第47話 教導派の襲撃(サロン・ド・ヨアンナ)

【1】

 会場内は熱気に包まれていた。

 私はその喧騒の中コッソリとアイザックやゴッドフリートたちがいる平民寮の幾何学派閥の席に行くと、彼らにジョン王子へ挨拶に行くように促した。

 さすがに高位貴族や上級貴族を差し置いて平民が行く事に難色を示しているが、無理やり押し切って上座に向かわせる。

 幾何学派閥の何人かの下級貴族は私が事前に指示していた事も有りゴッドフリートたちのに続いた。


「ああ皆よく来てくれた。嬉しく思うぞ!」

 両手を広げて立ち上がったジョン王子に会場内は何事が起ったのかと視線が集中する。

 アイザックやゴッドフリートは二人の前で膝を屈したまま緊張で固まってしまった。

「おいおい、いつもの議論の時は遠慮が無いのに今日はどうしたというのだ? 楽しんでくれているか?」

「ジョン王子殿下…婚姻が決みゃり、まこまこ誠に喜ばしく…」


「ジョン王子殿下、彼らが平民である事に臆してご挨拶に行く事を躊躇っておりましたので私が無理やり蹴りだしてやりました。身分など関係なく一番殿下に近しいあなた達が挨拶に行かないでどうするんだって言ってね」

「其の方はいつも不遜だがなセイラ・カンボゾーラ。しかしアイザックもゴッドフリートも俺が一番望んで挨拶をうけたい仲間だという事は知っているだろう。この様な事で臆すると数学者として半端な理論しか構築できぬぞ」

「それは、お言葉を返すようですが僕の理論は完璧だと思っております。後は検証が進む迄の…」

 こと数学の事をいじられるとがぜん状況を読まなくなる彼らを満足げにジョン王子は見降ろして相槌を打っている。


「これからも学内で議論の続きを待っているぞ」

 そう言って席に戻るジョン王子の背中にザワザワとざわめき声が上がっていたが、意を決して下級貴族や騎士団員たちも挨拶に動き出した。

 更に北西部から来ている平民女子生徒の一団がヨアンナのもとに向かう。

 もちろんアヴァロン州出身のケイやステラ達四人の三年生生徒を軸に仕込んでいたのだ。


 それに続き北部の平民女子を引き連れたオズマが、続いて南部平民女子を中心に西部や東部の平民女子も従えたエマ姉がヨアンナのもとに向かう。

 その頃には本当に身分差のない和気藹々とした雰囲気が会場中に溢れていた。


 そして最後にキャサリンとカタリナの両聖導女を中心に各寮の学生修道士、修道女が教導は清貧派関係無く、ジョン王子とヨアンナの前に進み出た。

 そしてその後方左右に私とジャンヌが各寮の獣人属治癒聖職者を従えて並んで膝をついて全員が頭を下げる。

 カタリナ聖導女が代表して祝賀の言葉と二人への賛辞を述べるのはこの中で一番聖職者としての身分が高い事とハウザー王家付きの治癒聖導女であるからだ。


 こうして形の上だけであるが高位貴族から平民、騎士、そして教導派清貧派の聖職者その上獣人属の聖職者と聖女迄従えているという構図が出来上がったのだ。

『父さん、これってジョン王子のカリスマ性かな』

『あの王子に今まででもカリスマ性って感じた事があるか? カリスマ的指導者って結局周りが作るものなんだろうね。ヒトラーの虚像をゲッペルスが作ったように』


 そして私の演出によるこの集会の成果はこれから特に平民寮の生徒たちによって喧伝されることになるだろう。

 次期国王の治世は安泰だという枕詞を付けて。


【2】

 会が押し迫ってきた頃合いでサロン・ド・ヨアンナのメイド長が少し蒼い顔で、それでも平静を装いつつ私のもとにやって来た。

「セイラ様、どうもサロン・ド・ヨアンナ周辺に教導騎士団を引き連れた王都大聖堂の連中が集まっているようです」

 周辺に教導騎士団を連れた教導派が? いったいどういう事だろう?


