第52話 破滅の兆し

【1】

 王立学校では学生対象の婚姻発表パーティーでの興奮が生徒たちの間に残り、参加生徒と教皇派聖教会関係者との対立後大きくなっていた。

 それでもジャンヌの取りなしで先鋭化し始めた平民寮の生徒たちも落ち着きを取り戻し始めていた。


 反対に王都の市民の間ではオリンピックや万博のカウントダウンのように五か月後の婚礼の宴に期待を寄せる浮かれた空気が漂っている。

 王都に立ち込める閉塞感を払拭してくれそうな期待が大きいのだ。


 ハッキリ言えばここ三年ほどの間に王都の経済情勢は急激に悪化している。

 元来南部や西部の穀倉地帯から王都に運ばれて来る小麦を北部や東部の商人たちが持ち込んだ二次加工品や輸入品で売買し、その穀物や農産物を買い叩いて行くその中継地点として潤っていた。


 中央街道という北海のアジアーゴやシャピからラスカル王国の北東部を抜けて王都を経由し西部中央から南部に抜ける主街道と、東部国境辺から北部西部北辺を抜け西部地域の南端でハウザー王国と接する街道と南部ゴッダードに大街道の中継点として流通の中心に位置したいた・

 それが南部からの穀物の流入が大幅に減り、西部からの穀物や亜麻などの農産物の流入も減少気味になってきている。


 原因はハウザー王国との貿易と河船を使った流通路の変化である。

 ハウザー王国との貿易を主導する北西部のクオーネや南部のゴッダードという大都市は余剰穀物の売り先を利益率の高いハウザー王国にシフトし、ハウザー王国からの輸入品は河川流通で流域の南部や北西部と西部の一部地域の間で売買が主流となった為である。


 そして北部領地の西部国境辺の諸領でもシャピの交易品の流通に河川を使用し始めてカンボゾーラ子爵領から陸路でカマンベール子爵領に送られクオーネで交易されるようになった。

 更に昨年は運河が開通し直行でシャピからゴッダード(実際はファナタウン)までがつながったのだ。


 北西部や南部、西部の一部では牧羊や酪農が盛んになり、蒸留酒の生産も増えた為、燕麦や大麦やライ麦などの雑穀の消費も増え、そして北部や東部の雑穀類は王都を介してそれら諸領に流れて行く。


 そもそも小麦があまり収穫できない北部や北東部の領地が雑穀と引き換えに小麦を買い上げて行くため今まで余剰で王都に出ていた小麦は不足し小麦価格は大きく上昇している。

 更には雑穀類も価格上昇が顕著なのだ。


 南部からの安価な輸入品が増え北部東部からの輸入品の価格を押し下げる結果になっている。

 そして昨年春から始まった綿や羊毛製品の大幅な価格下落である。

 一時衣料品の価格低下に浮かれていたが、価格が沈静化すると今までのオーダー専門の高級服飾店は軒並み廃業していた。

 それだけでは無い。古着屋も多くが不渡りを出していた上、衣料品を借金の方にしていた高利貸したちも多くが破産していた。

 半面、縫製を請け負っていた中小の下請けの服飾店はポートノイ服飾店やシュナイダー商店の系列として再編され既製服の製造で潤っているのだが。


 何より今まで王都で金を落としていた北部や東部の商人たちが王都で金を落とさなくなり、最近ではシャピの磁器やゴッダードの絹の様な高級品が王都の富裕層に買い求められるため、現金の流出ばかりが非常に大きくなっている。


 原因?

