第158話 オズマ救済計画

【1】

「何か良い方法が有るのですかセイラ・カンボゾーラ」

 イアン・フラミンゴが興味深げに聞いてくる。

「先ずオーブラック商会が直面している問題について考えてみましょう。カマンベール子爵領での運河工事は今どうなっているのですか?」


「前期は工事参入の口利き料としてシェブリ伯爵家にかなりのお金を支払ったので殆ど儲けが有りませんでした。でも後期はその必要がなくなったのと鉱山開発の利権から手を引いたのでそこそこの利益は見込めそうです」

「それは良かった。ならばこれは優良資産としてカウントしましょう。カマンベール子爵領基準の労働条件で収益が挙げられているなら、今後どの領地ででも受注出来て収益も上げられるでしょう。続けるとしても、としても良い物件ですね」


「売る? それはいったい」

「話を続けましょう。鉱山開発に関しては手を引いたと仰いましたが?」

「ええ、シェブリ伯爵家との契約を解除して、すべての機材と人員は下山させています。作業員は運河工事の方に組み入れる予定です」

「これは休眠事業になりそうですね。人員は配置換えしても資材は資産として残るという事ですね。鉱山開発に特化している職員はいるのですか? ああ、二人いるのですね。休眠事業として売却するか、別の土地で開発事業を請け負うか考えどころですね」


「後は本来のハスラー製品の流通ですよね」

「はい、ハスラー聖公国の商人が落ちた売り上げを回収する為に、私たちの購入する茶葉やラミー生地や砂糖や香辛料に対して抱き合わせで売れ残りのリネン生地や綿糸の購入を押し付けてまいりました。その上海路でも港での荷揚げや荷降ろしの作業費用が上昇し、その上昇分を商船が卸売価格に上乗せした為製品価格も上がってしまいました」


「おい、それならばオーブラック商会も値上げをすればよい事では無いか」

「そう言う訳に行かないのです。購入前の契約で輸入品の代金は先払いで貰っておりますのでこのままでは売値が仕入れ値を下回ってしまいます。何より輸送費すら出せないようなありさまで」

「それだけで終わらないと思います。僭越ながら抱き合わせの製品も買わされたので御座いますね。それらは今どこに?」

 アドルフィーネの質問が入る。


「えっと、商会の倉庫に保管されておりますが…」

「不良在庫で御座いますね」

「ええ不良在庫ね。保管料も勘定科目にアップしなければね」

「‥‥」


「やはり輸入商品の逆ザヤが一番の問題ですね。抱き合わせ商品が嵩張る物だけにその損失も大きゅう御座いますね、セイラ様」

「次年度から輸入品の値上げは可能なのかしら。それに調達先の変更の目途はたっていますか。抱き合わせを要求するような仕入れ先は変更できるなら変更したいですよね」

「ハスラー聖公国の商人はどこも同じ態度で…。商会を変えたところで、抱き合わせが無くなっても価格に上乗せされるだけだと父が嘆いておりました。値上げについても贔屓先が上級貴族ばかりでこちらの言い分は聞かず、その価格で納品白の一点張りだそうで…」


「茶葉、砂糖、香辛料、どれもハスラー聖公国が他国からぁ輸入して転売している商品ですよねぇ。全部ハウザー経由でも購入可能じゃないですかぁ。それにラミー生地もぉ最近輸入し始めていますよぉ」

「そう言えばシュナイダー商店が取り扱ってるって言ってた様な気がするわ」


「オズマ様。オーブラック商会は陸上運輸が中心の商会ですよね。海路は外洋船の船主に依頼して購入していらっしゃるのでしょう。船便を切る事は出来ないのでしょうか」

「北海の船便で輸出している産物の利益も大きのです。チーズやワインに毛織物。最近では綿生地も良い値で売れるのでそう言うものをおります。損益も有りますが利益も有るのです」


「仕入れてくれて? ちょっと待って頂戴。オズマさん、オーブラック商会は商船団とはどのような取引をしているのです」

「どうと仰いますと? ごく普通に入港した商船団の積み荷の中から私どもの必要な物を購入しております。商船団は私どもオーブラック商会から入用な物を買い付けて出港するだけです」

