第154話 対策

【1】

 王都大聖堂の近くにある国内最大の救貧院では収容者の大半がペスカトーレ侯爵の持つ王都郊外の農場に農作業者として駆り出されていた。

 鐘一つは時間のかかる道のりを歩いて農場に行き、鐘六つ分働いてまた鐘二つ分を歩いて帰ってくるので貸し出す人手は居ない。

 入り口でそう告げられて中も見せてもらえない。

 獣人族のメイドを連れたジャンヌたち一行はろくな応対もされず、邪魔者扱いで追い出されてしまった。


 その後に回った二箇所も一箇所目と似たようなものだった。

 どの救貧院も清貧派を警戒しているようで、獣人族メイドを連れていると言うことで敵意むき出しの対応をされる。

 費用もふっかけられているのだろう、銀貨三十枚を要求する救貧院もあった。

 そしてどの救貧院も判で押したように賄賂を要求してくる。

 管理責任者や院長と面会するだけでも、門をくぐるにも金をせびる救貧院まであった。


 三つ目の救貧院では無理を言って宿舎の見学をして、広い床に棺桶のような箱が並んだ部屋に全員が絶句していた。

 四つ目の救貧院を出た頃には三の鐘が鳴り響いていた。

 夏至の頃で四の鐘がなり終わっても日が高い時期ではあるが、あと二つを回っても結果は同じだろうと言うことで救貧院巡りは終了することになった。


「しょ…食事に行くぞ。ジャンヌ、良いだろう? 皆も腹も減っているだろう疲れてもいるだろう」

 ジョン殿下が何故か赤い顔で照れながらそう宣言した。

「メイドたち三人もご苦労だった。お前たちも一緒に食事をしろ! 給仕につかれてはゆっくり話も聞けんしな。ジャンヌもメイド服なのだから構わんだろう」

 横を向きながらそう言うとさっさと歩き始める。


 どこに向かうのかと思えばハバリー亭だった。

「殿下。流石にここは私どもには未分不相応でございます」

 アドルフィーネが恐縮して頭を下げる。

「構わん! 王族の俺が良いと言っておるのだ。さっさとついて来い」

 アドルフィーネとしては、この店とサロン・ド・ヨアンナだけは避けたかった。

 ハバリー亭では話の内容までファナにすべて筒抜けになってしまう。


 ファナ・ロックフォール侯爵令嬢はどう動くか予想がつかないのだが、こうなっては仕方ない。

 後で本人に弁明にゆかねばならないだろうが、うまく言い包められるだろうか。


 個室に入ると大テーブルに九人分の席が準備された。

 予約が必須のはずのこの店で顔パスで席を取れるとはさすが王族だと感心していたら、どうも午後から貸し切りにしていたようだ。

 あのファナが顔パスなど許すはずもなかった。


 一応店のサーヴァントを通して今日の内容は内密にすることを伝えておいたが、ファナには隠せないだろう。

 ジョン殿下自ら予約しているのだから。

 アドルフィーネは部屋の伝声管の蓋が閉じていることを確認して席についた。


【2】

 ジョン・ラップランドは沈痛な面持ちで口を開いた。

「想像していたものとまるで違っていたな」

「収容者の待遇も過酷だが、管理者がみんな腐っている。私の目は節穴だったよ」

「多分ペスカトーレ侯爵家は救貧院の収容者を小作人代わりに使っているんだろうな。いくらで雇っているのか知らないが、移動だけで鐘二つ分も時間をかけていては収容者は寝る時間しか残らないじゃないか」


「私が間違っておりました。こんなにひどい状況だとはついぞ知らずにジャンヌ様に無理なお願いをしてしまいました。…せめて、一刻も早くあの子供達だけでも救わねば…」

 オズマ・ランドックが悲しそうにジャンヌに言った。

「俺もセイラ・カンボゾーラの事は見誤っていた。特に聖霊歌隊の事はあいつの考えは正しい。ジャンヌ、悪かった。あの施設から抜け出せるだけでも意義はある」

 ジョン殿下も同じくジャンヌに頭を下げる。


「分かって頂ければ良いのです。それよりもオズマさんはそれでは困るのではないですか? 何かいい案を考えなければ」

 ジャンヌの言葉を継いでアドルフィーネも言葉を添える。

「オズマ様。そこまでお気に病むことは御座いませんよ。北部では世間の慣例として救貧院の収容者を貸し出す事は普通に行われています。それにオズマ様の父上が全てに対して直接関わっていた訳では無いでしょう」


