第51話 ジョン王子の派閥
【1】
あの昼食会の後、王都大聖堂迄ついて行った一部の市民が聖堂前の広場に集まって気勢を上げたが、やって来たヨハネス・フォン・ゴルゴンゾーラ卿たちの説得で直ぐに解散した。
王都大聖堂は翌日には早々に大司祭の処分を発表し、ジョン王子ならびに留学生のエヴァン王子に対して謝意を表明した。
事件は大司祭の病による錯乱と公表され、大司祭は王都大聖堂の入院施設での長期の入院と説明された。
自分が作った監禁施設に監禁される事になってしまったようだ。
そして次の大司祭はしばらくは未定という事でお茶を濁された。前の大司祭のヤラカシに対する尻拭いなど誰もやりたがらないだろうから。
私たち清貧派にとっては大勝利だ。王都の市民は新王太子の誕生だと言って盛り上がっている。
平民寮の生徒は事の仔細を書簡で地元の関係者に送り付けている。
闇と光の聖女の祝福を受けた王子という逸話は閉塞している王都の市民や北部、西部、東部の教導派の諸都市にも希望を持って受け入れられつつある。
もうジョン王子の婚礼は既成事実として認知され異を唱える事すらできない状況だ。国王もリチャード王子即位のゴリ押しは出来にくくなっているのだ。
いらぬ横槍を入れる事がリチャード王子即位の芽を明らかに摘み取る行為となるのでしばらくは王宮に大きな動きは無いだろう。
その隙を見計らったのか王妃殿下より拡張工事の終わったサロン・ド・ヨアンナにおいてジョン王子とヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢のお披露目が成されることになった。
内々の集まりと銘打たれているが、国内の全ての貴族には招待状が出され王都中に告知されている。
王妃殿下主催でゴルゴンゾーラ公爵家の施設を使って、来賓にハウザー王国の第二王子と第一王女、更に国境付近を治める重鎮のサンペドロ辺境伯家の跡取り娘。
ハスラー聖公国からはダンベール聖大公の名代が派遣されている。
国内に目を投じれば、宰相であるフラミンゴ伯爵や宮廷魔導士長のシュトレーゼ伯爵などを筆頭にした官僚系の宮廷貴族、近衛騎士団のストロガノフ子爵と大分離れたところにエポワス伯爵もいる。
近衛騎士団のエポワス伯爵と談笑しているのは新設された海軍のカブレラス公爵だ。まあこの二人は国王派にも顔を出すのだろう。
とは言うものの近衛騎士団のストロガノフ子爵や海軍のエダム男爵などはジョン王子派を表明している。
なによりロックフォール侯爵やポワトー
内々とは国王と寵妃の不参加の言い訳で、これはもう実際はジョン王子派の旗揚げ集会に他ならない。
多くの有力貴族やそれに縁する中小貴族が当主自らやって来ている。
それらは旗色を鮮明にした領主貴族や宮廷貴族達だ。
当然中間派の抜け道も用意されている。
名代を立てて参加している主に西部の貴族たちはいまだ煮え切らない者が多い。
そして参加者たちが意外に感じたのは平民が思ったより多い事だ。
ハウザー王国の獣人属の商人もいるが、獣人属に関してはゴルゴンゾーラ公爵家が仕切るので意外ではない。
それよりもどこでどのようにして集まって来たのか、国中の各地から新進の商会主たちが多く集っているのだ。
そしてその中心にいるのはメイド服を着た女性である。
集った商人たちと取引の有る貴族は多く、いつの間にか貴族と商人の顔繫ぎの場になっている。
「ポートノイ服飾商店と顔繫ぎが出来るとは思わなかった」
「うちの領でもヴァクーラ機工と新規機械の商談が進みそうだ」
新進の商会と取引の目が出来て喜ぶ領主の中に疑問を呈する者も出てくる。
「しかしなぜこんなに商人が…」
「気付かぬか? ジョン王子の人脈だよ。ほぼ各領地に入っている有力商人たちが王子の派閥という事だ」
