第48話 教導派の襲撃(教導騎士団)

【1】

 マルコ・モン・ドールやジャバンニ・ペスカトーレの訴えを聞くまでもなく、王立学校の清貧派たちに不穏な動きがある事は承知していた。

 王立学校も王宮聖堂も全てこの王都大聖堂大司祭の管轄なのだから。


 何より年が明けてしばらくして王宮にジョン王子殿下の周りで不穏な動きがあると噂が広がり始めた矢先に、王妃宮よりジョン王子婚姻決定の布告が成されたのから。

 本来婚姻の確定までにはあちこちの根回しや調整があってしかるべきなのだが今回の決定はあまりにも早急すぎた。


 何より王族の婚姻は聖教会の係わる一大神事であるのだから噂すら入ってこなかったこと自体が異常である。

 布告でも王宮聖堂が婚姻場に決定されていると記されている。

 そして布告が王妃宮から。


 この異例尽くしの事態に混乱する宮廷貴族たちをしり目に、一日遅れて国王布告として王妃宮からの布告に追従する様な布告が出された。

 国王からの詳細な説明もなく一方的な決定事項としてである。


 王都大聖堂に一言も無くこんな横紙破りな布告を出されて納得行く訳がない。布告が出た日の午後には国王陛下と王宮聖堂の大司祭に仔細を問い質すため王宮に赴むいた。

 そしてそこで告げられた事実は更に腹立たしいものだった。

「あの時点で承諾しなければあ奴らはゴルゴンゾーラの聖堂で強行するつもりでおった」

「しかし、それにしても他に何かやりようがあったのでは…」

「奴らゴルゴンゾーラ公爵一家だけでなく一族全て連れて来おったのだ。あのセイラ・カンボゾーラまでな」

「なっ…セイラ・カンボゾーラ! あの偽神子までも…、いえあ奴こそ今回も公爵家を誑かした張本人かも知れませんぞ」


 王都大聖堂も王宮聖堂もあの小娘に煮え湯を飲まされている。

 今回も何か企んでいるに違いない。

「しかし布告として公になったのならば覆し様も御座いませんな。あのセイラ・カンボゾーラの事ですから、王都か王立学校で何か仕掛けてくるやもしれません。警戒が必要で御座います」

「ウム、しかし近衛や王都騎士団を動かす訳にも行かぬ。ここはモン・ドール卿に骨折りを願い教導騎士団を動員して対処致せ」

 そんな遣り取りが有って僅か数日後には王立学校の学生対象にサロン・ド・ヨアンナでパーティーが催されるという情報が入った。


 それから暫くしてマルコ・モン・ドールやジョバンニ・ペスカトーレが清貧派の決起集会だとヒステリックに騒ぎ立て始めた。

 話を聞くとすでに始業と同時に女子上級貴族寮で清貧派の新年のあいさつ会が催されていたというではないか。

 全て女子寮で画策されて根回しがされている。

 女の分際で政事まつりごとに口を挟もうとはなんたる不遜な行いではないか。


【2】

 今回主催がケダモノの王族でケダモノを王宮に招き入れる為にというパーティーである。

 その上でジャンヌに祝福をさせろなどと言う要求を飲む訳には行かない。

 明らかな信仰への挑戦である。

 それなのに騎士団寮からは共鳴し参加する者が多いという。

 王都や州都の騎士団や下級の近衛騎士には平民出が多いので愚かなそ奴らが煽っていおるのだろう。


 そう思っているとマルコ・モン・ドールがパーティー当日の朝に大変な話を持って来た。

 平民寮より教導派修道士や修道女が大挙してサロン・ド・ヨアンナへ赴いたというではないか。

 これはもう容認できる一線を越えている。


 早急にモン・ドール教導騎士団長に連絡を入れて王都周辺の教導騎士達を動員して貰った。

 司祭たちを集め指揮を執らせてサロン・ド・ヨアンナ周辺を固めさせる。

 今日こそあの背徳者共に鉄槌を下すのだ。

 教導派聖教会の信徒を誑かし、背教の道に誘おうとする悪魔どもめ。


「今日こそは許さぬぞ。誰が何と言おうと王都大聖堂に連なる聖教会に所属する聖職者を裁く権限があるのは我ら教導派だ。教皇猊下の名において裁きの鉄槌を下してやる」

 王都大司祭の率いる一隊は大通り封鎖する形で通行を遮っていた。行く手を遮られて不快そうに集まっている市民たちも、完全武装で並ぶ教導騎士団の一隊には大きな声で文句も言えなかった。

