第49話 学生たちの帰寮
【1】
「ジャンヌ様、お聞き訳下さいませ」
「お気持ちは解りますが、今はもうそういうお立場では御座いません」
「嫌です! 立場も何も私は平民で一介の学生です!」
時間は少し遡る。
帰寮の為の打ち合わせで貴族女子たちはゴルゴンゾーラ公爵家が仕立てた馬車で帰寮する事になった。
馬車道での教導騎士団の検問にも素直に応じ速やかに帰寮を促す。
しかし人数の多い平民寮女子はそういう訳には行かない上、奴らの狙いはジャンヌや修道女や修道士たちだろう。
平民女子を真ん中に周りを男子が囲む陣形で徒歩帰宅する事になった。
ジョン王子やエヴァン王子が陣頭に立つと息巻いたが王族にそういう事をさせられない。
彼らには最後に出て来てもらう事としてサロン・ド・ヨアンナで待機して全体状況を把握して貰う。
そして出発の直前、平民たちの間で指示を出し先頭に立つ気だったジャンヌがマリーとアンヌに引きづられて奥に連れて行かれているのだ。
当然の話だが清貧派の象徴であるジャンヌに危険な事などさせられない。この状況でジャンヌに危害が加えられれば間違いなく暴動に発展してしまう。
さすがにジャンヌの主張は認められない。
女性貴族令嬢を乗せた馬車隊はファナやカロリーヌを中心に隊列を組んで先に帰寮の途についた。
サロン・ド・ヨアンナ四階の窓から馬車の隊列が検問を通過して進んで行くのが見える。
最期のファナの馬車が通過して完了したようだ。
それを見届けて残りの徒歩の生徒たちがサロン・ド・ヨアンナの門の前の広場に整列すると、鉄の門が開かれた。
道一杯に広がってゆっくりと歩き始める。
「納得いかないわ。私、今からでも行くから!」
「落ち着いてジャンヌ! あなたが行っても問題が大きくなるだけよ!」
「そんな事言って、セイラさんが同じ立場なら絶対に行くくせに! 私が行けば他の子たちはすんなり通してくれるはずよ!」
「それであなた一人捕まってその後どうするつもり? もう子供じゃないんだから少しは分別を…」
「それをセイラさんに言われたくないわ。幾つになっても猪突猛進で危険に飛び込んでいくのは私の血筋のせいなんだからね」
「それを今ここで言うのか。そう思うなら自重しろよ!」
「もう私の為に誰かが傷つくのは嫌なのよ! 私を守るためにって誰かが死ぬのは耐えられない」
「ならその中に自分も入れなよ。解るだろう、そうやって自分を投げ出した後に私がどれだけ後悔したか。自分を投げ打った時周りにどれだけ辛い思いをさせたかと後悔したんだから」
「ずるいよ。それを言うのは…」
「だからこのやり方が一番血を流さずに終われる方法なんだ。ほら、イアンもヨハンもイヴァンすらあんなに頑張ってるんだから信じてやりなよ」
涙するジャンヌの肩を抱いて二人で窓の外の様子を見ている。
誰が歌い始めたのだろう。
聖霊歌の歌声が聞こえ始め、その内に通りを揺るがすような大きな響きとなってきこえはじめる。
声につられて続々と市民たちが集まり始めて通りは聖霊歌を唄う大群衆で埋め尽くされた。
【2】
そして今である。
「あれ以来ジャンヌ様はセイラ様に遠慮が無くなりましたね」
「まるで旦那様とセイラ様がお話しなさってるみたいですぅ」
リオニーとナデテが微笑みながら私たちのお茶を下げた。
「ごっごめんなさい、あなた達の大切なご主人に乱暴な口を利いて」
「よろしいのですよ。旦那様や奥様のようにセイラ様にピシリと言い聞かせる方が周辺に居らっしゃらないのでそれくらい言って頂かないと」
「それならアドルフィーネの言う通りこれからもそうさせて貰うわ」
「アーア、仕方ないわね」
「イヤ、イヤ、イヤ、そうでは無いだろう。いったい何が有ってこうなったのだ? 俺にはさっぱりわからん」
「別に殿下が解らなくても何も問題無いかしら」
「しかしだな。ジャンヌが…聖女ジャンヌがまるでセイラ・カンボゾーラの様な下卑た話し方を…」