「ターゲットは王立学校生の教導派修道士や修道女たちでは御座いませんでしょうか?」

 臨時にパーティーの給仕に入っているリオニーが私の耳元で囁く。

「王妃殿下の離宮に居るナデタからぁ、王宮聖堂に居る治癒術士団が神経を尖らせていると聞いていますぅ。王立学校の治癒術士の離反を警戒していたようですぅ」

 ナデテが王宮の情報をくれる。


「最悪は教導派学生の拘束と監禁まで考えられるわね」

「清貧派学生でも聖職者という名目で拘束される危険性は御座います。何より奴らは平民に対しては容赦御座いませんから」

「そんな事を街中ですれば市民の反発を買う事になるじゃないん」

「でもその様な事を奴らが気に留めるでしょうか?」

「そうね。気にもしないでしょうね。放置して市民の反発を期待してもこちらには有利でしょうけれど、だからって生徒を危険に晒す訳に行かないわ。絶対阻止する!」


 周りには悟られないように四人で小声で相談しながら頭を巡らす。

 既にリオニーは周辺にメイドやサーヴァントを放って教導派の動きを逐次監視させ始めている。

 ナデテは芳名録を回収し事務職員を集めて別室で招待状や参加予定名簿との照会や実参加者の照合を始めている。


「ヨハネス卿とジョン王子には一言入れておいて。特にヨハネス卿には場合によって警備騎士を動員できる体制をお願いして頂戴」

「それでしたら、ファナ様とカロリーヌ様にも私兵を動かす心づもりをお願いいたしましょう。後は東部はイアン様とイヴァン様に取り纏めて貰って平民聖職者の誘導と保護をお願いしてまいります。西部に関してはメイドを動員して対処させましょう」

 そう言うとヨハネス卿のもとに給仕に向かった。


 しばらくするとジョン王子がにこやかに光の神子に礼を述べたいと言いながらこちらにやって来た。

「で、何か策は考えているのか?」

「殿下には又一つ芝居お願いしたいの。終了直前に芳名録を焼いて欲しいのよ。奴らの手に渡れば証拠として教導派聖職者の生徒は拘束されてしまうと思うの」

「わかった。他に俺に出来る事は無いのか?」

「今は何もしないで。これ以上殿下の権限で介入すると教皇派閥に付け入る口実を与えかねないから」

「悔しいな、手を拱く事しか出来ぬというのは…」

「堪えて、貴方が即位するという事が私たちすべての救いになると信じているから」

「偉そうにヨアンナのような事を言うのだな。ならば其の方に任せたぞ」


 ジョン王子が去って行ったあとアドルフィーネを呼ぶと次の指示を出す。

「教導派聖職者の子を少しづつ呼んで気付かれないように連れ出してそして…」

「人数が合わなければ気付かれる恐れも…」

「そうね。高位貴族の方々に極秘警備のメンバーを招集して頂きましょうか」

「わかりました。他にもいくらか手を考えてみましょう」


 慌ただしくメイド達が動いている間に閉会の時間が近づいて来た。

「皆、今日は俺とヨアンナの為に集まってくれて本当に有難う。この先どんなことが有ろうとも今日のこの時ほど晴れがましい時は永遠に来ないと言い切る事が出来る」

 そう言ってジョン王子はヨアンナの手を取って立たせると二人で頭を下げた。


「皆のもの聞いてくれ! 今連絡が入った。この店の周りを教導派騎士団と王都大聖堂の聖職者が監視しているそうだ。平民寮の者は単独で行動すれば何をされるかわからん。必ず団体で上位貴族たちと一緒に寮に向かって欲しい。そして騎士団寮の者は手分けした各集団の警備を行いながら帰路についてくれ。誰一人欠ける事無く寮に戻って欲しい」

 生徒たちから不安の声と怒りの声が入り混じって聞こえる。


「安心して欲しいかしら。私達も全力を尽くして警備員を動員しているかしら。何よりこの店のメイドとサーヴァントの力量を信じて欲しいかしら。訓練の足りない教導騎士に負けるとお思いの方は居ないと思うのだけれど」

 会場から笑い声と安堵のため息が聞こえる。


「そして今ここに今日書いて貰った芳名録がある。これが第三者の手に渡ると関係無い者迄迷惑がかかるだろう。今日集まってくれた者たちの勇姿は俺のこの胸に刻まれている! よってこの芳名録は…」

 そう言うとテーブルの銅のボールにそれを放り込むと燭台の油を注いで火を放った。

「今日の想いはよそ者どもには誰にも渡さん。皆己が心にしっかりと刻み込んでくれ!」


 その言葉を持って今日のパーティーは散会となった。

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