第50話 難癖
【1】
学生たちは無事に帰った。
ただ、治癒術士たちが何で揉めているかが判らないのだ。
周りを囲むメイドに仔細を訪ねてみるこういう事だった。
興奮して詰めかけた群衆が聖霊歌を唄いながら次々集まって来た。
さすがにこれだけの群衆が集まるとその威圧感は半端が無い。
教導騎士団はこれ以上の威嚇を諦めて学生たちを通す事にした。ただし学生全員の名簿のチェックを前提にだ。
イアンはこれを飲んで粛々とチェックが進み学生全員もその使用人も無事に通過した。
この後はキャサリンが率いる治癒術士たちだった。
そして彼女らも無事通過し終えて、集まった群衆が歓喜の声を上げて殺到してきたのだ。
喜んだ民衆はジャンヌの聖霊歌を唄いながら踊りだす者さえ現れた。
しかしジャンヌの”青空”の聖霊歌は明らかに教導派批判、教皇庁批判の色合いが濃い。
苦々しげに見ていた教導騎士の一人が喜んではしゃぐ近くの子供を力一杯蹴り飛ばした。
それを見ていた群衆は一気にヒートアップし一触即発の空気が醸し出された。
そこに割って入ったのがキャサリンたち治癒術士団である。
獣人属の術士たちが全員で子供に治癒施術を施し、キャサリンは群衆を押し留めながら教導騎士に抗議を行った。
もちろん非は誰に在るか明らかだ。
自分は子爵令息だと粋がる教導騎士も群衆の威圧とキャサリンの正論に負けて、謝罪の言葉を口にした。
これですべて丸く収まるはずだった。
ところがここで突然にちゃぶ台をひっくり返した奴がいる。
例の大聖堂の大司祭だ。
例の聖教会の聖堂以外での治癒を禁じた布告を引き合いに出して彼女達を拘束しようとしたのだ。
そして今現状がこうなっている。
周りを囲む群衆はいきり立ち怒りを露にしている。さすがに教導騎士団も状況が不利である事は感じており若干の怯えが見えている。
しかしいきり立った大司祭はまるで状況が見えておらず。顔を真っ赤にして激昂して叫びまくっているだけだ。
キャサリン聖導女は落ち着いて立ち上がると静かにここは穏便に済ませるように語り始める。
彼女の顔は大司祭を向いていない。
教導騎士団員と周りの聖教会の随行している司祭達に向けて話している。
これは緊急の場合である事、教導騎士の失敗をカバーした事、そして清貧派のメダルを掲げて本来清貧派である彼女たちは教導派の支配をうけない事を。
大司祭と数人の教導騎士以外は現状では自分たちの命すら危険である事を感じ始めている。
更にキャサリンはこの後清貧派司祭を交えて謝罪に行く事も吝かで無いと告げると、司祭たちは大司祭にここはこれで退くようにと意見を始めた。
しかしそれが大司祭には屈辱に思えたのだろう。怒りに震えながら司祭たちの手を振り払った。
そして数歩進むと治療を終えた子供を抱きしめている獣人属の治癒修道女に向かって指をさして怒鳴りつけた。
「薄汚い獣人属風情が治癒術士などと方腹が痛いわ。貴様のような似非修道女が王都にのさばるのを許してはおけん。教導騎士! こ奴を切り捨てろ!」
大司祭の横で怯えた様子で立っていた若い教導騎士がその指示に従って剣の柄に手を掛けて引き抜きかけ周りをキョロキョロと見た。
大司祭に従うべきか躊躇しているのだ。
「さっさとせんか! 大司祭のワシに歯向かうつもりか!」
若い騎士の鞘から剣の刃が光り、引き抜抜かれようとしている。
まわりに居た騎士が慌てて止めようと走ったが重装備の甲冑が邪魔で直ぐに動けない。
「ダメー! 『父さん』を止めて」
ジャンヌ(冬海)の叫びを背中で聞きながら私の身体は勝手に動いていた。
教導騎士の囲みを抜けて修道女の前に飛び出した私の肩を教導騎士が引き抜いた大刀が掠める。
私はその腕を取って巴投げで、騎士を背中から地面に叩きつけた。
鎧ごと地面に叩きつけられたので多分あちこちの骨が折れているのだろう。教導騎士は苦痛で声も上げられないような状況だった。
しかし群衆の間からは大歓声が上がり、大司祭を糾弾する声が響き渡り始めた。
未だ肩で息をしている私のまわりにアドルフィーネたちが駆けつけ私を支えると周りを威嚇している。
キャサリンは大司祭の眼前迄歩み出るとゆっくりと口を開く。
「如何致します、大司祭様。こちらがまるく収めようとした提案を反故にしたあげく更なる醜態を曝して、これは枢機卿様に直接抗議させて頂きます」
