンやヨハンにはその子供たちの歓声を聞いて更に辛さを増したようで、泣きそうな顔で唇を噛んでいる。

 ソーセージを配り終えたと同時に瞬く間食べられて無くなっている。

 監督官は苛立たしそうにジョン殿下たちを睨みつけるとまた割り木でテーブルを叩く。


「いつまでグダグダ食ってやがる! 飯が終わったならさっさと仕事に戻れ!」

 そして割り木でジョン殿下たちを指すとさらに続けた。

「あんたらも用事が終わったならさっさと帰りな。作業の邪魔だ!」

 ジョン殿下はその言葉を聞いて踵を返すと出口に向かって歩き出した。

 何か反論をするかと思っていたイアンとヨハンは拍子抜けしたように後をついて行った。

 ジャンヌとオズマは嬉しそうに手を振る子供達に小さく手を振り返すとその後に続いて食堂を出る。


 離れた女子食堂の方からイヴァン達が歩いてくるのが見えた。

 イヴァンはとても機嫌良さそうにしている。

「おーい、イヴァン。そっちはトラブルは無かったのか?」

 ジョン殿下の問いかけにイヴァンが満足気に応じる。

「あの子供たちがすごく喜んでいたぞ。ジョン殿下の差し入れだと教えてやろうとしたらナデタに口を塞がれた」


 こいつやらかしかけたなっという顔で、イアンがアドルフィーネの顔を見た。

「どうにか恙無つつがなく終了いたしました」

 アドルフィーネがそう言って頭を下げる。


「よくまああの監督官の女が黙って差し入れをさせてくれたなあ」

 ヨハンが不思議そうに聞いた。

「ああ、アドルフィーネが親切にあの監督官の南京虫退治をしてやったんだ。すごいぞあっと言う間に南京虫が死んで落ちてくるんだ。その後はもう何も言わずにいてくれた」

 イヴァンが楽しそうにそう告げた。

 ジャンヌは多分アドルフィーネが害虫退治に託けて何か脅しをかけたのだろうと思いながらアドルフィーネを見る。

 たしか夏至祭の時にヨハンの演習を見ながらセイラがそんな事を言っていたのを思い出したのだ。

 たださすがのジャンヌも南京虫退治が脅しになるとは思っていないようだ。

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