 手ぐすねを引いて待ち構える大司祭たちに向かって学生たちの一団が歩いて来る。


 イアン・フラミンゴ伯爵令息とヨハン・シュトレーゼ伯爵令息が先導し、その後ろに男子貴族が手を繋いで道一杯にひろがっている。

 その後ろに平民寮の少女たちが入り乱れてひと固まりで歩き、左右を平民寮の男子生徒が、その周りの要所ごとに騎士団寮の学生騎士達が固めている。


「止まれ! 止まらぬか!」

 大司祭が怒声を上げ、教導騎士達が先鋒の貴族令息たち対峙する。


「何の目的が有って往来を占拠して我らを止める!」

 イアンがまず口火を切る。

「僕たちは王立学校に帰寮する途中だ。外出の許可も取っての帰寮に何ら咎め立てされる謂れは無いぞ!」

「学生の分際で王都大聖堂の命令を蔑ろにする気か! 若輩の分際で反論は許さん! 聖教会の指示に従えば良いのだ」

 続くヨハンの言葉に大司祭が反論する。


「何の権限が有って教導騎士団が俺たちの行く手を阻むんだ! 俺たち近衛騎士団は教導騎士などの命令に従う義務など無い!」

 普段なら血気に逸るイヴァンが、冷静にしかし怒気を含んだ声で吐き捨てる。


「小賢しい! ガキの分際でいっぱしの騎士気取りか? 貴様近衛騎士団長の息子だろう。たかが子爵家の分際で、上級貴族が名を連ねる王都大聖堂の教導騎士団に歯向かうとは片腹痛いわ」

 教導騎士団の隊長と思しき男が一歩前に出る。


 それに対して散開していた学生騎士達も教導騎士団に対峙すべく最前面に出て一列に並んだ。

「私たちは其方らに指図される謂れも落ち度も無い! 唯々王立学校に帰寮するだけだ。法に照らしても何を持って邪魔立てするのだ」


「青臭いガキが。法を盾にしているつもりかもしれんがそんなもの如何様にでもする事が出来る。いきり立つのは勝手だが蹴散らされて泣きを見るのも貴様らだぞ」

「教導騎士ごときが僕ら魔導士団を舐めるな! 武力だけが戦力じゃないぞ」

 ヨハンの合図で彼のまわりに集まったも魔導士たちがワンドを構える。

「落ち付け! 私たちは粛々と無事に寮に帰る事だけを考えればいい。下らぬ諍いには関わらぬ。行くぞ! みんな!」


 イアンを先頭に歩き出そうとする生徒たちを留める為に教導騎士達が一斉に剣の柄に手を掛けて攻撃態勢に入った。

「散れ! 小僧ども。用があるのは聖職者だけだ。貴様らの無礼は目をつぶってやる。他の者は勝手に帰るがいい」


「聖職者も何もない! 私達は全員王立学校の生徒だ! 誰一人欠けずに寮に帰る!」

 イアンは震える両足をコブシで叩き力を込めて踏ん張るとそう叫ぶ。

「私達聖職者になに用です。私たちは聖職者として恥ずべきことは何一つ行っていない。ここから寮に帰る事に何の問題があるのです。私達を引き止める理由は一体何なのです」

 平民生徒の中からゴッドフリート・アジモフがイアンの隣りに歩み出た。

「聖職者の身で在りながら穢れたケダモノが主催する宴に参加すること自体が創造主に対する不敬であろう」


「創造主は人属も獣人属も獣や魚や鳥も全て等しくその御手で作られて等しく愛を注がれた。聖典の言葉で御座います」

「小賢しい! 教皇庁の教えに逆らうのか! この背教者が」

「教皇庁が如何におっしゃろうと我ら清貧派は聖典の言葉に従うだけで御座います」


「この者は背教者じゃ! 異端者じゃ! この者を捕縛しろ!」

 大司祭の叫びにゴッドフリートのまわりに数学好きの平民や下級貴族たちの人の壁が出来た。

「「「「♪生まれた場所や種族の違いで、いったいこの我らの何がわかるというのだろう♪」」」」

 平民寮の女子生徒がジャンヌの聖霊歌を唄い始めた。それは生徒たち全員に広がって行く。


「止めよ! やめろと申しておる!」

「「「「♪迷える民のもとに行く馬車に私達も乗せててくれないか♪ 行き先なら

 どこでもいい♪」」」」

 前方で臨戦態勢に入っていた魔導士たちも騎士団寮生たちも臨戦態勢を解いて、一緒に歌い始める。


「背教者ども! 止めろと申しておる!」

 集まった群衆たちもそれに呼応して歌い始める。

「「「「♪歴史が私達を問いつめる、創造主が照らす青い空の 真下で♪」」」」


 いつの間にか教導騎士団を囲む周り中から歌声が響き渡っている。静かな歌声がいつしか地面を揺ら数ような響きになって。

「「「「♪創造主に賄賂を贈り、天国への免罪を強請るなんて本気なのか♬」」」」

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