「黙れ! 通達違反はそちらであろう!」
「それと修道女を切る事となにの関係が御座います。由々しき事態ですよ」
「お待ち下され聖導女殿。この話はわしらが引き取ります」
「すべては我らの不徳の致すところ。平にご容赦願いた」
司祭二人が割って入って来た。
「其方ら何を言う! 司祭の分際で大司祭のわしの断りもなく!」
「教導騎士団長、大司祭殿を拘束せよ」
「ハッ! お前たち捕縛して連行せよ」
教導騎士が大司祭の両腕を掴んで捩じり上げた。
悲鳴を上げつつ抗う大司祭は捕縛用の縄を掛けられ、本来学生聖職者を収容する予定だった馬車に引きづられて行く。
「わしは大司祭だぞ! 伯爵家に縁するものなるぞ! 放せ!」
大司祭は醜態が過ぎた。もう後は無いだろう。
「ご迷惑をおかけした。これで撤収致す」
「宜しいのですかそれで?」
教導騎士団長の言葉に待ったをかける者が居た。ジャンヌ(冬海)だった。
「そこに倒れられた騎士殿は大司祭の命に従っただけ。ならばここで治癒を施しても構いません」
「しかし…宜しいのか?」
「修道女様、構いませんでしょう」
「ええ、私はセイラ様のお陰でこの通り無事で御座います。我らも許されるならお手伝いいたしましょう」
「司祭様方もよろしいでしょうか? 聖職者で無い一学徒たる私が、聖堂でも無いところで施術を施しても」
「良い! いや、お頼み申す。この者はアラビアータ枢機卿の養子で何かあれば不味い事になるのだ」
「自分からもお願い致す。治癒を施してくれ」
教導騎士団長も頭を下げた。
「それならば私も…」
「セイラさん! あなたは触れないで下さいまし!」
ジャンヌ(冬海)が怒りに満ちた瞳で私(俺)を睨みつける。
「アッ…はい、ゴメンナサイ」
ジャンヌたちは騎士の鎧を脱がせると修道士、修道女が全員かかって治癒の態勢に入る。
ジャンヌがおもむろに聖魔法を流し始める。
骨接ぎ、血管の補修、内出血箇所の焼き切りと次々と手際よく治癒が進められて行く。
「何てジャンヌ様は慈悲深いんんだ」
「敵に対しても慈悲を垂れるとは」
群衆からジャンヌへの賛辞が上がる。
ジャンヌの意図はよく理解できる。これまで王都大聖堂が出してきた通達が全て王都大聖堂によって反故にされたのだ。
それも大群衆の前で。
いや、ジャンヌのことだからただただ慈悲心で動いているのだろうが。
市民から見れば王都大聖堂がジャンヌに膝を屈したとしか見えないだろう。
「治癒は終了いたしました。この方はしばらく安静にして回復するまでは無理な運動もさせないで下さい」
教導騎士団と王都大聖堂の司祭達は檻の付いた馬車に大司祭を乗せて帰ってい行った。
群衆の一部はその後を囃し立てながらついて行く。
これも明日には王都中に噂が広まるだろう。
立ち上がったジャンヌ(冬海)は怒りに燃える眼で私(俺)を見ている。
目が合うと無言で、顎で中に入るように促した。
「アッ…アドルフィーネ…リオニー…ナデテは…」
三人とも冷たい目で私を見ている。
「覚悟をお決め下さいセイラ様」
「往生際が悪いですよセイラ様」
「ジャンヌ様にタップリお叱りを戴いて来て下さいぃ」
門の中に入るなり冬海(ジャンヌ)から往復ビンタが飛んできた。それも二発も。
「ぶった…。二度もぶった…」
「あれだけ言ったのに! 私を一人にしないって約束したのに! 自分だって後悔してるって言ったじゃないの」
返す言葉も無い。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
「ゴメン…」
「言った口の下からこれだもの。謝ればそれで終わる訳じゃないのよ。もう口も利きたくない!」
「待って、待って、もうしないから。そんな事言わないで」
「ハーッ、ホントにいつまでたっても治らないね『父さん』は、」
「…ゴメン、もう二度としないから」
「そんな言葉信用しない。でも今回だけは許してあげるわ。アドルフィーネ! リオニー! ナデテ! 絶対セイラさんを一人にしないでね。手が届く位置から離れないで。何かしようとしたら羽交い絞めにして。殴っても良いから」
「「「はい、ジャンヌ様」」」
何で三人とも冬海(ジャンヌ)の言うままなんだよぅ。
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