 どうも私は根本的な間違いをしているのではなかろうか。


「オズマさん、若しかしてその商船団はハスラー聖公国の所属の商船団なのですか?」

「ええ、オーブラック州に入って来る国内の商船団は有りませんから」

 外洋船が頻繁に入港する大きな港などそんなにたくさんある訳が無かったのだ。

 北へ向かう大河がサン・ピエール侯爵領のブリーニの街で分岐し北西に向かい流れ行き着くポワトー伯爵領のシャピの街と、北東に向かい王都を過ぎて東部のハッスル神聖国国境沿いに広がるダッレーヴォ州の西端ペスカトーレ侯爵領にある州都アジアーゴの二つだけだ。

 後は精々大型船が二艘接岸できれば良い程度の港が幾つかあるだけだ。


「オズマさん! ポワトー伯爵領に拠点を移しましょう。ハスラー聖公国の船団は切り捨てましょう。内陸の河筋にあるカロライナと言う新しい街が有ります。そこの倉庫を押さえて、外洋船の取引はラスカル王国国内の商船団を使いましょう。拠点がシャピにある商船団の方が信頼度は高いでしょう」

「そっそうなのでしょうか?」

「オズマ様、私もそう思いますぅ。オズマ様にお聞きした商品価格はぁ、シャピで同じものを購入するよりもずっと割高ですぅ。オーブラック州のぉ小さな港で荷下ろしするからかもしれませんがぁ、多分ぼられてますぅ」


「シャピの港は南部からも商品が入って来るので価格競争が激しいのです。私としては契約している領主貴族に治める物品も価格の安い南部産に切り替えるべきだと思います。ポワトー伯爵領は河筋を使った水運が急速に伸びているので、そこからの陸運業者が足りていないのですよ。参入には良いタイミングだと思います。ポワチエ州からオーベル州、ロール州、シャトラン州の州都ブリーニから王都や東部や西部まで流通ルート中央街道と逆方向に展開して行けば新しい流通ルートが出来るかも知れませんよ」

「セイラ様、早急すぎます。長期目標としてはそれで良いかも知れませんが、この四半期を乗り切る事が出来なければなりません。投資と並行してやって行けるでしょうか?」

 ナデタが現実を突き付けてくる。


「エマさんならぁ株式組合化を言い出しますねぇ。ライトスミス商会がぁ過半数を取るようにぃ画策しますねぇ」

 多分やるだろうね。あの人なら絶対に。


「でもエマ姉に口を挟ませるのは禁止! 今回はオズマさんの支援と救貧院の廃止、再編成が目的だから。何よりジャンヌさんを信用して相談したオズマさんに対してライトスミス商会が乗っ取りをかけたら裏切りだと思う。お父様もライトスミス商会との軋轢が有るから信用なさらないと思うの」

「でも株式組合化は手早く資金調達できる良い手段です。私たちがかかれば財務分析を進めて財務指標は出せると思うのですが」

「そうねナデタの言う通、お父上の了承が取れればそうして貰いましょう」


 そして私はみんなに向かって手を叩く。

「さあ皆さん。ここからが本番です。北部、東部の貴族が中心の初めての株式組合を立ち上げましょう。財務指標が出ればそれに沿ってポワトー女伯爵カウンテスやサン・ピエール侯爵様に投資をお願い致します。皆様方は如何なさいますか」


「乗り掛かった舟です。フラミンゴ伯爵家としてはライトスミス商会に一泡吹かすためなら喜んで投資すると思いますよ」

「そうだね。宮廷魔導士も以前パルミジャーノ州の株式組合の一件で煮え湯を飲まされ散るから投資すると思うよ」

「良く解らんが、宮廷魔導士がやると言うなら親父は絶対対抗して参加すると思うぞ」


「そういう事だな。北部の有力商会をライトスミス商会に呑み込ませる訳には行かん。ここは王家も協力を惜しまんだろう。はー、セイラ・カンボゾーラお前は本当に策士だな。カンボゾーラ子爵家も北部貴族として出資するのか?」

「いえ。私利私欲の為と言われるのは嫌なので、今回は経営陣に何人か顧問として商会員を入れて頂ければそれで構いません」

「それは是非お願いします。セイラ様、これからもご指導をお願いします」

 オズマが私の手を握って頭を下げた。

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