「それでもオーブラック商会もカマンベール子爵領での土木工事で多くの作業者を徴用しております」

「その工事ではカマンベール子爵家の労働基準に沿った仕事をさせておられたのでは御座いませんか? 食事も充分に採らせてきちんとした宿舎に寝泊まりさせて労働時間も鐘四つ分であったと聞いております。休みの日も設けておられたのですよね」

 ナデタが口を挟んできた。彼女はカマンベール子爵領で領地運営に関わっていたのだからその辺りの事情は良く解っていた。


「そうだな。それならばオズマがそこまで気に病む事は無い。オーブラック商会の仕事は真っ当な仕事だったろうからな」

「それでも賃金は収容者には一銭も支払われておりません。すべて救貧院に…」

「それは救貧院が悪いのですぅ。結局どのような雇用をしようともぉ救貧院が間に有る限りぃ、収容者はいつまでたってもぉ自立できません」


「私どもセイラカフェメイドは幼い頃から救貧院と背中合わせの境遇で大きくなったのですよ。セイラ・ライトスミス様が居なければ、あの境遇に落ちていたかもしれないメイドやフットマンも沢山います」

「やはりそうだったんですね」

 アドルフィーネの言葉にジャンヌが頷いた。


 驚いて振り返るアドルフィーネにジャンヌは続ける。

「セイラ・カンボゾーラさんの身近にもそういう方が居るのでしょう。だからセイラさんはあんなに救貧院を嫌悪しているのでしょう」

「ええ、ヨアンナ様のメイドのフォアもその様な境遇でした。カロリーヌ様付きのミシェルは母と二人の兄も救貧院に収容される直前をセイラ・ライトスミス様に救われたのです。ルイーズはミシェルを助ける為に悪い商人に騙されかけました。ジャックやポールやピエールやウィキンズが奔走して救貧院の悪事を暴いて…。それをセイラ・カンボゾーラ様はご存じなのです」


「今の話を聞く限りではセイラ・カンボゾーラは救貧院の事については妥協しないのではないか」

「私もそう思いますよ。殿下の言う通りセイラ・カンボゾーラについては出来るのにやらないと言う選択肢は無いでしょう。実際私も出来るなら父に掛け合って今すぐにでも救貧院を廃止したいと思いますよ」


「そうでしょうかぁ? 何か方法はないのでしょうかぁ」

 ナデテが口を開く。

「例えばオーブラック商会がぁ、カマンベール子爵領で行っていた土木作業の労働条件はぁ、他領と比べてずっと好条件でしたぁ。問題はぁ給金が支払われなかった事だけぇ。でもオーブラック商会はぁ、給金に相当するお金を払っていますよねぇ」

 その言葉に全員がハッとしてナデテの顔を見る。


「そう言えばそうだ。宿舎と食事がついて一日鐘四つだけの仕事時間、その上四日に一度休みがあるなんて僕たち宮廷魔導士より好条件じゃないか」

「そうだな。俺たち近衛騎士は決まった休み何て無いんだからな」


「そうですよね、オズマ様。ここは思い切ってセイラ様にご相談申し上げた方が良いのでは無いでしょうか。色々軋轢はあったとしてもオーブラック商会は全うな仕事を成されているのですから、胸を張ってお願すればよろしいかと愚考いたしますわ」

「そうでしょうか? 私や父を許して頂けるでしょうか?」

「オズマさん、アドルフィーネさんの言った通り胸を張って、許して貰う様な事はあなた達はしていないわ。それはきっとセイラさんも分かっていると思いますよ」


「そうだね。セイラ・カンボゾーラに相談して拒否されてもこれ以上事態が悪化するわけでも無いし。ダメもとで頼んでみしょう。ジャンヌが居れば話も聞いてくれるだろう。私たちも口添えしますから」

「ええ僕たちも救貧院の現状は見てきたのだから実情は分かっているし何か考えてくれるさ」

「よし! 明日の夕刻にセイラ・カンボゾーラをここに招待する。悪いがアドルフィーネ、招待状を渡すので後を頼む。あいつに食事を御馳走するのは少々腹立たしいが、ハハハハ」

 そう言ってジョン殿下が豪快に笑った。

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