第156話 晩餐会での密談

【1】

「先ずセイラ・カンボゾーラ。其の方に謝罪する。現実を見ず委細を知らずに其の方が私利私欲で救貧院に圧力を掛けていると誤解していた。すまぬ」

 殿下が頭を下げた。


 いきなりの下手に出られるとは思わなかった。さすがにこう言われては帰す言葉も無い。

 実際には私利私欲も大きく絡んでいるから、偉そうな事は言えないのだ。エマ姉と同じく、私も儲けが出ない事はやらない主義だから。

「殿下! 頭をお上げ下さい。私はジャンヌさんのように慈悲の心だけで動いている訳では無いのですから。殿下の思っていらっしゃった通り、私利私欲も交じっております」


「そうだよね。セイラ・カンボゾーラが私利私欲抜きで何かやろうなんて有り得ないからね」

「ヨハン・シュトレーゼ様、その口縫い付けてやろうか」

「あの、別にその結果救貧院の子供が救われるんだから結果オーライだよ」

 ヨハンが慌てて取り繕う。


 私はヨハンをジト目で見つつ話を続ける。

「アドルフィーネより詳細は伺っています。オーブラック商会は商売敵ではありますが、ナデテの言う通り不正な取引をしていたわけでは御座いません。もちろん救貧院改革の手を緩めるつもりは有りませんが、オーブラック商会に対して含みが有る訳では御座いません。共闘できるならやり様は有ると愚行致します」


 オズマが顔を上げて私を見た。

「出来るのでしょうか? 助けていただけるのでしょうか?」

「最終的な決断はあなたのお父様次第ですが、方法は有ると思います。一緒にご相談致しましょう」

「セイラ様 有難うございます」

 頭を下げるオズマを押し留める。


「オズマさん、まだ早いわ。礼は全てが終わった後。まだ方法も固まっていないしあなた方が飲める案になるかどうかも未定よ。それに私は、救貧院の子供たちが一日でも早く救われるのであればそちらを優先させてしまうでしょうから」


「其方らしい言いようだな、セイラ・カンボゾーラ。だが私も救貧院の救済を優先させることは賛成だよ。そう考えれば今日の晩餐だって救貧院の夕食の補助に回せば少しは救われる子供が増えるかも知れない…」

 イアンの言葉から最後は力が抜けてしりすぼみになって行く。

 他のメンバーもその言葉に気付いてハッとした様に顔を見合わせた。


「イアン様、そこは割り切って下さい。安酒場に切り替えて倹約をするよりも、今日のここで行われる食事によって救われる者の方が多いのですから」

「俺も安酒場よりこの店の方が良いが、騎士団寮の食事を食べなくて済む俺以外にも救われるものがいるのか?」

「イヴァン様は口を噤んでろ!」

「セイラ・カンボゾーラ、様を付ければ敬意を表していると思ってないか? 違うからな。お前の口調から敬意なんて感じないからな!」


 イヴァンの抗議は無視して話を続ける。

「安酒場よりハバリー亭の方が食事一品に関わる人間の数は多いのですよ。同じ収穫物でも手をかけて選別して、遠くから運んできて、多くの料理人が調理に加わって、給仕も教育されたフットマンやメイドがこうして就いています。その者たち一人一人に払われる報酬が正当な額である為単価は上がりますが、それだけの価値も有ります。店主が市場で買ってきて自分で料理して出す料理店とは、係わる人も手間も違うからそれはそれで意味が有るのです」


「それならばなぜ救貧院に収容されるような人々がこんなに多くいるのだ。俺たちの何が間違っているんだろうか」

「正当な報酬が払われていないからですよ。搾取する者たちが不当な行為でお金を貯めて眠らせている奴らがいるからですよ」

「正当な報酬を払わずに搾取する者がいる事は分ります。でも眠らせるとはどういう事でしょう。儲ける事はいけないという事ですよね」

「そうでは無くて、儲かったお金を眠らせている事でそれが行き渡らない事が問題なんです」


「昔ある男が夜の川に銀貨を一枚落としました。その銀貨を探すために銀貨五枚で松明を買って家来に探させたそうですよ」

「それは…愚か者のする事では無いのか。銀貨一枚の為に銀貨四枚を損しているじゃないか」


「イアン様、それは個人としての見解でしょう。その男は言ったのです。川に落ちた銀貨は使われなくなり天下の損失となる。俺は銀貨を四枚損をしたが、払った五枚の銀貨で潤う者が居りその金は天下を回って行くと。為政者としてはその男の言葉にこそ必要な真実が含まれていると思いますよ」

「…そうだな。金を使う事が悪いのでは無くてどこで何のために使うのかが重要なんだろうな。なんとなくお前の言いたい事が判ってきた気がする」


「真面目に働いた者が報われるのであれば、私は不平等は有っても構わないと思っています。何もせずに搾取する者を私は許すつもりは無い。其れが誰であろうとも」

「だから其の方は俺たちに突っかかって来ていたのだな。何もせずに搾取する側か…。ヨアンナやファナは…。金儲けに奔走するのは貴族のする事では無いと思っていたが、あ奴らは予科に居る頃から平民に仕事を与えていたな。俺は王族とという地位を持ちながら何をすれば良いのかすらわからん」

 ジョン殿下が自嘲的にそう言うと溜息をついた。


 少々きつく言い過ぎたかもしれない。

 少し気分を変えよう。

 私は立ち上がると伝声管の蓋を開いて厨房に声を掛ける。次の料理を持って来させることにした。


 直ぐに数人のフットマンとメイドが料理の皿を持ってやって来た。

 手早く古い皿を片付けると湯気の立つ次の皿が運ばれてくる。

 私は料理の皿が置き終わるタイミングを見て、給仕たちに声をかけた。


「この中で、救貧院に入っていた人はいないからしら。いればお話を伺いたいの。嫌ならば無理強いはしないけれど」

 その言葉に給仕たちはお互い顔を見合わせていたが、しばらく逡巡してから三人の男女が手を上げた。

 フットマンの人属の少年が一人と人属と獣人属の少女が一人づつ。


「あなた達が救貧院に入った経緯とそれから今までの話しを、差し支えなければ聞かせて貰えないかしら。辛いとか言いたくない事は言わなくて良いからね」

 私の言葉に三人は顔を見合わせたのち、少年が頷くとこちらを向いて口を開いた。


「それじゃあ。僕から話させていただきます」

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