 ああそうですよ。私だよ。

 複雑に絡んだ金の流れで誰も全てに気づいていないが、今の政治体制が、今の国王の治世が続く限り王都は閉塞して行くばかりだ。

 なにより主食である穀類の不足は王都全体に不穏な影を落としている。


 今のところ小麦の不足は雑穀の消費で補われている。

 それでもライ麦パンがかつての白パンに近い価格まで上昇しているのだ。

 これも北部や東部、そして西部の教導派領地を私達が圧迫したため極端な農業政策の変換を行った結果だ。

 清貧派領での農業生産は上がっており国全体での食料生産は向上している。しかし小麦の栽培が適さない北部や北東部の教導派領がライ麦や燕麦の生産品を牧畜に振り向けて農民に回さなくなった結果がこれなのだ。


 そのお陰でファナの提供している押麦やオートミールはとても良く売れている。製粉や発酵などの手がかかっていない分ライ麦パンより大幅に安い。何より粉挽き税やパン竈税がかからないのだから。

 見栄っ張りの王都市民はロックフォール侯爵家推奨というブランドをかざしてそれらを購入しており、非常に歓迎されているのだが。


 闇と光の二人の聖女が祝福を与えたジョン王子が立太子すればこの閉塞から逃れられるという期待が王都住民の中に溢れ出している。


【2】

 そしてその聖女様の一人は、今ゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂の前でせっせと炊き出しを行っている。

 ゴルゴンゾーラ公爵家から多額の喜捨を受け、ロックフォール侯爵家から供給して貰った押麦やオートミールを粥にして、清貧派の修道士や修道女を動員し、聖女ジャンヌの名を掲げてあちこちの辻々に鍋を出している。


 獣人属の聖職者が多いのは、実はアヴァロン商事やライトスミス商会が手配した職員やサーヴァントやセイラカフェメイドが大量に混じっているからだ。

 もちろん印象操作の為である。

 本来教導派の教義の影響が強かった王都で急速に獣人属に対する好感度が上がっている。


 そして王都市民にとって獣人属イコールゴルゴンゾーラ公爵家のイメージも強い。

 そしてゴルゴンゾーラ公爵家と言えば清貧派でその象徴は聖女ジャンヌ・スティルトンである。

 この印象付けは高い効果を出している。


 ともすればジョン王子殿下の陰にかすみかけていたヨアンナ・ゴルゴンゾーラのイメージを大きく高め、慈悲深い公爵令嬢のイメージ出来ている。

 そして獣人属の聖職者のイメージを通して身分の分け隔て無く慈悲を示す信心深い令嬢と称えられている。


 そして私、光の神子様は市井の評価は怒らせると厄介な暴れ者というイメージだ。

 この間の事件も治癒修道女を守るため教導騎士を五人も叩きのめしたと尾ひれの付いた話が実しやかに語られているのだ。

 昨年の診療所のトラブルも一部では私が大暴れして教導騎士をなぎ倒した事になっているし…


【3】

 自分でやって置いて言うのも何だけれど、本当に壮大なマッチポンプである。

 私が主導した王都の大不況というこの状況を、国王一派に責任を押し付けて、市民への喜捨の形で人気取りを行っている。


 それでも王都は景気を戻す種は撒いている。ジョン王子が即位できれば直ぐにでも動き出し、効果を発揮できる素地は出来ているのだ。


 本当に悲惨なのは教皇庁の影響の強い北部や東部の領地である。

 住民を絞り尽くす事しか知らない領主貴族には同情しないが、それで絞り殺される農民は悲惨以外の何物でもない。


 実情を理解していない愚かな領主貴族たちは北西部の成功を真似て牧畜や酪農に手を出し始めている。

 そして三圃式農法を真似て、大麦やライ麦の畑を増やしそれを牛の餌にしている。そこに農民が食べる穀物は考慮されていないのだ。

 酪農は牛乳は日持ちしない。そしてチーズは売れるまでに年単位の時間がかかるのだ。

 そして慣れぬ牧畜は死産も多くそう簡単に収益を上げる事は出来ない。

 何より牧畜の儲けはすべて小麦の買い取りに回されて農民の口には入らないのだから。


 教皇派領地は崩壊を始めていた。それも内部から音を立てて。

 止められないし止まらない。

 この王政が続く限りは私は手を緩めるつもりは無い。

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