第155話 殿下との晩餐会

【1】

 昨日の夜、ハバリー亭から帰って来たアドルフィーネから詳しく事情は聞いた。

「それで主菜は何だったの? デザートは? 殿下もケチよねえ、頼みごとをするならお土産くらい持たしてくれても良いのに」

「セイラ様」

「いっその事テイクアウトで食事だけ配達してくれないかな」

「セイラ様、未練たらしいですよ。明日はジョン殿下のお招きでハバリー亭に行けるのでしょう」

「ジョン殿下? 何それ、食べられるの? 絶対まずそうだ。不味いに決まってる。そもそもあいつらの顔を見ながらだと、ハバリー亭のご飯が不味くなるから嫌だ! 今食べたい! あいつらの居ないところで食べたい!」


「子供みたいなことを! 明日の目的は食事ではありませんよ。オズマ様のご相談を受けているのですから」

「それで明日は誰が来るのかしら?」

「今日のメンバーにセイラ様が加わるだけですよ」

「じゃあ、ジャンヌさんとオズマさんと後はあなた達三人ね。それに私が加わるのね」

「ウルヴァは…」

「ウルヴァ連れて行けない。あの娘も両親も逃亡農奴だもの。国境を越えて逃げてきて救貧院に入れられていたんだから他人事じゃないから辛いだろうと思うの」

「それでは明日の夜はヨアンナ様にお願い致しましょう」


「救貧院の子供を助ける相談をハバリー亭でするなんて、そんなお金が有るなら救貧院に寄付すれば良いなんて言う奴が出てくるんじゃないのかな? オズマなんか追い詰められてるから一番にそういう事を言いそうだけれど」

「セイラ様はどう思われますか?」


「質問に質問で返すかなぁ…。ソレはソレ、コレはコレだよね。余分なお金を貯め込むくらいなら使って経済を回せばいいんだよ。ハバリー亭は使われたお金が使用人の給金として適切に使われているからね」

「仰る通りですね。使ったお金が働いた者に行き渡らないのが問題なのですね」

 長年ライトスミス商会に関わってきているのでアドルフィーネはそう言うところの察しが良い。

 仕方がない諦めて明日は殿下たちとの話し合いだ。


【2】

 今日は学校で何かコンタクトが有るかと気を張っていたが、特に何も起こらなかった。

 アドルフィーネに一任したので向こうからアクションを取るつもりは無いのだろう。

 授業が終わるとオズマもジャンヌも殿下たちに拉致られて早々に居なくなってしまった。


「ジャンヌ様を殿下が連れて行ったようですが、何かあったのでしょうか?」

 カロリーヌが心配そうに私に問いかける。

「ジャンヌさんをお茶に誘うとか息巻いていたから、それじゃないかしら? 殿下たちもジャンヌさんを見習って少しは態度を改めて貰いたいものだわ」

「またそのような事を仰って。セイラ様は殿下たちとケンカするのを楽しんではおられませんか?」

 カロリーヌも割と鋭いな。


「まあ、気兼ねなく殿下たちとケンカでもすればよいのだわ。美味しい話が有れば一口乗りたいとは思うのだけれど今は遠慮するのだわ。一度イアンも綺麗事ばかりで無く世の中の現実を知った方が良いのだわ」

 早々にファナには報告が入っているようだ。口振りから今回は静観を決め込んでくれそうなので甘えておこう。

 多分彼女の事だから冷静に状況を見ていらぬ口出しはしないだろう


「あの連中はジャンヌさんを好いているから、バカな事はしないと思うわ。それにジャンヌさんはバカな口車に乗るような方でもないし。上手く行けばカロリーヌ様の領地改革に力を貸してもらえる可能性の方が大きいですよ」

 それとなくファナに、そしてその隣にいるヨアンナにも聞こえる様に話を進める。

「ジャンヌならあなたのように暴走しないから大丈夫かしら。でももしもの場合はみんなに相談できるようにしっかり言っておくのが良いかしら」


「でも平民寮は今エマさんが忙しくしているようだから助けてくれる方がいらっしゃらないのは不安ですわ。ジャンヌさんを慕う方は多くいらっしゃるから滅多な事は無いと思いますけれど」

 最近ジャンヌとすっかり仲良くなったカロリーヌが少し心配そう呟いた。

「カロリーヌは気に病む事は無いのだわ。メイドのナデテも付いているし、いざとなればセイラが平民寮にでもジョン殿下のところにでも暴れ込むのだわ」


 という事でジョン殿下たちと口喧嘩をする為にアドルフィーネとハバリー亭へと赴いた。

 案内された部屋に入るともう既に他のメンバーは揃っていた。

 給仕に付くハバリー亭のフットマンやメイドがビビりまくっているのが手に取るように分かる。


 それはそうだろう。

 幹部クラスのナデテとナデタが席についていて、その給仕をするのだから。

 おまけにその上に君臨するアドルフィーネが私と共に入ってきて席に着くのだ。

 殿下たちには分からないだろが、給仕係のピリピリした緊張感がこちらに伝わって来る。


「今日はメイド達が緊張しているようだな。俺が来たからかもしれんが気にする事は無い、気楽なお忍びの食事会だ。少々の事で咎め立てはせんからそう気を張らんで良いぞ」

 いや殿下たちにも伝わっていた様だ。

 給仕のフットマンが苦笑いして、殿下に会釈を返して下がって行った。


「今日は給仕は必要ありませんよね。食事の皿が空けば呼びますから下がって貰いましょう。お茶もこちらで淹れるように致しましょう。それで如何ですか殿下」

「おいおい、来て早々仕切り始めたぞ」

 イアンが軽口を叩くが、殿下は頷いて言った。

「そうだな、そうして貰おう。気のおけぬ者同士の内々の食事会だ。其の方ら下がって良いぞ」


 前菜の皿を並べ終わった給仕たちが頭を下げて退出して行く。

「別に楽しい食事会でも無いので乾杯はせん。ワインやシードルが良い者は手酌で注いでもらおう。今日は其の方らメイド達も招待客だ。要らぬ気を利かせず食事をして貰いたい」


 なかなかどうして、ジョン殿下も殿下の言葉に頷いてるイアンやヨハンもかつての権威主義者の教導派貴族だとは思えない変わりようだ。

 その横で勝手に前菜を自分の皿によそっているイヴァンは死ね。

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