「おい、殿下! 下卑たってどう言う意味だよ」
「あら、そうね。セイラが男みたいな話し方をしてたかしら。まあだからと言って特に問題ないかしら」
「そうでは無いだろう…」
「殿下、あまり乙女の秘密を伺うのは御趣味が宜しくないですわよ」
アドルフィーネが殿下のお茶を替えながらそう言う。
「グッ…ヌッ、相分かった。これ以上は問わぬ」
「それが良いかしら」
「それよりもみんな。そろそろ生徒たちが通って行く様だよ」
エヴェレット王女が大通りを指さして言う。
「平民女子を先に通らせるようだね。さすがにラスカル王国の貴族だ。女性への敬意も忘れぬようで余も感服した」
「おやおや、平民女子の先頭に居るのは男子かと思えばエポワス女史とイヴァナ女史では無いのかな? あの乗馬ブーツや乗馬服は僕が彼女たちにあげた物だぞ」
メアリー・エポワスとイヴァナ・ストロガノフ! 乗馬服に着替えて平民女子に紛れ込んでいたな。
「あの二人教導騎士団を挑発していますよ。…アッ、イヴァン様が来てイヴァナさんが殴られてる」
「イヴァナも殴り返してるよ! 群衆の前で兄妹喧嘩するなよ恥ずかしい」
「でもその間に平民男子も全員抜けて街の人たちに守られていますよ」
「おお、貴族男子も騎士達も全員抜けたぞ。ジョン殿下、やり切ったようですね。主催した立場でもあるので余も肩の荷が下りました」
「しかし兄上、何やら大司祭達が焦っておるような」
「当然であろうよ。目的の教導派聖職者の名前が無いからであろう。そもそもそれが目的だったんだから」
「ああ、エヴァン王子の申す通りだ。ここ迄事を大きくしてその目的が達せられないとなれば焦りもするであろうよ」
「市民に醜態をされして、ここまで反発を呼んだのだから、あの大司祭は更迭になるかしら」
教導派の学生聖職者はどこに行ったのか?
大通りで騒ぎが起こる前にすでに帰路についていたのである。
十数人の教導派学生聖職者は全員メイドとサーヴァントに変装していた。
場所柄着、替える服は売るほどにある。
そして、女子貴族たちのおつきの使用人として送迎の馬車に乗り込んで真っ先に囲みを抜け出たのだ。
これだけ多くの貴族女子が来ていれば十数人の使用人が増えたところで誰も不審に思わない。
咎め立てされる事も無くすんなりと帰路につけた。
「待って! セイラさん、なんか変な動きが!」
全ての学生が通り抜けて使用人達も通り抜けた。最後にキャサリン達王立学校の治癒術士たちが通り抜けようたが、後ろから大司祭達が追いかけて来ている。
そして治癒術士たちと数人の市民を取り囲んだ。
「何やら不穏だね。僕たちも行こう」
エヴェレット王女が立ち上がりエヴァン王子と二人の留学生も立ち上がった。
「俺たちも行くぞ、ヨアンナ」
「「ダメ! 二人はここに居て!」」
ジャンヌと私の声がハモった。
「行きましょうセイラさん」
「ええ、ヴェロニク様は念のため殿下たちをお守りして」
何か彼女を連れて行くと火に油を注ぎそうだ。
私たちは六人で表通り迄走った。
もう既にキャサリンたちを取り囲む教導騎士団のまわりをぐるりとサロン・ド・ヨアンナのメイドやサーヴァント達が取り巻き、群衆を近づけない様にしている。
戻ってこようとする学生たちを学生騎士達が押しとどめている。
「みなさん! 帰路について下さい。あなた方に何かあれば更に事態は悪化します! 無事に帰寮するまでがパーティーです。騎士団の皆様も宜しくお願い致します」
「みんな、ジャンヌ様の声が聞こえただろう。あそこには口達者なカンボゾーラ子爵令嬢も居るんだ。任せておけば大丈夫だ!」
学生たちは後ろを振り返りながらも帰路につく。
私の評価は引っかかるがこれでどうにかなりそうだ。
しかしいったい何故キャサリンたちなのだ?
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