第157話 救貧院の子供たち

【1】

 少年は東部の出身で、四年前まで救貧院に居たそうだ。

 父親は大工だったが工事現場の事故で丸太の下敷きになり一年間寝たきりで挙句死亡した。

 その間に蓄えも底を尽き母と妹と共に救貧院に入れられた。彼が七歳、妹は五歳の時だったと言う。

 結局母と妹とは引き離されて会える事も無く、洗礼式を迎えたまたま洗礼式会場に来ていたライトスミス商会の職員に雇われて、西部の清貧派聖教会の聖教会工房に暮らす事が出来る様になった。


 その時に自分を雇ってくれたライトスミス商会の職員に頼んで母と妹を雇い入れて貰おうとしたが、母は教導派の聖職者に手籠めにされて妊娠した為外聞を気にした聖教会によって何処かに連れ去られていた。

 妹は栄養失調の状態だが辛うじて生きており、彼と一緒に西部の聖教会工房に移り住む事が出来て今は西部のセイラカフェでメイド見習いをしていると言う。

 彼の母は生死は分からないが、彼は生きていると信じて今でも探していると言う。


 次に口を開いたのは獣人属の娘だった。

 彼女はハウザー王国の逃亡農奴だった。両親と三人でハウザー王国南部の農場を脱走し、追手を逃れて農奴制を廃止しているサンペドロ州逃げ込んだ。

 しかしハウザー王国では食べて行ける職を得られず、その為に八歳の時にラスカル王国の国境を一家で越えた。


 しかし右も左も分からない無学な親子に対してラスカル王国は優しくはなかった。

 騙されて農奴同然で南部の農場に小作人として売られたが、無理がたたり両親ともに亡くなってしまった。

 役立たない彼女はそのままレスター州の救貧院に送られてしまったのだが、そこで一緒に働いているもう一人の少女と知り合ったと言う。


 彼女は母親を知らず、父親はアル中で碌に稼ぎも無かった為、当然親子ともども救貧院送りになってしまった。

 両親を失った獣人属の娘と洗礼前の親が居ないも同然の人属の娘は、二人で励まし合いながら半年余りを耐えた頃に、レスター州内から教導派が一掃された。

 そこからは聖教会工房で仕事をしながら必死で聖教会教室で学んでセイラカフェのメイドとなり、今は王都のハバリー亭でメイドとした働けている。


 二人はジャンヌの下に向かうと膝を折り頭を垂れて礼の言葉を述べた。

 レスター州とブリー州で聖教会教室が立ち上がった時に一斉に救貧院が廃止されたのは、ジャンヌの尽力のおかげだととうとうと謝辞を述べた。


「違います。誤解ですよ。聖教会教室も聖教会工房もゴッダードのセイラ・ライトスミス様が成された事で、私はただその業績を受け継いだだけなのです。私は何一つ未だ成していないのです」

「違うぞジャンヌ・スティルトン。発端はそうであっても、王国内の半分近くの領地に聖教会教室を根付かせたのは其の方たちの尽力ではないか」

「そうではありません。各領地の領主様方やライトスミス商会の、そしてヨアンナ様やファナ様達の後押しが有ってこそなのです」


 ジャンヌは殿下のフォローもあっさりと否定してしまった。

 ジャンヌゥ~、こういう時は有利に運ぶために乗っかれば良いんだよ。

「それでも、ジャンヌさんが確立した治癒魔法は治癒士の革命です。グレンフォードの治癒院では優秀な治癒魔導士が育っているではありませんか」


「それもセイラさんがご尽力下さったお陰でカンボゾーラ子爵領の治癒院が北部での拠点となったのでこうし国内に広げられたのです」

「でもアナ司祭様はジャンヌさんがご指導した一番弟子では無いですか。あの方が居なければフィリポの治癒院は成り立ちませんでした」

「それもこれもセイラさんとセイラ・ライトスミス様が私の異端審問裁判にご尽力下さったからで…」


「ジャンヌ様、自分を卑下なさるのは私たちに対する侮辱です。私達を救ってくださった聖女様を否定なさる言葉はたとえ御本人であろうとも許せません。私たちはジャンヌ様によって救われたのです。あの時州内の全ての救貧院を回って私たち収容者に祈りを下さったあのお姿は紛れもない事実で御座います」

「そうですね。その過程に誰が関わろうとジャンヌが行って来た事はゆるぎない事実なのですから。これから私たちも関わって救貧院の法案を‥‥いや、オズマの事も有るのか…。これは難題だな」

 珍しくイアンがイヤミも言わずに締め繰りかけて、言いよどんだ。


 オズマは泣くのを堪えようと俯いて膝の上で小手を握り締めている。

「ありがとうあなた達。とても役に立ったわ。もう戻って結構よ」

「いえ、お役に立てたなら光栄です。ジャンヌ様、ご無礼は謝罪致しますが、私たちの為にも自信をもってお進み下さい」

 給仕たちは深々と一礼して部屋を出て行った。


「やはり、救貧院の解放への歩みを止める事は出来ませんよね。子供たちの解放を先延ばしにすることは、子供たちの命を削っているのも同じですものね」

 そう言うとオズマが泣き崩れる。

「セイラ・カンボゾーラ。其の方は始めてだから知らんかもしれないが、今の話はオズマ・ランドックには少々酷であったかも知れんな」


「いえ、いつか聞かなければいけない事ですし知らずに事が進めばセイラ様を恨むような事になっていたでしょう。これで私も諦めがつきました。私たち一家も命運はライオル家に組した時に尽きていたのです。数カ月延命が成ったとしてその為に幾人もの命が奪われるのなら今すぐにでも殺して貰いたい」

 そう言うとオズマは泣き崩れた。


「その様な事は仰らないで。オズマさん、何か方法はあるはずです。ねえ、セイラさん」

「俺からも頼む、セイラ・カンボゾーラ。勝手な言い分だがクラスメイトでもあり頼られた手前、放置するのは忍びない」

「ええそうです。実は私たちが資金を出し合って援助をとも考えたのですが、その方法は何か違うと思うのです。それでは本質的な解決にならないと思うのですよ」


 殿下とイアンは何か思うところがあるようだ。

 安直な資金援助では何も解決しないと言う事に気がついているのだろう。


「でも僕はこのまま知らぬ顔で無視する事は出来ない。知ってしまった以上は後戻りできない。無かった事になんかしたらこの先一生後悔しそうだ」

「そうだぞ。今から乗り込んで子供達を近衛騎士団の予科に雇い入れる様親父に頼んでみよう」

 一人先走って非現実な事を熱く語っているバカもいるが、男子たちの想いは同じのようだ。


「具体的にどうとは言いませんが、方法はあると思います。幾つか案は有りますが、オズマさんとお父上のお覚悟次第だと思います」

「商会が立ち行くなら、商会員たちが路頭に迷わない様に出来るなら何も厭いません。父が反対しても私が説得します」

 オズマが顔を上げて私を見つめた。

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