「それは一体?」
人脈と言われても貴族に取って貴族間や国家間の人の繋がりしか思い浮かばないものが多い。
平民は単なる下層民で地の草のような物なのだ。
「なにか事が起こって、その商人たちが全て引き上げたなら領内はどうなる?」
「おいおい、王妃殿下は国中の命脈を握っているという事か?」
頭の回る貴族はその意味する事が何か気づいた者もいる。
「王妃殿下なのか、ジョン王子なのか…ゴルゴンゾーラ公爵家なのか」
「これは国王陛下がリチャード王子即位を主張すれば賛同した領地は干上がるという事ではないのか? 利に聡い平民の商人どもだ。国王陛下への敬意など望もう程も無い。利益が上がらねば節操のない商人どもなのだ、他の商人も雪崩を打って逃げ出すぞ」
参加した外様の貴族や中立派の貴族の名代はその実情を目にして戦慄した。
パーティーは終盤に掛かりジョン王子が挨拶に立った。
「いまだ学徒である我ら二人の為にこれほど多くの方々にご臨席賜り感謝の言葉も無い」
そう言うと手を取り合った二人は深々と頭を下げた。
「今宵は学徒の身として忙しい中を招待に応じて頂けたポワトー
ジョン王子の挨拶に続いてヨアンナ公爵令嬢も立ち上がり感謝の意を述べる。
「本日は私どもの私事であり乍らかように多くの方々に応じて頂けて感謝の言葉も無いかしら。先んじて学生の集まりでも闇の聖女様と光の神子様から祝福を戴き、今日はグレンフォードのボードレール枢機卿様とクオーネのパーセル枢機卿までご臨席給い、その上シャピのポワトー枢機卿様からもお言葉を賜ったかしら。重ねて御礼申し上げるかしら」
ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢の言葉に会場が更にざわつき始めた。
「やはり噂は本当であったか」
「闇と光の聖女から祝福を受けたと…」
「これまでも聖女に祝福を受けた治世は安泰だと言われておるが」
「なら今の陛下も…」
「先王は確かにその治世の終わりにジョアンナ様の祝福を受けた。だがその後すぐにジョアンナ様は身罷られ、今の陛下の祝福は受けておらんぞ。聖女ジャンヌ様は現国王陛下と教皇猊下を両親の仇と恨んでおられるからな」
「しかし光と闇の聖女とは…。聖女ジャンヌ様は聖教会も認められておるが光の神子は」
「誰が何と言おうとあのセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢が光の聖魔法を持っている事は公然の事実。それに光の神子は王宮聖堂が呼び始めたというではないか」
「しかしそれは教導派聖教会が否定しているであろう」
「だがな、市井でも宮廷でもセイラ・カンボゾーラが光の聖属性持ちであり光の神子であるという認識は変わらん。王太后殿下を蘇らせたという話しは王宮聖堂の治癒術士から出た話なのだから」
「しかしだからと言って学生の戯言のような集まりでなされた事で…」
「何処でなされようと事実は事実」
「それでも聖女の祝福などただの伝説、迷信でしかないだろう。そもそも先王の死去も…」
「しっ! 滅多な事を申すな。迷信であろうがなんであろうが世間はゲンを担ぐものだ。ましてや光と闇の両属性だぞ」
「それはかつて聖人聖女が複数出た事が無いからで…」
「だからだ! かつてない闇と光の二属性の聖女が現れたからこそだ」
「ならば国王陛下に二人が祝福を与えれば…無理だな。ペスカトーレ侯爵家と決別せん限りは」
「そういう事だ。祝福が無ければリチャード王子の即位は世間は納得せんだろうな」
多くの貴族の打算の下、流れはジョン王子即位に向かって動き出し始めていた。
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